単独で存在するブラックホール候補を発見

単独で存在するブラックホール候補を発見

高密度天体の重力による空間の歪みを検出

2022-6-10自然科学系
理学研究科教授住貴宏

研究成果のポイント

  • 単独で存在するブラックホール候補天体を、その重力による空間の歪みとして、初めて発見
  • これまで発見されたブラックホールは、銀河の中心にある超巨大ブラックホール以外は、全て伴星を伴う連星であった。今回、重力による空間の歪みを検出する重力マイクロレンズ法によって、単独で存在するブラックホール候補を初めて発見することが可能に
  • 銀河系内の全てのブラックホールの存在量を測定可能になり、銀河系内の星の形成過程を解明できるようになる。また、宇宙形成初期にできた原始ブラックホールの存在量を解明できるようになることも期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の住貴宏教授らの研究グループは、米国カリフォルニア大学バークレー校、宇宙望遠鏡科学研究所(Space Telescope Science Institute:STScI)、NASA、ワルシャワ大学などと共同で、単独で存在するブラックホールの候補天体を世界で初めて発見しました。この観測は、10年にわたる地上望遠鏡とNASAハッブル宇宙望遠鏡との共同観測で実現しました。これまで発見されたブラックホールは、銀河の中心にある超巨大ブラックホール以外では、全て伴星を伴う連星であり、伴星を伴わない単独で存在するブラックホールは発見されていませんでした。

今回、住教授らの研究グループは、その強い重力場による空間の歪みのために、遠くの星がゆがんで明るくなり、位置がずれて見える、重力マイクロレンズ現象を利用することにより、単独で存在するブラックホールの候補を発見しました。このようなコンパクトな高密度天体が天の川銀河にどれくらい存在するのかを明らかにすることは、星の進化、特に星の死に方、そして銀河系の進化を理解するのに役立ちます。また、一部の宇宙理論研究者が提唱する、ビッグバンで大量に作られたと考えている原始ブラックホールの存在量を明らかにできるかもしれません。

本研究成果は、米国科学誌「The Astrophysical Journal」および、「The Astrophysical Journal Letters」に、掲載が決定しました。

本研究成果について、6月10日(金)午後11時(日本時間)から米国カリフォルニア大学バークレー校、宇宙望遠鏡科学研究所、ワルシャワ大学にてプレスリリースが行われました。

20220610_4_1.png

図1. ブラックホールの重力が空間をゆがめるイメージ. CREDITS:IMAGE: FECYT, IAC

20220610_4_2.png

図2. ブラックホールの重力が空間をゆがめ、背後にある遠くの星からの光を曲げる模式図。ブラックホールとは、大質量の星が超新星爆発を起こし、その残骸が潰れたものです。ブラックホールは、その強い重力場によって光を閉じ込めてしまうため、直接見ることはできません。しかし、ブラックホールの強力な重力場によって、周辺の空間がゆがみ、ほぼ真後ろに並んだ星が増光され、また像が歪んで見えます。このことは、銀河系をさまようブラックホールが存在することの有力な証拠となります。CREDITS: ILLUSTRATION: NASA, ESA, STScI, Joseph Olmsted

研究の背景

大きな星の死によってブラックホールができるのであれば、天の川銀河には1千万から何億個ものブラックホールが散らばっているはずです。問題は、孤立したブラックホールは目に見えないということです。これまで発見されたブラックホールは、銀河の中心にある超巨大ブラックホール以外は全て伴星を伴う連星でした。重力が強く、光を飲み込んでしまうため、直接見ることができないブラックホールは、周囲の環境にどのような影響を与えるかによって、その存在を推し量るしかありません。星質量程度のブラックホールは、連星系の一部であれば、伴星である恒星の物質がブラックホールに降り注ぐときに発生するX線を検出することで発見されてきました(5―20太陽質量程度)。また、近年、2つ以上の数十太陽質量のブラックホールが合体したときに発生する重力波を検出することができるようになりました。

しかし、単独で存在するブラックホールの存在量がわからない限り、宇宙全体のブラックホールの総量はわからないという課題がありました。今回、重力による空間の歪みを検出する重力マイクロレンズ法によって、単独で存在するブラックホール候補を初めて発見することが可能になりました。

研究の内容

住教授らの研究グループMicrolensing Observations in Astrophysics (MOA)では、ニュージーランドにある1.8m MOA-II望遠鏡を用いて、重力マイクロレンズ現象を用いた系外惑星、暗黒物質の探査を行っています。重力マイクロレンズ現象とは、遠方の恒星(背景天体)の前を他の星(レンズ天体)が通過すると、その重力が周りの空間を歪めてレンズの様な働きをして背景天体からの光を一時的に増光する現象です。この現象は1936年にアインシュタインが予言しました。

今回の天体は、MOAグループが、天の川銀河の中心方向の観測により、マイクロレンズ事象MOA-2011-BLG-191として2011年に発見しました。同時にチリにある1.3m望遠鏡を用いてマイクロレンズ探査を行うOptical Gravitational Lensing Experiment (OGLE)グループも独立にOGLE-2011-BLG-0462として発見しています。

このような探査では、天の川銀河で毎年約2,000個のマイクロレンズで明るくなった星が発見されています。しかし、これら数千個のマイクロレンズ事象のうち、ブラックホールによるものはわずか1%以下であるため、すべての事象の中からブラックホール候補を探すのは容易ではありません。ブラックホール候補を探索する最良の方法は、増光期間が非常に長い事象を探すことです。マイクロレンズ現象は、レンズ天体が重いほど増光期間が長くなります。通常の星の場合、増光期間は数週間から2ヶ月程度ですが、100日以上続くマイクロレンズ現象は、ブラックホールである可能性が高くなります。実際にブラックホールであるかを確認するためには、増光現象(明るさの変化)の他に、歪んだ背景天体の見かけの位置の非常に僅かなずれを、超高精度で測定する必要があります。NASAのハッブル宇宙望遠鏡は、このような並外れた精度の観測が可能です。

そこで、STScIのSahuらのチームは、増光期間が100日以上の5個の事象をハッブル宇宙望遠鏡で観測して、正確な位置情報の時間変化を数年にわたり取得してきました。その後、バークレーのLamらのチームは、この観測を継続しています。

そして、この二つのチームは、この内、特に増光期間が270日と長い本事象で、背景星の見かけの位置が、通常あるべき位置から約 1 ミリ秒角(3,600,000分の1度)ずれていることを発見しました。これは、ニューヨークから見たロサンゼルスの25セント硬貨の直径を測定するのに相当します。

これらMOA、 OGLEの増光の観測データと、ハッブル望遠鏡による位置観測のデータから、STScIのチームは、このコンパクト天体は約5,153光年(1,580パーセク)の距離にある、質量が7.1太陽質量のブラックホールであると主張し、この論文は、『The Astrophysical Journal』に掲載されることが決定しました。

一方、バークレーのLamらのチームは若干異なる結論を導いていて、この見えないコンパクトな天体は、2,280〜6,260光年(700〜1,920パーセク)の距離にあり、質量が太陽の1.6倍から4.4倍と推定しています。死んだ星の残骸がブラックホールになるには2.2太陽質量より重くなければならないと考えられているため、本論文では、この天体は有力なブラックホール候補であるが、中性子星である可能性を排除できていないことに注意を促しています。中性子星もまた高密度で非常にコンパクトな天体だが、その重力は内部の中性子圧力と釣り合っており、ブラックホールへの崩壊を防ぐことができています。

バークレーチームによる解析は、The Astrophysical Journal Lettersに掲載されることが決定しました。この分析には、他の4つのマイクロレンズ事象も含まれていますが、そのうちの2つは白色矮星か中性子星によるものである可能性が高いと結論付けています。また、本事象がブラックホールだった場合、銀河系に存在するブラックホールの数は約2億個で、これはほとんどの理論家が予測した数とほぼ同じであると結論づけられました。

この天体は、ブラックホールであれ中性子星であれ、他の星と対になっていない暗くて見えない恒星の残骸が銀河系をさまよっているのを発見した最初の例です。このようなコンパクトな高密度天体が天の川銀河にどれくらい存在するのかを明らかにすることは、星の進化、特に星の死に方、そして銀河系の進化を理解するのに役立ちます。また、一部の宇宙理論研究者が提唱する、ビッグバンで大量に作られたと考えている原始ブラックホールの存在量を明らかにできるかもしれません。

本観測結果を確認するため、バークレーチームはハッブル宇宙望遠鏡からさらなる観測を行っており、昨年10月にその一部が届きました。その新しいデータから、レンズの重力場による星の位置の変化が、増光事象から10年経った今でも観測可能であることがわかりました。ハッブルによるさらなる観測が、2022年秋に予定されており、今後、ブラックホールか中性子星かが判別されると期待されています。

さらに、NASAが2026年に打ち上げ予定のナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、宇宙から重力マイクロレンズ探査を行う予定で、数万個のマイクロレンズ事象を発見し、多くのブラックホール候補天体が含まれていると予想されています。それらの位置のずれを非常に高い精度で測定する予定で、単独で存在するブラックホールの存在量が明らかになると期待されています。

20220610_4_3.png

図3. ハッブル宇宙望遠鏡による画像。○で囲まれた星が、ブラックホーク候補天体による重力マイクロレンズ効果で増光され、位置がずれて観測された星。CREDITS: STScI

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、銀河系内の全てのブラックホールの存在量を測定可能になります。これにより銀河系内の星の形成過程を解明できるようになり、また、多くの理論研究者が予言する宇宙形成初期にできた原始ブラックホールの存在量を解明できるようになることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「The Astrophysical Journal」および、「The Astrophysical Journal Letters」に掲載されることが決定しました。

タイトル:“An Isolated Stellar-Mass Black Hole Detected Through Astrometric Microlensing”
著者名:Kailash C. Sahu 他、
· An isolated stellar-mass black hole detected through astrometric microlensing (arXiv)

タイトル:“An isolated mass gap black hole or neutron star detected with astrometric microlensing”
著者名:Casey Y. Lam他、
· An isolated mass gap black hole or neutron star detected with astrometric microlensing (arXiv)

なお、本研究は、JSPS科学研究費補助金による研究の一環として行われています。

参考URL

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 05 ジェンダー平等を実現しよう
  • 10 人や国の不平等をなくそう
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

用語説明

MOA

日本、ニュージーランド、米国の国際共同研究グループ。ニュージーランド南島のマウントジョン天文台で重力マイクロレンズ観測を1996年から続けています。

パーセク

天文学で使用される距離の単位で、1パーセクは3.26光年。

ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡

NASAが2026年に打ち上げを計画している宇宙望遠鏡。口径はハッブル宇宙望遠鏡と同じ2.4mだが視野が200倍広く、銀河系中心の重力マイクロレンズ探査などが計画されています。