新たな心不全治療薬を開発。

新たな心不全治療薬を開発。

心筋細胞に現れるキナーゼの活性低下で心不全が発症していた

2023-5-12生命科学・医学系
医学系研究科招へい教授塚本 蔵

研究成果のポイント

  • 心筋細胞に特異的に発現するcMLCKの活性低下が、心筋ミオシンII分子の構造変化を介して拡張型心筋症(心筋収縮不全)を発症する分子機構を発見。
  • cMLCKを再活性化して不全心筋の収縮性を回復させる低分子化合物を開発。
  • 従来の強心薬と比較して、副作用を回避して血行動態を安定化できる新しいタイプの心不全治療薬として、重症心不全治療への応用に期待。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の櫃本竜郎さん(博士後期課程)、塚本蔵 招へい教授(および兵庫医科大学医学部 教授)(医化学)らの研究グループは、心筋細胞のcMLCK活性が低下することで心筋ミオシンII分子がsuper relax stateと呼ばれる状態に変化し、ミオシンとアクチンの相互作用が減少して収縮性が低下することで拡張型心筋症が発症する分子機序を解明しました。さらに、研究グループは、大阪大学薬学研究科と東京大学創薬機構との共同研究でcMLCKを特異的に活性化する低分子化合物の開発に成功し、この化合物をcMLCK活性の低下した心筋細胞に投与することで、cMLCKが再活性化されて収縮性が回復することを明らかにしました。

cMLCK活性化による心筋収縮性の改善効果は、従来の強心薬の副作用を回避しながら、安全に血行動態を改善できる新たな心不全治療薬となることが期待されます。

本研究成果は、2023年5月2日(火)(日本時間)に米国科学誌「Circulation」(オンライン)に掲載されました。

20230512_1_1.png

研究の背景

cMLCKは心筋細胞にのみ特異的に発現するキナーゼで、心筋型ミオシン調節軽鎖をリン酸化することで心筋収縮性を生理的に制御することが知られていましたが、ヒトの心不全への関与は不明でした。近年、家族性拡張型心筋症の遺伝子解析の結果、複数の家系でcMLCKをコードするMYLK3遺伝子に変異を有する事例が報告されてきており、cMLCK活性が心不全の病態発症に及ぼす分子機序の解明や、新たな治療標的分子となる可能性が期待されていました。

研究の内容

研究グループでは、家族性拡張型心筋症から同定したMYLK3変異をノックインしたマウスやiPS由来心筋細胞を作成して、心不全病態の発症の分子機構の解析を行いました。その結果、心筋のcMLCK活性が低下すると心筋型ミオシン調節軽鎖のリン酸化が阻害され、super relax stateと呼ばれる心筋ミオシンII分子の割合が増加して、心筋収縮性が低下することを明らかにしました。また、独自に開発したcMLCK活性化剤を、原因遺伝子の異なる拡張型心筋症患者由来のiPS心筋細胞に投与すると、ミオシン調節軽鎖のリン酸化が活性化され、super relax stateのミオシンII分子の割合が低下して収縮性が改善することを明らかにしました。さらに、異なる原因遺伝子変異による重症心不全患者の心筋組織で検討した結果、原因遺伝子によらず多くの重症心不全患者の心筋組織でcMLCK活性化低下していることを発見し、cMLCK活性化剤が多くの重症心不全患者に有効である可能性を明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

従来の強心薬は細胞内カルシウム濃度を増加させることで心筋収縮性を改善することから、虚血、不整脈、突然死などの副作用が臨床的課題でした。しかし、研究グループが開発したcMLCK活性化剤は、細胞内カルシウム濃度の変化を介さずに収縮性を改善できることから、従来の強心薬の副作用を回避しながら、安全に重症心不全患者の血行動態を回復できる、全く新しい機序の心不全治療薬です。重症心不全治療における新たな治療の選択肢となるとともに、より早期からの投与を行うことで心不全病態の発症や進展の予防に繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年5月2日(火)(日本時間)に米国科学誌「Circulation」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Restoration of cardiac myosin light chain kinase ameliorates systolic dysfunction by reducing super-relaxed myosin”
著者名:Tatsuro Hitsumoto1, Osamu Tsukamoto1(*責任著者), Ken Matsuoka1, Junjun Li3, Li Liu3, Yuki Kuramoto2, Noboru Fujino4, Shohei Yoshida4, Shuichiro Higo2, Shou Ogawa2, Hidetaka Kioka1,2, Hisakazu Kato1, Hideyuki Hakui1,2, Yuki Saito1, Chisato Okamoto1, Hijiri Inoue1, Hyejin Jo1, Kyoko Ueda1, Takatsugu Segawa1, Shunsuke Nishimura1,2, Yoshihiro Asano2,5, Hiroshi Asanuma6, Akiyoshi Tani7, Riyo Imamura9, Shinsuke Komagawa8, Toshio Kanai8, Masayuki Takamura4, Yasushi Sakata2, Masafumi Kitakaze10, Jun-ichi Haruta8, and Seiji Takashima1
所属:
1.大阪大学 大学院医学系研究科 医化学
2.大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学
3.大阪大学 大学院医学系研究科 心臓血管外科学
4.金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科 循環器内科学
5.国立循環器病研究センター ゲノム医療支援部
6.明治国際医療大学 保健医療学部 救急救命学科
7.大阪大学 大学院薬学研究科 附属創薬センター構造展開ユニット
8.大阪大学 大学院薬学研究科 附属化合物ライブラリー・スクリーニングセンター
9.東京大学 大学院薬学系研究科附属創薬機構
10.阪和記念病院 循環器内科
DOI:https://doi.org/10.1161/circulationaha.122.062885

本研究は、AMED創薬総合支援事業(創薬ブースター)、AMED創薬総合支援事業(創薬ブースター)、創薬等先端技術支援基盤ブラっとフォーム、および日本学術振興会科学研究費助成事業の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科 高島成二教授、大阪大学大学院薬学研究科 春田純一教授の協力を得て行われました。

参考URL

塚本 蔵 招へい教授
https://researchmap.jp/o_tsukamoto

用語説明

cMLCK

cardiac-specific myosin regulatory light chain kinase、心筋特異的ミオシン調節軽鎖キナーゼ。心筋細胞に特異的に発現するキナーゼで、心臓型ミオシン調節軽鎖(MLC2v)を基質としてリン酸化する。MLC2vのリン酸化により心筋の収縮性は増強され、一方、脱リン酸化により収縮性が減弱することが知られている。

super relax state

弛緩期の心筋ミオシンII分子のクロスブリッジの状態の1つ。2つのミオシン分子のATP加水分解活性部位とアクチン結合部位が阻害された状態で互いに折り畳まれた状態であるため、張力の発生に関与できない。

強心薬

高度に収縮性が低下して血行動態が破綻した心不全患者に対して、心筋の収縮性を高めることで血行動態を安定化する目的で使用される薬。従来の強心薬は、細胞内カルシウム濃度の増加を介した強心作用(calcitrope)による副作用が臨床的に問題とされている。