細胞など柔らかな構造物の3Dバイオプリント新手法

細胞など柔らかな構造物の3Dバイオプリント新手法

臓器や組織の代替物作製へ

2023-10-11工学系
基礎工学研究科教授境 慎司

研究成果のポイント

  • 従来の一般的な技術では困難であった、細胞を含む柔らかな構造物の3D印刷が可能に
  • 新手法を用いると、動物細胞の生存を損なわずに、かつ高純度で3Dバイオプリンターによって3D印刷できる
  • エコー検査用ゼリーを造型時のプリント補助剤として使用。エコー検査用ゼリーには支持材としてだけではなく、インクの固化を誘導する役割を付与。3D印刷後の洗浄も容易に
  • 3Dバイオプリンティングによる臓器や組織の代替物作製には、動物細胞を生かしたままやわらかな構造物を精度よく3D印刷する方法が必要であり、それに寄与する技術になると期待される

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の境慎司教授、大学院生の粉谷聖さん(博士前期課程)は、広島大学学術・社会連携室オープンイノベーション本部の花之内健仁教授との共同研究で、動物細胞を含んだ柔らかなゼリー状の三次元構造物を、3Dプリンターを用い、その内部へのプリント補助剤の混入を抑えて精度よくバイオプリントする方法の開発に成功しました。

3Dバイオプリンティングは、デジタルデータをもとに、生きた細胞を含む溶液をインクとして利用し、立体的な細胞含有構造物を精密にプリントする革新的な技術です。この技術は、将来的に機能不全の組織や臓器の代替物の作製を可能にし、特に医療分野において大きな期待が寄せられています。

従来のバイオプリンティング技術では、柔らかな構造物の造形は困難であり、細胞の成長と組織化においても問題が多く存在していました。具体的には、粘度の低いインクが造形中に流出し、または印刷中に自重によって変形する等の問題がありました。また、最近検討が増えているプリント補助剤を満たした容器内にインクを押し出して固化させる方法では、プリント補助剤が構造物中に多く含まれてしまうことが避けられないという問題がありました。

研究グループは、細胞を含むインクとプリント補助剤を交互に積層するとともに、補助剤からインクを固化させる成分を供給してインクを固めながら3D印刷する方法を開発しました。この技術では、インクが固まるのはプリント補助剤と接触した時のみです。さらに、プリント補助剤としてエコー検査用ゼリーを利用することで、造形後にプリント補助剤を洗浄・除去することも容易になりました。

本研究によって、動物細胞を生きたまま含む柔らかな立体構造物を、混入物は少なく精度よく3Dプリントすることが可能となりました。これにより、人の肝臓由来の細胞が構造体内部で成長することも確認されました。この新たなバイオプリンティング方法は、機能的な臓器や組織の3Dプリントの実現に寄与するものとして期待されます。

本研究成果は、米国化学会が発行する学術誌「ACS Biomaterials Science & Engineering」に、2023年9月26日に公開されました。

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図. プリント補助剤を使用して鼻の設計図にもとづいて3Dプリントされた構造物.

研究の背景

3Dバイオプリンティングは、コンピュータによって作成されたデジタルデータを基に、生きた細胞を含む溶液をインクとして3Dプリンターを使って積み重ねて、立体的な細胞含有構造物をプリントする技術です。この技術は、将来的には、事故などによる欠損や先天的な理由などから十分に機能しない組織や臓器の代替物の作製も可能とするものとして、その発展に対して大きな期待がされています。

3Dプリンターを使用して細胞含有構造物をプリントするバイオプリンティングにおいては、細胞の成長と組織化、機能の発揮の点から、構造物は我々の体の組織と同様に、多くの水を含む柔らかなものである方が望ましいです。これまで広く用いられてきたのは、基板上にインクを積層させながら造形する方法です。しかしこの方法では、柔らかな構造物の造形に使用される粘度の低いインクが、基板上で固まる前に目的箇所から流出してしまったり、印刷中に自重によって変形してしまうなどの課題があり、柔らかな構造物を精度よく造形することは困難でした。

このような問題を解決する方法として、ここ数年活発に検討が行われているのが、ゼリーを細かく砕いて作製されるようなプリント補助剤を満たした容器中に、細胞含有のインクを注入しつつ固化させる方法です。しかし、この方法では、プリント補助剤が構造物中に多く取り込まれてしまうという問題がありました。

研究の内容

今回、研究グループでは、プリント補助剤を満たした容器中での3Dプリントを行わずに、柔らかな構造物を3Dプリントする方法を検討しました。プリント補助剤と細胞を含むインクを交互に積層する方法を採用するとともに、インクを固めるために、プリント補助剤とインクが接触するとはじめてインクが固化する方法の開発に取り組みました。その結果、複数の方法を開発することに成功し、複数の特許出願とともに、そのうちの1つについて論文発表を行いました。

具体的に、本研究では、動物細胞、体内に存在するヒアルロン酸の誘導体、及び西洋わさびから抽出される酵素を含む溶液をインクとして使用し、微量の過酸化水素を含むエコー検査用ゼリーをプリント補助剤として用い、これらを交互に積層することで3Dプリントを行いました。その結果、インクに含まれる動物細胞を生きたまま含む立体構造物をプリントすることに成功しました。また、人の肝臓由来の細胞が構造体内部で成長することを確認しました。さらに、エコー検査用ゼリーが、カルシウムと反応すると簡単に除去できることを見出し、プリント補助剤として適していることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

組織や臓器のような構造物を、さまざまなサイズ・形状で印刷することを実現するために、3Dバイオプリンティングの研究が進められています。これにより得られる構造物は、人の組織や臓器を置換する目的だけでなく、薬物開発時の評価に使用することを目的としても作製が試みられています。本研究の成果は、それらに寄与することが期待される成果です。

特記事項

本研究成果は、2023年9月26日(日本時間)に米国化学会が発行する学術誌「ACS Biomaterials Science & Engineering」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Horseradish peroxidase-mediated bioprinting via bioink gelation by alternately extruded support material,”
著者名: Takashi Kotani, Wildan Mubarok, Takehito Hananouchi, Shinji Sakai

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう