汎用的で高感度!超臨界流体を用いた新分析法

汎用的で高感度!超臨界流体を用いた新分析法

粉塵中の有害物質から生体高分子まで迅速かつ高感度に分析

2021-5-12自然科学系
理学研究科教授豊田岐聡

研究成果のポイント

  • 超臨界流体を用いた従来にない難揮発性有機物の高感度分析方法を実現
  • これまで超臨界流体クロマトグラフィーと質量分析装置を接続する際に、超臨界流体のメリットを活かしきれない制限があったが、プロトン移動反応イオン化と直接接続することで可能に
  • 環境中の粉塵に含まれる多環芳香族などの迅速な定量、生体の膜構造の成分解析、穀類などの残留農薬、工業的規模でのSFEプラントのモニタリングや抽出条件の最適化など、これまで分析が困難であった物質などの迅速かつ高感度での分析への応用に期待。医療診断や環境分析など幅広い応用が可能

概要

大阪大学大学院理学研究科の豊田岐聡教授らの研究グループは、超臨界流体抽出(SFE)/クロマトグラフィー(SFC)とプロトン移動反応(PTR)イオン化法を有する質量分析装置とを直接接続することで、従来の方法では分析が困難だった難揮発性有機物の迅速かつ高感度での質量分析を可能にしました。

質量分析法は、物質を原子・分子レベルのイオンにしてその質量数を測定することにより、それぞれの物質の同定や定量を行う方法です。ライフサイエンス研究、創薬、医療診断、食品分析、環境分析などで幅広く活躍していますが、迅速かつ高感度な分析のためには、物質を抽出・分離する技術とイオン化する技術が重要です。

PTRイオン化法は、大気中の揮発性有機化合物(VOCs)を迅速かつ高感度に検出する質量分析法のイオン化法として使われてきましたが、その対象物は、揮発しやすい低分子化合物に限られていました。

一方、超臨界流体抽出やクロマトグラフィーは、従来の分析手法では困難な化合物に適用できる手法として応用が期待されています。SFEやSFCでは超臨界流体を溶媒として用いるのが特徴です。たとえば、二酸化炭素は、臨界点(31℃,7.4MPa)を超えた温度・圧力にすると気体でも液体でもない超臨界流体状態になるため、温度・圧力を制御することで物質を選択的に溶かすことができます。この特徴を活かして、超臨界流体二酸化炭素はコーヒーからカフェインだけを工業的に除去したりするために利用されたりしています。

本研究では、この迅速な物質の抽出・分離が行えるSFE/SFC 技術と、PTR イオン化質量分析装置とを組み合わせることで、物質によっては、従来の 1000倍もの高い感度で非極性物質を検出することができることがわかりました。PTRイオン化法では、①SFE/SFCで溶媒として用いる二酸化炭素がイオン化されないため目的物質の質量分析を邪魔しないという点と、②真空下の閉じた空間でイオン化を行うため超臨界流体状態を保持して質量分析を行える点に豊田教授らが着目し、実現した成果です。

この方法により、従来の方法では分析が難しかった物質、とりわけ生体中の脂質や環境中の多環芳香族などが、容易に測定できるようになり、今後、医療診断や環境分析などの様々な学問分野の発展に寄与すると考えられます。

本研究成果は、2021年4月24日(土)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Analytical Chemistry」に公開されました。

https://doi.org/10.1021/acs.analchem.1c00898

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図1. 超臨界抽出物の直接導入 PTR イオン化によるカフェインの溶出過程のモニタリング 臨界点を超えた温度・圧力状態にあるCO2で抽出(SFE)されたカフェインがプロトン移動反応(PTR)フローチューブ中でイオン化され(黄丸)質量分析計へ

研究の背景

SFCは類似の分離分析手法である高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と比べ、高いピーク分離能力を持ちます。また、超臨界流体は、温度と圧力といった機械的制御だけで物質の溶解性を変化させることができるという特徴があります。超臨界流体として多く用いられる二酸化炭素は、大気圧に開放することで気体となるため、高真空下で分析を行う質量分析とのインタフェースは容易と考えられて来ましたが、実際には高圧下の二酸化炭素中の化合物のイオン化と真空への導入には様々な課題がありました。まず、大気圧でイオン化を行う方法では、超臨界状態から減圧する過程で二酸化炭素の温度が下がり試料が析出することを防ぐため、分析対象物質を良く溶かすメタノールなどの有機溶媒を加える必要があり、せっかく分離したピークが広がって(分離度が小さくなって)しまいます。また、よく用いられるエレクトロスプレーイオン化(ESI)は、イオン化に際して有機溶媒の存在が必須です。イオン化に有機溶媒を必要としない大気圧化学イオン化(APCI)は、前述の析出の問題に加えて高い検出感度が得られにくいなど問題がありました。

本研究グループでは、PTR イオン化が 100Pa 程度の真空中のプロセスであることから、超臨界二酸化炭素中に溶かした分析対象物質が析出なく真空空間中に開放されるのではないかと考え、SFE/SFC とPTR の接続を試みてきました。また、一般的な水をプロトン源とした PTR イオン化法では二酸化炭素がイオン化されないために質量分析を邪魔することがなく、原理的に高い検出感度が得られることにも着目しました。本研究グループでは、医療分野や環境分野など様々なオンサイト(現場)での質量分析装置の開発に取り組んでおり、今回開発した装置において構造や制御が極めて単純でありながら高い検出感度が得られる点からも、多分野での幅広い活用が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、環境中の粉塵に含まれる多環芳香族など特にモニタリングが必要とされる物質の迅速な定量、分子生物学における膜構造の成分解析、穀類などの残留農薬、アルカロイドなどの迅速分析、工業的規模でのSFE プラントのモニタリングや抽出条件の最適化などへの応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月24日(土)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Analytical Chemistry」に公開されました。

https://doi.org/10.1021/acs.analchem.1c00898
タイトル:”Analysis of Nonvolatile Molecules in Supercritical Carbon Dioxide Using Proton-Transfer-Reaction Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry”
著者名:Hondo, T., Ota, C., Miyake, Y., Furutani, H., and Toyoda, T.

参考URL

豊田岐聡教授 研究者総覧URL
http://osku.jp/q0148

SDGs目標

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用語説明

超臨界流体

臨界温度・圧力を超えた状態にある物質。二酸化炭素の臨界温度は 31℃、臨界圧力は 7.4MPaで、これより高い温度・圧力では様々な物質を溶解することができる。特に、温度だけ臨界点を超えた状態(亜臨界状態)では、圧力を変化させても凝固・沸騰という現象が生じない。この特性を活かし、コーヒーからカフェインだけを工業的に抽出したり、化学分析における前処理法、あるいはクロマトグラフィーの移動相として用いられてきている。

プロトン移動反応(PTR)イオン化法

100Pa程度の真空下で、コロナ放電などによって作られたヒドロニウムイオンH3O+からサンプル分子へのプロトン移動反応を利用したイオン化法。種々の揮発性及び半揮発性有機物のリアルタイム測定に幅広く使用されている。

高速液体クロマトグラフィー(HPLC)

高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は、ポンプで加圧した液体の移動相を分離カラムに通過させ、試料混合物中のカラム固定相と移動相の相互作用(分配の違いなど)により高性能に分離、検出する分析方法。