導電性ポリマー立体配線で 脳型コンピュータの実現へ一歩
3次元ポリマーネットワークへの連想記憶の付与にも成功
研究成果のポイント
- 電極間ポリマー配線により、3次元的なネットワーク回路を一から構築できることを初めて実証
- 高度なリアルタイム処理を省電力で実行可能な人間の脳を模倣したアナログ脳型コンピュータが注目されているが、実際の脳が持つ3次元構造から乖離しており、ネットワークの高密度化による性能向上が困難であった
- 立体配線された電極間の抵抗制御により、ネットワークを学習させる技術を確立。ネットワークに連想記憶を付与することにも成功した
- 脳のように密な3次元ネットワーク構造を持った、脳構造により忠実な脳型コンピュータ及び3次元配線技術への応用に期待
概要
大阪大学大学院理学研究科/北海道大学大学院情報科学研究院の赤井恵教授、北海道大学大学院情報科学院の萩原成基さん(博士後期課程)らの研究グループは、溶液中で電極に電圧を加えると重合成長する導電性ポリマーの分子細線が立体配線材料として利用でき、さらにこれを用いて脳のように学習可能な脳型コンピュータを実現し得ることを世界で初めて明らかにしました。まるで脳が成長するかのように、溶液中で分子細線が伸長・配線されることで回路が学習し、その結果得られたネットワークに連想記憶を付与することにも成功しました。
これまで導電性ポリマー細線は2次元平面上での配線しか実現されておらず、3次元配線性能については明らかにされていませんでした。
今回研究グループは、既存の微細加工技術を用いて先端が鋭利な立体電極を作製しました。これを避雷針に見立てて電界を先端に集中させることにより、導電性ポリマー細線が3次元的に成長可能であることを実証しました。これにより、脳のように密な3次元ネットワーク構造を持った次世代脳型コンピュータの実現が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Advanced Functional Materials」に、7月1日(土)1時(日本時間)に公開されました。
図1. 導電性ポリマー立体配線のイメージ図
研究の背景
ソフトウェアとして実装されてきたこれまでの人工知能は電力効率の面で大きな課題があることが知られていました。一方で我々の脳は高度なリアルタイム処理を圧倒的に省電力で行えており、これは脳の構成単位である神経細胞(ニューロン)とそれらを繋ぐシナプスが織りなす高密度な3次元ネットワークがもたらすダイナミクスに起因していると考えられます。近年、人工知能処理を加速させる次世代ハードウェアとして、脳の仕組みを物理的に模倣したアナログ脳型コンピュータが注目されていますが、それらは実際の脳の3次元構造とは大きく乖離しており、その性能を十分には引き出せませんでした。
研究の内容
赤井教授らの研究グループでは、脳のごとく溶液中で電解重合成長し、電極間を配線可能な導電性ポリマー細線を用いることで、脳内の3次元的な局所結合を忠実に再現できることを発見しました。溶液中に配置された複数の立体電極間へ重合電圧を印加することで、導電性ポリマー細線が3次元的に成長する様子が初めて観測されました(図2)。また、電圧印加時間を制御することで配線本数を制御でき、これを用いて各電極間抵抗値を所望の値へと高精度で制御し得ることも示されました。これは、軸索誘導と呼ばれる現象による脳内ネットワーク形成過程と、シナプス可塑性と呼ばれる機能による脳の学習過程に対応づけられます。実際、ニューロン同士の相関関係を、生理学的な学習ルールとして知られるヘブ則に基づいて学習させることに成功し、ネットワークに連想記憶を与えられることが示されました(図3)。
さらに、構築した3次元ネットワークへ電圧パルスを印加することで、脳内で見られる側抑制に対応する抵抗変化が観測されることも明らかになりました。これにより、ニューロンのスパイク発火活動に基づくより生理学的な情報処理の実現が期待されます。
図2. 実際に実現された導電性ポリマー立体配線の光学顕微鏡像
それぞれ基板表面から0及び100ミクロンの高さの位置にピントを合わせて撮影された
図3. 連想記憶学習時において各電極に流れる電流値の推移。学習が進むにつれて、「果物」ニューロン電極を電圧刺激した時にその「色」に対応する電極へより多くの電流が流れるようになる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、新生児の脳のごとく溶液中で一から3次元的なネットワークを構築し、その後学習を通じてシナプス結合強度を自発的に変化させるような脳型ウェットウェアの実現が期待されます。これはまさに小型の人工脳とも捉えられ、人工知能が「モノ」から「パートナー」として我々の生活に寄り添う未来を提供します。また、溶液に浸して電圧を印加するだけで所望の電極間を配線できるというプロセスの簡便さから、3次元回路集積やブレインマシンインターフェースにおける配線技術としての応用も期待できます。
特記事項
本研究成果は、2023年7月1日(土)1時(日本時間)に独国科学誌「Advanced Functional Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Fabrication and Training of 3D Conductive Polymer Networks for Neuromorphic Wetware”
著者名:Naruki Hagiwara, Kota Ando, Tetsuya Asai and Megumi Akai-Kasaya
DOI:https://doi.org/10.1002/adfm.202300903
なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業ACT-X(JPMJAX21KE)及びJSPS科学研究費助成事業研究(22J10487)の一環として行われました。
参考URL
大阪大学大学院理学研究科 化学専攻表面化学研究室(赤井研究室)
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/akai/
北海道大学大学院情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門(集積ナノシステム研究室)
http://lalsie.ist.hokudai.ac.jp/
SDGsの目標
用語説明
- 導電性ポリマー
通常は絶縁体であるポリマーにドーピング処理を施し、高導電性を付与したもの。東京工業大学の白川英樹博士(現筑波大学名誉教授)らによって1977年に発見され、2000年にはノーベル化学賞を受賞している。
- 脳型コンピュータ
脳の構造や情報処理機構を模倣した次世代コンピュータであり、人工知能処理の高速化や省電力化を目的としている。抵抗変化メモリ素子をシナプス結合に見立てたアナログ演算回路はその代表例であり、抵抗値を変えることで脳内ネットワークの学習を表現できる。
- 連想記憶
ある1つの情報(例. 果物の種類)から他の情報(例. 果物の色)を想起するために必要な記憶。連想記憶学習の代表例としてホップフィールドニューラルネットワークなどが知られており、ノード間の相互結合重みを最適化することで連想が可能となる。
- 軸索誘導
脳の発達過程において、ニューロン同士が軸索と呼ばれる部位を互いに伸長させてシナプス結合を形成し、活動に必要な脳神経ネットワークを形作る過程。
- ヘブ則
シナプス結合はニューロン間を伝達する電気信号の伝達効率を調節する役割を担っており、その効率はシナプス前後のニューロンの活動によって変化するという法則。心理学者ドナルド・ヘッブによって1949年に提唱され、現在では脳の基本的な学習メカニズムとして知られている。
- 側抑制
特定の感覚刺激に応答したニューロンが、ほかのニューロンの神経活動を抑制する現象。視覚系や聴覚系で起こることが知られており、これにより個々のニューロンが特定の感覚刺激に対してのみ敏感に反応できるようになる。
- スパイク発火
ニューロンが自らの電位を急激に変化させることで瞬間的な電気信号(スパイク)を生成し、他のニューロンへ伝達すること。スパイク発火の頻度やタイミングはある特定の情報を持っており、これらを解析することは脳の情報処理機構を説明する上で重要とされている。