進化情報をAIがとらえ酵素機能をデザイン可能に
機械学習で酵素の基質選択性を設計する新技術
お読みいただく前に
酵素には特定の物質(基質)にのみ作用し、特定の化学反応を起こさせる特徴があり、これを酵素の基質特異性といいます。今回、この特徴を司るアミノ酸残基を人工知能で推定する手法を開発しました。
研究成果のポイント
- 酵素の基質・補酵素特異性を司るアミノ酸残基を人工知能により推定する手法を開発
- 進化過程で保存されてきたアミノ酸配列を紐解くことで機能に関わるアミノ酸残基の推定が可能に
- 酵素が高い基質特異性を達成できている仕組みの解明と酵素工学技術の高精度化に期待
概要
大阪大学大学院情報科学研究科の二井手哲平助教、清水浩教授らの研究グループは、データベース上の酵素のアミノ酸配列を人工知能により解析することで酵素の分子認識能力の発現を司るアミノ酸残基を高い精度で可視化できることを世界で初めて明らかにしました。この技術は基質特異性の発現に関わるアミノ酸残基の寄与度をアミノ酸残基レベルで数値表現できるため、タンパク質工学などで基質特異性改変に応用できます。
反応基質や補酵素に対する酵素の選択性を変えるこれまでの取り組みは、基質・補酵素と酵素の共結晶構造から研究者が知見や経験に依存した変異候補残基の決定や、完全ランダムな変異導入により試みられてきました。しかし、酵素は反応の過程でダイナミックに構造が変化することや、対象とする変異位置の数に応じて変異体候補が指数的に増加することから、基質・補酵素選択性を司るアミノ酸残基の予測や選択性の設計は困難な課題でした。
今回、同研究グループは補酵素特異性ごとに分類したアミノ酸配列データセットをもとに機械学習を実施することで、進化過程で保存されてきた酵素中のどのアミノ酸残基が分子の特異性に寄与するかといった情報を抽出し、さらにどのアミノ酸に変異させると分子選択性が切り替わるかを推論する手法を開発しました。この手法は様々な生物に見られる共通した触媒機能を持つ酵素のアミノ酸配列の配列保存度に着目したものであり、データベースの拡充により今後益々の発展が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「ACS Synthetic Biology」に、11月2日(水)(アメリカ東部時間)に公開されました。
図1. 人工知能が酵素機能をデザインする
研究の背景
これまでの酵素改変技術としては、次のような手順で目的機能を持つ酵素を実験的にスクリーニングする手法が一般的に用いられていました。まず対象酵素のどの位置のアミノ酸残基が触媒機能発現に寄与しているかを研究者が知識と経験で予測し、その部位に変異を導入した変異体群を作製し、スクリーニングするというものです。しかし、酵素のスクリーニングは活性基準で実施されるため、実際に評価できる変異体数は最大でも数十万です。さらに、酵素の基質・補酵素特異性に関わるアミノ酸残基は基質認識部位だけでなく酵素の構造全体に分散していることが指摘されており、これら残基を同定するのは困難でした。
また、同定できたとしても変異させたい残基数に応じて探索すべき変異体数が指数関数的に増加するため、広い探索空間から必要な変異箇所と候補アミノ酸をいかに精度良く限定するかが酵素改変の成功率を向上させる上で重要な要素になっていました。
研究の内容
研究グループでは、生物が進化の中で保存してきた構造とそれを形作る特定の位置のアミノ酸残基に着目しました。これは、微生物からヒトまで同じ働きをする酵素が多数存在し、同機能を持つ酵素の形は非常に良く似ているところから発想を得ました。この形と機能はアミノ酸配列によって決まるので、保存されているアミノ酸残基はこれら情報を持っていると言えます。我々は生物種を越えて自然界に広く分布している酵素に対し、その酵素を機能ごとに分類し機械学習に適用することで、機能発現に関わるアミノ酸残基を推定する手法を開発しました。この手法はアミノ酸残基の位置毎に変異候補のアミノ酸を提案できるため、タンパク質工学に適用できます。
本手法の有用性を示すため、自然界の多くの生物が保持するリンゴ酸酵素に着目しました。リンゴ酸酵素はNAD+またはNADP+を水素受容体としてリンゴ酸をピルビン酸に変換する酵素で、補酵素選択性に従いNAD+依存型とNADP+依存型のどちらかに分類できます。当該研究グループはデータベース上に収録されているリンゴ酸酵素を収集し、そのアミノ酸配列と補酵素選択性の情報を入力データとして機械学習を実施しました (図2)。解析後の学習モデルから、アミノ酸配列の位置ごとにどの様なアミノ酸残基が補酵素選択性に寄与するかの情報を数値として取得でき、補酵素選択性への寄与度を推定することができます。これにより可視化された寄与度ランキングに基づき、リンゴ酸酵素の補酵素選択性を切り替えることで推定されたアミノ酸残基の影響や効果を評価しました。ここではモデル酵素として、大腸菌由来NADP+依存型リンゴ酸酵素を選択し、補酵素選択性の寄与度ランキングに基づき、10種の変異体を作製しました。これら10種の変異体は、ランキング1位から10位まで、1位から20位まで、・・・・、1位から100位までの候補アミノ酸残基を大腸菌由来NADP+依存型リンゴ酸酵素の対応するアミノ酸残基位置へ導入したものです。これら変異体を大腸菌発現系により調製し、その補酵素特異性を酵素活性を測定することで調査しました。その結果、変異数の増加に伴い補酵素特異性がNADP+からNAD+へと変化し、ランキング30位までの変異で完全にNAD+依存型となりました。さらに比較モデルによる構造解析により、変異位置は基質ポケット領域だけでなく、酵素全体に点在することが明らかとなり、酵素の基質・補酵素選択性は基質ポケット外の領域も重要であることを示唆する結果を得ました。以上より、人工知能が補酵素選択性に関わるアミノ酸残基を捉えることができ、これがタンパク質工学へ応用可能であることを示しました。
図2. 研究の概念図
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、酵素の高い基質特異性がなぜ実現できるのかを知る手がかりを得られる可能性があり、将来的には狙いの反応を触媒する酵素の汎用的な設計手法の実現が期待されます。遺伝子解析技術の発展に伴い、データベースも急速に拡大しており、本手法は汎用的な酵素工学技術となることが見込まれます。
特記事項
本研究成果は、2022年11月2日(水)(アメリカ東部時間)に米国科学誌「ACS Synthetic Biology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Logistic Regression-Guided Identification of Cofactor Specificity-Contributing Residues in Enzyme with Sequence Datasets Partitioned by Catalytic Properties”
著者名:Sou Sugiki, Teppei Niide, YoshihiroToya, and Hiroshi Shimizu
DOI:https://doi.org/10.1021/acssynbio.2c00315
なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ACT-X「環境とバイオテクノロジー」、JSPS科学研究費補助金 基盤研究S、基盤研究Cの一環として行われました。
参考URL
清水 浩教授 研究者総覧
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?u=4601
SDGsの目標
用語説明
- 基質特異性
酵素が特定の物質 (基質) を認識して物質選択的な化学反応が生じること。酵素が化学反応を生じさせる物質を基質という。