光とスズの協働による炭素-フッ素結合の変換

入手容易な原料から含フッ素医薬品への短工程プロセス化に期待

2021-6-2自然科学系

研究成果のポイント

  • 特定の炭素-フッ素結合だけを変換することが可能に
  • 強固な炭素-フッ素結合の変換に光触媒ルイス酸であるスズ(Sn)の協働が効果的であることを量子化学計算で解明
  • 有機フッ素化合物は医薬品として重要であり、入手容易な有機フッ素化合物から新しい含フッ素医薬品の開発に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生の杉原尚季さん(博士後期課程)、西本能弘准教授、安田誠教授らの研究グループは、パーフルオロ化合物のある特定の炭素-フッ素結合のみを選択的に切断し、他の官能基へと変換する新しい有機反応の開発に世界で初めて成功しました。

これまで、パーフルオロ化合物の炭素-フッ素結合は極めて強固であるために、安価・安全な可視光を照射するだけの温和な条件での変換反応は困難であり、複数の炭素-フッ素結合の中から特定の炭素-フッ素結合だけを選択的に変換することは達成されていませんでした。

今回、本研究グループは、光触媒存在下で、パーフルオロ化合物に対して有機スズ化合物を用いると、可視光を照射するだけで効率よく特定の炭素-フッ素結合が有用な官能基に変換されることを見いだしました(図1)。実験と理論の両面から、光触媒とルイス酸であるスズ(Sn)が協働することで、強固な結合の変換が加速されることを解明しました。有機フッ素化合物は医薬品としても注目されており、この研究により入手容易なパーフルオロ化合物から含フッ素医薬の迅速な合成が期待されます。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に、6月2日(水)20時(日本時間)に公開されました。

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図1. 世界で初めてのパーフルオロ化合物の位置選択的なC-F結合の変換反応。光触媒とスズ化合物の協働作用が鍵。

研究の背景と詳細

含フッ素化合物は医薬品や農薬、機能性樹脂、有機電子材料などに幅広く実用化されている重要な化合物群です。特に、複数の炭素-フッ素結合を有するパーフルオロ化合物は熱的および化学的に高い安定性を有し、撥水撥油性や耐薬品性などさまざまな優れた性質を有するために注目されています。また、炭素-フッ素結合は化学結合の中でも特に強く、その変換反応は有機化学の重要な課題として世界中で研究が行われています。しかし、パーフルオロ化合物中の中に多く含まれる炭素-フッ素結合で、特定の炭素-フッ素結合のみを変換し、より高付加価値の有機フッ素化合物へと導くことは非常に困難でした。

今回、本研究グループでは、光触媒であるイリジウム錯体と有機スズ化合物を協働させることで、安価・安全な可視光を照射するだけの温和な条件下において、パーフルオロ化合物のベンジル位の炭素-フッ素結合を選択的にアリル基へと変換できることを発見しました(図2a)。温和な条件での反応達成が実現したことによって、パーフルオロ化合物中に多く存在する炭素-フッ素結合の無作為な位置での活性化が抑えられ、狙った特定の箇所だけでの変換を達成できました。実験的手法と理論化学的手法の両面からこの反応の解明を試みたことで、光触媒と有機スズ化合物の協働作用が反応の進行に非常に重要な役割を担っていることを明らかにしました。特に、有機スズ化合物が不安定なラジカル中間体の捕捉とルイス酸としてフッ素を捕捉するという2つの役割を果たしていることが注目すべき点であり、今後の炭素-フッ素結合の変換反応の研究を進める上で大変意義のある知見となりました。さらに、この手法を用いることにより、医薬品として有望な化合物のフッ素置換類縁体の合成にも成功しました(図2b)。

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図2. (a) 実験的手法と理論化学的手法の両面から光触媒と有機スズ化合物の働きを解明。(b) 発見した反応を用いることで、有望な含フッ素医薬の候補化合物の合成に成功。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

フッ素は医薬品において重要な元素であり、多くの低分子医薬にフッ素原子が含まれています。今後も、含フッ素医薬がますます発展していくと考えられます。本研究成果により、これまで合成不可能であった高付加価値パーフルオロ化合物が簡便かつ短工程で合成できるようになったことから、含フッ素医薬の創薬シード化合物におけるライブラリの拡大につながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年6月2日(水)20時(日本時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Photoredox-Catalyzed C-F Bond Allylation of Perfluoroalkylarenes at the Benzylic Position”
著者名:Naoki Sugihara, Kensuke Suzuki, Yoshihiro Nishimoto, and Makoto Yasuda
DOI:doi.org/10.1021/jacs.1c03760

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「「ルイス酸ー外部刺激」系によるイオン性中間体の活性化」(JPMJCR20R3)、文部科学省 科学研究費助成事業の一環として行われました。

参考URL

工学研究科 安田研究室HP
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~yasuda-lab/

SDGs目標

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用語説明

光触媒

光を吸収することにより触媒作用を示す物質の総称。一般的に、光により励起された触媒が他の化合物と電子を授受する、もしくはエネルギー移動を起こすことにより熱的な条件では困難な化学反応を起こすことが可能となる。無機化合物をはじめ、金属錯体や有機分子などさまざまな触媒が開発されている。

ルイス酸

ある化合物の非共有電子対(ローンペア)を受け取ることができる化合物の総称。一方、非共有電子対を供与する化合物の総称をルイス塩基という。ルイス酸が非共有電子対を受け取ることで、供与したルイス塩基の正電荷が増大し、さまざまな反応が促進される(ルイス酸触媒反応)。

パーフルオロ化合物

分子内に複数のフッ素を有する有機化合物群。複数のフッ素があることで、化合物の熱的安定性や化学的安定性が向上する。

有機スズ化合物

炭素ースズ結合を有する化合物群。有機金属化合物の1つ。工業的にはポリマーの安定化剤に用いられる。また安定性と反応性の両方を兼ね備えていることから、さまざまな有機合成反応に利用される汎用性の高い試薬である。