抗体を作り続ける長寿命細胞を発見
効果が持続化するワクチンの開発に期待
研究成果のポイント
- ワクチンの持続効果は、中和抗体を産生するプラズマ細胞の寿命に依存していると考えられる。
- しかしこれまでプラズマ細胞の生存を追跡する方法が存在しなかったために、長寿命プラズマ細胞の特徴はほとんど明らかにされてこなかった。
- プラズマ細胞の寿命を測定する方法を初めて開発
- 長寿命プラズマ細胞を見分けるマーカーを発見
- 長寿命プラズマ細胞を効率よく誘導するワクチンの開発に期待
概要
大阪大学感染症総合教育拠点(CiDER)生体応答学チームの小池拓矢日本学術振興会特別研究員(PD)、伊勢渉教授、免疫学フロンティア研究センター(IFReC)分化制御研究室の黒﨑知博特任教授(常勤)(理化学研究所生命医科学研究センター分化制御研究チームチームリーダー)らの研究グループは、マウスの抗体産生細胞(プラズマ細胞)の寿命を測定することができる実験系を開発しました。これを用いて、マウスの体内で誕生したプラズマ細胞の生存を長期間に渡って追跡することによって、長寿命プラズマ細胞が誕生する仕組みと長寿命プラズマ細胞のマーカーを世界で初めて明らかにしました(図1)。
ワクチンで誘導される中和抗体は、ウイルス感染からの防御に必須の働きをします。ワクチンの持続効果は、中和抗体を産生するプラズマ細胞の寿命に依存していると考えられます。しかしこれまでプラズマ細胞の生存を追跡する方法が存在しなかったために、長寿命プラズマ細胞の特徴はほとんど明らかにされてきませんでした。
今回、研究グループは、長寿命プラズマ細胞を同定することに成功しました。本研究成果により、なぜワクチンによって持続効果に違いがあるのかを解き明かすことが可能となります。また長寿命プラズマ細胞の効率的な誘導を図った新たなワクチンの開発も期待できます。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に、12月14日(水)に公開されました。
図1. 長寿命プラズマ細胞が誕生する過程
骨髄に流入した未成熟プラズマ細胞(B220hiMHC-IIhi)の大部分は死滅するが、一部の細胞は生存ニッチに強く接着し、長寿命プラズマ細胞(B220loMHC-IIlo)へと成熟・分化する
研究の背景
ワクチンで誘導される中和抗体は、ウイルス感染防御に必須の働きをします。ワクチンの持続効果は、中和抗体を産生するプラズマ細胞の寿命に依存していると考えられています。したがってプラズマ細胞の寿命を制御するメカニズムを解き明かし、それをワクチン開発に役立てていくことが重要です。しかし、新たに誕生したプラズマ細胞の生存率や寿命を解析するための実験系が存在しなかったために、どのようなプラズマ細胞が長期生存するのかについてはほとんど明らかにされておりませんでした。
研究の内容
研究グループは、マウスのプラズマ細胞を誘導性に蛍光色素でラベルできる実験系を開発しました(図2)。この実験系を用いて、マウスのプラズマ細胞の生存を1年に渡って追跡しました。その結果、誕生したばかりのプラズマ細胞はB220hi MHC-IIhiという表現型を示し、大部分は死滅してしまうのに対し、その一部はB220loMHC-IIloという表現型に変化し、長寿命を獲得することが明らかとなりました(図3)。さらにこのB220loMHC-IIloという長寿命プラズマ細胞は、生存ニッチである骨髄内で、静かにじっと動かずに生存していることも明らかになりました(図4)。
図2. 本研究で新たに開発したプラズマ細胞の運命追跡システム
図3. プラズマ細胞の表現型の変化
骨髄に流入直後のプラズマ細胞はB220hiMHC-IIhiだが、生存時間が長くなるとB220loMHC-IIloへと表現型が変化する
図4. 骨髄プラズマ細胞の挙動の変化
骨髄に流入直後のプラズマ細胞は動いているが、長寿命プラズマ細胞は静止している
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、長寿命プラズマ細胞を分離し、その誘導メカニズムを詳細に解き明かすことが可能になりました。これによって長寿命プラズマ細胞の効率的な誘導を介して効果が持続するワクチンの開発も期待できます。
特記事項
本研究成果は、2022年12月14日(水)に米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Progressive differentiation towards the long-lived plasma cell compartment in the bone marrow”
著者名:Takuya Koike1, Kentaro Fujii2, Kohei Kometani3, Noah S. Butler4, Kenji Funakoshi2, Shinya Yari5, Junichi Kikuta5,6,7, Masaru Ishii5,6,7,8, Tomohiro Kurosaki2,3,8* and Wataru Ise1* (*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1084/jem.20221717
所属:
1. 大阪大学感染症総合教育研究拠点 感染症・生体防御研究部門 生体応答学チーム
2. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 分化制御研究室
3. 理化学研究所生命医科学研究センター 分化制御研究チーム
4. Department of Microbiology and Immunology, The university of Iowa
5. 大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科 免疫細胞生物学
6. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫細胞生物学
7. 医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬イメージングプロジェクト
8. 大阪大学感染症総合教育研究拠点 感染症・生体防御研究部門
なお、本研究は、日本財団、大塚製薬、日本学術振興会科学研究費助成事業(22J00313, 20K16283, 22H00450, 18KK0227, 20H03503)、先進医薬研究振興財団、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、第一三共生命科学研究振興財団などの支援により行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- プラズマ細胞
刺激を受けたB細胞が分化して、大量の抗体を分泌するようになった細胞。大部分のプラズマ細胞は2、3日で死滅するが、一部は長期に渡って生存する。ヒトでは数十年に渡って生存したプラズマ細胞の存在が報告されている。
- 生存ニッチ
プラズマ細胞が長期生存する場所で、骨髄や腸管の粘膜固有層に存在する。ストローマ細胞やミエローマ細胞から構成され、プラズマ細胞の生存を支える因子(サイトカインなど)に富んでいると考えられている。