濡れても割れても電子回路を守る機能性コーティング

濡れても割れても電子回路を守る機能性コーティング

木材由来のナノ繊維が短絡(ショート)を防ぐ

2021-4-1工学系
産業科学研究所教授/博士後期課程・学振特別研究員(DC1)能木雅也/春日貴章

研究成果のポイント

  • 木材由来のナノ繊維を電子回路にコーティングするだけで、水濡れ故障を長時間抑制できることを発見
  • これまでは防水コーティングが損傷すると故障を避けられなかったが、本技術ではナノ繊維が損傷部に「集まって」「固まる」ため、過酷な状況でも短絡を抑制可能
  • 従来の防水技術との組み合わせも容易なため、ウェアラブル・ヘルスケアデバイスなど重大事故が許されない用途でさらなる安全性の向上が期待

概要

大阪大学産業科学研究所の春日貴章さん(博士後期課程・日本学術振興会 特別研究員DC1)、能木雅也教授らの研究グループは、木材由来のナノ繊維を電子回路にコーティングするだけで、水濡れ故障を長時間抑制可能であることを発見しました。

電子デバイスにとって水が天敵であることはよく知られており、これまで防水コーティングやパッキングなど様々な封止技術が開発されてきました。しかし、どんな封止も一度損傷してしまえば水の侵入を防ぐことはできず、故障は免れません。今回、本研究グループは電子回路上に木材由来のナノ繊維をコーティングすることで、回路の短絡及び発熱・発火といった事故を防止できることを発見しました(図1)。さらにその短絡抑制効果はコーティングが損傷した状態からでも発揮され、24時間以上継続します(図2)。本成果は、吸水によるナノ繊維の再分散、電気泳動、ゲル化という3ステップを上手く組み合わせることで実現しています。本成果により、近年開発・普及が進んでいるウェアラブル・ヘルスケアデバイスなどのさらなる安全性向上が期待できます。本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Nanomaterials」に、4月1日(木)14時(日本時間)に公開されました。

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図1. 電子回路に木材由来のナノ繊維をコーティングするだけで、水濡れ故障や発熱・発火といった事故を防ぐことが可能です。

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図2. 既存技術とは全く異なるメカニズムで水濡れ故障を防ぐため、コーティングが損傷した状態からでも効果を発揮します。

研究の背景

電子デバイスにとって水が天敵であるというイメージは深く浸透しています。ただし、水濡れ故障は必ずしも水が付着した瞬間に発生するわけではありません。電子回路の金属部分に水が付着すると、陽極(+)金属は金属イオンとして溶け出し、負極(-)で金属銅として樹状に析出します。イオンマイグレーションと呼ばれるこの現象が進行すると、回路は樹状析出により短絡し、故障や発熱・発火といった事故が発生します(図3上 コーティングなし)。つまり水濡れ故障を防ぐためには、回路に水を触れさせないことと同様に、樹状析出を成長させないことが重要になります。

今回、本研究グループは木材由来のナノ繊維(セルロースナノファイバー)を電子回路上にコーティングし、イオンマイグレーションの発生過程を評価しました。その結果、コーティングをしなかった回路は水没後 数分で短絡してしまう一方で、ナノ繊維をコーティングした回路は水没後 24時間経っても短絡しないことを発見しました(図3下 コーティングあり)。詳しくメカニズムを見ていくと、乾燥状態で積層していたナノ繊維が吸水・再分散し、陽極(+)の周囲に電気泳動することで「集まり」、陽極から溶け出した金属イオンを吸着して「固まる(ゲル化する)」ことが判明しました。陽極周囲に構築されたナノ繊維のゲルが樹状析出の成長を阻害するため、長時間経過しても短絡しません。たとえコーティングが損傷していたとしても、ナノ繊維が損傷部を修復するように電気泳動して集まる(図2, 3)ため、コーティングが破損するような過酷な状況でも水濡れ故障を抑制することが可能です。

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図3. 木材由来のナノ繊維による短絡抑制メカニズム

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果のポイントは、電子回路上にナノ繊維が含まれたコーティング液を塗って乾かすという簡便な手順で、コーティングが損傷した状態でも機能する回路保護膜が実現できる点です。既存技術との組み合わせも容易であり、防水コーティングとナノ繊維コーティングの積層により、さらなる安全性の向上が期待できます。また、木材ナノ繊維膜を用いた短絡抑制技術は世界初であり、このメカニズムを用いた新たなデバイス技術が登場するかもしれません。近年、脈拍や血圧、脳波など様々な身体情報をリアルタイムで収集可能なウェアラブル・ヘルスケアデバイスが注目を集めています。常に着用するそれらのデバイスは、屋外や入浴をはじめとする様々な状況での使用に耐えうるための絶対的な安全性と耐久性の両立が求められます。本成果は電子デバイスの安全性と寿命性を高める、新たな「最後の砦」として機能することが期待できます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月1日(木)14時(日本時間)に米国科学誌「ACS Applied Nanomaterials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Cellulose Nanofiber Coatings on Cu Electrodes for Cohesive Protection against Water-Induced Short-Circuit Failures”
著者名:Takaaki Kasuga, Hitomi Yagyu, Kojiro Uetani, Hirotaka Koga, and Masaya Nogi

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI17ED)、科研費・特別研究員奨励費(19J202410)の一環として行われ、大阪大学 大学院工学研究科 桑畑進教授の協力を得て行われました。

参考URL

本件についての詳しい動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=6ENGdrD2vWM
能木先生のHP
http://www.nogimasaya.com/

春日さんのHP
http://tkasuga.com/

SDGs目標

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用語説明

木材由来のナノ繊維

木材から取り出すことが可能な非常に細い繊維であり、その太さは3-15 nmと髪の毛の1000分の1以下です。セルロースナノファイバーとも呼ばれています。軽量、高強度、高耐熱、高透明かつ持続可能な新材料として注目を集めています。

イオンマイグレーション

水濡れ故障の主な原因の一つであり、銅、銀などの配線金属間に水分と電位差が存在する場合に発生します。陽極(+)となる配線から溶け出した金属イオン(陽イオン)が配線間を陰極(-)に向かって移動し、陰極(-)にたどり着いた金属イオンは還元されて樹状に析出します。イオンマイグレーションが進行するにつれて樹状析出は成長し、やがては配線間が短絡します。樹状析出一本一本は非常に細く、短絡時には大電流が流れるため発熱・発火などの重大事故にもつながります。

樹状析出

上記イオンマイグレーションが進行すると陰極から樹状に成長する、金属突起のことを指します。金属樹(銅樹)とも呼ばれます。