ボトムアップシミュレーションにより2050年の日本の家庭部門温室効果ガス排出を予測
日本が温室効果ガス排出目標を達成するための政策評価ツールの開発
研究成果のポイント
- 詳細なボトムアップシミュレーションにより2050年の日本の家庭部門エネルギー消費量と、各種削減対策の効果を定量的に明らかに。
- 家庭のエネルギー消費は世帯の特性(人数や所有機器、気象条件、住宅の仕様)により大きくばらつくため、これまで日本全体のエネルギー消費量や省エネルギー技術の導入効果が定量化できていなかったが、これらのバラツキを正確に再現できるボトムアップシミュレーションの開発により可能に。
- 今後2030年の46%削減、2050年のカーボンニュートラルに向け、地球温暖化政策の評価ツールや進行管理ツールとしての応用に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の下田吉之教授、大学院生の西本隆哉さん(博士前期課程)らの研究グループは、日本全体の家庭部門の2050年のエネルギー消費を詳細なボトムアップシミュレーションで予測し、部門におけるカーボンニュートラル達成の可能性について分析を加えました。(シミュレーション結果から得た主な内容は次ページをご覧ください)
これまで家庭部門のエネルギー消費は、世帯の特性(人数や所有機器、気象条件、住宅の仕様)により大きくばらつくため、日本全体の家庭部門のエネルギー需要をモデル化したり、省エネ住宅や機器等対策の導入効果についての正確な定量化は困難と考えられていました。
今回、下田教授らの研究グループは、グループが十数年かけて開発してきたTREES(Total Residential End-use Energy Simulation) モデルを用いて、日本の家庭部門の2050年までのエネルギー消費の予測をおこないました。
このモデルは、日本のおよそ5300万世帯の家庭から0.03%を抽出し、その1世帯毎について地域・世帯構成等異なる特性に基づいたモデル住宅を設定し、家庭でエネルギー需要が発生するメカニズムを忠実に再現したシミュレーションモデルです。エネルギー需要再現のため、1世帯毎に5分のタイムステップで居住者の行動モデルから各家電機器の稼働を決定し、機器の稼働や建物内の熱の移動に関する物理モデルを組み合わせて各世帯のエネルギー消費を計算します。それらを積み上げて日本全体のエネルギー消費とする世界にも例を見ない詳細なボトムアップシミュレーションモデルです。これによって冷暖房の設定温度など居住者の行動レベルからテレビや冷蔵庫などの機器の高効率化、住宅の断熱気密化までレベルの異なる対策技術の効果をシームレスに同じプラットフォームで評価することが可能となりました。
■このシミュレーション結果から、主に以下のことが分かりました。
・2050年には既存の技術で日本の家庭部門のエネルギー消費量がほぼ半分にできること
・その際住宅の断熱と高効率給湯器の採用が大きな削減効果を及ぼすこと
・このときのエネルギー消費はIPCCの1.5℃報告書に記載のLED(Low Energy Demand)シナリオで先進国が目指すべきとされている水準と整合的であること
・さらにこのエネルギー消費は、戸建て住宅の屋根に全て最大5kWの太陽光発電を設置することに相当する118GWの太陽光発電でほぼまかない、カーボンニュートラルの状況にできること
・ただし季節的に見ると初夏に発電が余剰となり冬季に不足となることから水素など長期の蓄電が必要になることなどの結果を得ています。
本研究成果は、オランダの科学誌「Applied Energy」に、8月25日(水)(日本時間)に公開されました。
図1. シミュレーションで予測した2013年、2030年、2050年の日本の家庭部門エネルギー消費および各種対策の効果予測と太陽光発電の発電量
研究の背景
これまで、エネルギー基本計画や地球温暖化対策計画では、省エネ家電や高効率給湯器、住宅の省エネルギー化が国のエネルギー消費や温室効果ガスの排出量の削減にどれだけの効果を及ぼすか定量化する際、1世帯あたりの削減量を「標準的な」世帯の削減量に国の全世帯数を掛け合わせる、簡易な手法で計算されていました。しかしこれら技術のエネルギー消費に与える影響は、気象条件や居住者のエネルギー消費行動など世帯の特性によって大きく異なり、上記の手法は必ずしも正確な予測手法とは言えません。
下田教授らの研究グループでは、TREESモデルを国の統計値や世帯毎のエネルギー消費の調査結果、スマートメータから得られる電力ロードカーブなどと比較検証することにより、極めて高い精度でエネルギー消費の実態を再現することに成功しています。
さらに、今後、電力ロードカーブの予測値を用いて、再生可能エネルギーや電気自動車の普及に伴う電力需給の調整をおこなうスマートグリッド技術への応用も目指しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、国や自治体がカーボンニュートラルに向けて家庭部門の政策を検討したり、毎年の温室効果ガス排出量の増減の要因分析を高い精度でおこなうことができ、今後の温室効果ガス排出削減政策ツールとして活用されることが期待されます。下田教授は2021年4月より環境省環境研究総合推進費「国および自治体の民生部門カーボンマネジメントシステムの開発」を受け、国や自治体の協力を得てこのモデルの実用化に取り組んでいきます。
特記事項
本研究成果は、2021年8月25日(水)(日本時間)にオランダ科学誌「Applied Energy」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Evaluating Decarbonization Scenarios and Energy Management Requirement for the Residential Sector in Japan through Bottom-up Simulations of Energy End-use Demand in 2050”
著者名:Yoshiyuki Shimoda, Minami Sugiyama, Ryuya Nishimoto, Takashi Momonoki
DOI:https://doi.org/10.1016/j.apenergy.2021.117510
なお、本研究は、JST戦略的研究推進事業研究およびRITE(地球環境産業技術研究機構)とIIASA(国際応用数理システム研究所:オーストリア)が主体となって実施されている国際共同研究EDITS(Energy Demand Changes Induced by the Technological and Social Innovations)プログラムの一環として行われました。
参考URL
下田吉之教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/15c7e43bde8c3870.html
用語説明
- ボトムアップシミュレーション
国や地域のエネルギー消費量を、その細分化された要素(人や家庭など)のエネルギー消費メカニズムをシミュレーションし、それを積み上げることで求めるシミュレーションの技法。