物理であばいた細胞内の秘密 RNAによる核内構造体形成の新たなしくみを発見

物理であばいた細胞内の秘密 RNAによる核内構造体形成の新たなしくみを発見

細胞内の相分離、ミセル化が鍵?

2021-4-22生命科学・医学系
生命機能研究科教授廣瀬哲郎

研究成果のポイント

  • 相分離(細胞内の分子の集合や濃度の偏りで別の相が生じ分離している状態)を介したRNAとタンパク質による核内構造体(細胞核内で形成される膜をもたない構造体)形成の新たなしくみを発見
  • 物理学の理論を取り入れることで、RNAとタンパク質の複合体が、高分子ブロックが2種類以上連結する、ブロック共重合体として、ミセル構造を形成することを明らかに
  • RNAとタンパク質による人工的な核内構造体の骨格の設計や疾患関連RNAの作用機序の理解に期待

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の山崎智弘 特任講師(常勤)、廣瀬哲郎教授(大学院理学研究科 兼任)らの研究グループは、核内の非膜性構造体であるパラスペックルがブロック共重合体により形成される高分子ミセルであることを世界で初めて明らかにしました。これにより、RNA-タンパク質複合体がブロック共重合体として振る舞い、様々な形態を作りうる可能性を示しました。

これまでパラスペックルは、長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)分子を骨格として形成されるユニークな特徴をもち、癌やウイルス感染などの疾患や妊娠の確立などにおいて、重要な役割を果たすことがわかっていましたが、その機能を担うパラスペックルの特徴的な形態や内部構造が作られるメカニズムは解明されていませんでした。

今回、本研究グループは、物理理論を取り入れた解析により、非膜性構造体パラスペックルはブロック共重合体ミセルとして形成されることを解明しました。この研究により、RNA-タンパク質複合体がブロック共重合体として働くという新たな概念を提唱し、パラスペックルが相分離の一種であるミセル化により、ブロック共重合体の疎水性領域の自己集合を介して形成されることを明らかにしました。今後、相分離研究における構造形成機構や機能発現メカニズムの解明ならびlncRNAの作用機構の理解、さらに機能性の人工細胞内構造体の設計につながることが期待されます。

本研究成果は、欧州科学誌「The EMBO Journal」に、4月22日(木)19時(日本時間)に公開されました。

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図1. 非膜性構造体パラスペックルのブロック共重合体ミセルモデル

研究の背景

近年、相分離と呼ばれる物理現象による細胞内分子の集合が、遺伝子発現の調節機能や神経変性疾患の発症などに重要であることがわかり注目を集めています。これまで廣瀬教授らの研究グループでは、パラスペックルは、NEAT1_2と呼ばれるlncRNAを骨格として細胞核内で形成される非膜性構造体であり、特徴的な円筒状の形態や規則的な内部構造を持っていることを明らかにしてきました。また、パラスペックルは、癌、ウイルス感染、神経変性疾患などの疾患において、重要な役割を果たしていることも明らかになってきました。一方、このような機能を果たす上で重要であると考えられるパラスペックルの特徴的な形態や内部構造がどのようなメカニズムに基づいて形成されるかという点については分かっていませんでした。

そこで当グループでは、パラスペックルの形態が、ブロック共重合体のミセルと類似している点に着目し、ソフトマター物理学の理論解析を取り入れることにより、パラスペックルが、ブロック共重合体によるミセルとして形成されることを明らかにしました。ブロック共重合体とは、主に合成高分子の分野で研究が進んでいる2種類以上の高分子ブロックが繋がった分子の総称であり、個々の高分子ブロック同士が異なる性質を有することで、様々な形態をとることが知られている分子群です。この研究により、近年大きな注目のもとで盛んに研究が進められている液-液相分離機構とは異なる、ミセル化というメカニズムで形成されるという細胞内相分離の新たな形態を明らかにしました。この機構では、液-液相分離機構とは異なり、相分離構造の大きさ、形態、内部構造がより厳密に決定されます。また、この結果は、RNAとタンパク質の複合体が、ブロック共重合体として働くという普遍的なメカニズムを示したものと考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、細胞内相分離の根源的なメカニズムの一つであるミセル化が細胞内で利用されていることを示した画期的な成果であることから、今後、細胞内での相分離が関わる様々な生物機能や神経変性疾患などの発症メカニズムを明らかにする上で基盤となる視点を与えると考えられます。特に、リピートRNAが誘導する種々の疾患の発症機構の解明にも貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月22日(木)19時(日本時間)に欧州科学誌「The EMBO Journal」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Paraspeckles are constructed as block copolymer micelles”
著者名:Tomohiro Yamazaki* (大阪大学大学院生命機能研究科), Tetsuya Yamamoto (ICReDD 北海道大学), Hyura Yoshino (北海道大学遺伝子病制御研究所), Sylvie Souquere (フランス国立科学研究センター), Shinichi Nakagawa (北海道大学大学院薬学研究院), Gerard Pierron (フランス国立科学研究センター), and Tetsuro Hirose* (大阪大学大学院生命機能研究科/大学院理学研究科)
*責任著者

なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金、日本学術振興会 科学研究費助成事業 新学術領域研究「クロマチン潜在能」「非ゲノム情報複製」「RNAタクソノミ」、JST戦略的創造研究推進事業CREST研究の一環として行われ、ICReDD北海道大学山本哲也 特任准教授・フランス国立科学研究センター Gerard Pierron博士・北海道大学 大学院薬学研究院 中川真一教授の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

相分離

特定の分子が集まり、液体・気体・固体・ゲルなどといった状態で濃度の異なる分離した相を作る物理現象。細胞内では、この相分離現象が広範に起こっており、生命活動に必須の役割を持つことがわかりつつある。

ブロック共重合体

2種類以上の高分子ブロックが連結した高分子の総称。各高分子ブロックの性質が異なることで互いに反発しあう力が生じ、それによって最適な大きさや形を持つ相を作ることが知られている。球形だけではなく、円筒やベシクルなど様々な形態をとる。

ミセル

水になじみやすい(親水性)部分となじみにくい(疎水性)部分を持つ分子が、水の中で疎水性部分を内側にして球状に集まったもの。球の中心部は疎水性、周辺部は親水性という性質をもっている。

非膜性構造体

脂質二重膜に覆われず、細胞内で特定の分子群を集約している構造体。混み合った細胞内空間で特定の分子を集める細胞内区画を作ることは、多数の生体分子を効率的かつ精密に制御するための生命機能の根幹をなすメカニズムである。このメカニズムには、脂質二重膜に覆われている細胞小器官を用いるものとこの非膜性構造体によるものがある。

パラスペックル

lncRNA NEAT1を骨格とする核内構造体で、RNAやタンパク質の繋留を介した遺伝子発現の調節を行っている。

長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)

ゲノムから多数合成される、200塩基以上の長さを持つタンパク質情報を持たないRNAの総称。タンパク質を作る情報を持つmRNAとは異なり、RNA分子自体が様々な機能を持つ。

ソフトマター物理学

物性物理学の一分野で、高分子や液晶、コロイド、両親媒性分子などの、ソフトマターと呼ばれる物質系を対象とする。ソフトマターとは高分子、液晶分子、両親媒性分子、 コロイド微粒子、など大きくて複雑な構成要素からなる物質群の総称である。

ICReDD 北海道大学

北海道大学化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)は、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の全国13研究拠点のひとつ。WPIは、優れた研究環境と高い研究水準を誇る「目に見える拠点」の形成を目指して、文部科学省が2007年に開始した国際研究拠点形成事業。