体内時計を用いて季節に応答する脳神経細胞を発見

体内時計を用いて季節に応答する脳神経細胞を発見

季節に伴う日の長さの変化を細胞レベルで感知

2021-2-24自然科学系
理学研究科助教長谷部政治

研究成果のポイント

  • 多くの生物は季節の移り変わりを一日の日が出ている長さ(日長)から読み取っており、本研究では、昆虫の脳において季節に伴う日長の変化に応答する神経細胞を発見した。
  • 1細胞レベルでの解析により、産卵を促進する脳間部の神経細胞の活動は、日の長さによって劇的に変化し、その応答には体内時計(概日時計)遺伝子が必要であることがわかった。
  • 体内時計を用いた季節応答は、多くの動物では生殖機能や温度耐性、栄養蓄積などの調節に重要である。昆虫から哺乳類までその仕組みは基本的に似ていると考えられており、当研究で用いた体内時計の遺伝子操作と1細胞解析技術を組み合わせた手法により、動物種全般における季節応答の仕組みの理解につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻の長谷部政治助教と志賀向子教授は、昆虫において、私たちヒトの視床下部に相当する脳間部の細胞が、概日時計遺伝子の働きにより神経活動を調節することで季節応答することを世界で初めて明らかにしました。

動物は季節変化に適応するために、季節ごとの日長に応じて体内の生理状態や行動を調節しています。この日長の読み取りには、体内で約24時間周期のリズムを作る体内時計:概日時計が重要であると考えられています。しかし、この概日時計に基づいて、細胞内でどのような季節応答が起きるのかについての解析は進んでいませんでした。

今回、長谷部助教と志賀教授は、昆虫カメムシにおいて、産卵を促進する脳間部の神経細胞が日長に応じてその活動を劇的に変化させ、その日長応答には概日時計遺伝子が必要不可欠であることを明らかにしました(図1)。季節に伴う日長応答は昆虫に限らず、ヒトが属する哺乳類まで広く見られます。本研究で用いた従来の細胞解析に分子遺伝学手法を組み合わせた手法を応用することで、未だブラックボックスになっている概日時計に基づいた神経細胞による季節応答の仕組みの理解が進むことが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」に、2月23日(火)午前5時(日本時間)に公開されました。

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図1 産卵を促進する脳間部の神経細胞の活動は、日の長さによって劇的に変化して、その日長応答には概日時計遺伝子が必要

研究の背景および成果

温帯地域に生息する生物は、季節に応じて生殖機能や温度耐性、体内の栄養蓄積量などを調節することで環境変化に適応しています。多くの生物は季節の移り変わりを、1日の日が出ている長さ(日長)から正確に読み取っています。この日長の測定には、体内で約24時間周期のリズムを刻む概日時計が重要な役割を果たしていると考えられています。1936年に植物生理学者のエルビン・ビュニングがインゲン豆の葉を用いて、概日リズムのどの時間帯に光が当たるかで日長が測定されるというモデルを提唱しました。それから90年近くに渡り、概日時計に基づいた日長応答の仕組みが研究されてきました。近年急速に発展した遺伝子操作技術により、概日時計の構成要素である概日時計遺伝子が生殖機能などの日長応答に関与していることが実証されてきました。しかし、生殖機能を制御する脳内の神経細胞において、実際に日長に応じてどのような応答が見られ、その応答に概日時計遺伝子が必要なのかについて1細胞レベルでの解析は進んでいませんでした。

長谷部助教と志賀教授は、生殖腺の発達に日長が影響することがわかっているホソヘリカメムシを用い、この点について実験を行いました。電気生理学的手法:パッチクランプ法を用いた解析により、脳間部の大型神経細胞(図2)が日長に応じてその神経活動を変化させ、特に生殖活動が促進される長日条件で高い活動性を示すことを明らかにしました。さらに、遺伝子の発現を抑制する分子遺伝学的手法:RNA干渉法を組み合わせた解析により、概日時計遺伝子の発現を抑制すると脳間部の細胞の日長応答が見られなくなることを発見しました。最後に、脳間部の大型細胞の役割を分子遺伝学的に解析したところ、脳間部の大型細胞は長日条件で産卵を促進させる機能を持つことがわかりました。これらの結果は、脳間部の産卵促進細胞が神経活動を変えることで日長に応答し、その日長応答には概日時計遺伝子が必要不可欠であることを示しています。

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図2 活動記録を行った脳間部の大型神経細胞(黄色)の染色写真

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、脳内における概日時計を用いた季節応答の仕組みの理解が進むことが期待されます。これまでの分子遺伝学手法を用いた研究では、主に行動や組織レベルでの季節応答を観察しており、1細胞での季節応答や概日時計遺伝子の重要性は調べられてきませんでした。本研究では、概日時計遺伝子に基づいて神経活動レベルで季節応答を示す細胞を同定することができました。今回同定した季節応答を示す細胞を手掛かりに、季節情報を送る脳の神経回路の特定を進めることで、概日時計遺伝子をもとにどのように季節応答をしているかの仕組みについて、より核心部分に迫れることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年2月23日(火)午前5時(日本時間)に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Oviposition-promoting pars intercerebralis neurons show period-dependent photoperiodic changes in their firing activity in the bean bug”
著者名:Masaharu Hasebe and Sakiko Shiga
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2018823118

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の一環として行われました。

参考URL

SDGs目標

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用語説明

視床下部

脊椎動物の脳領域の1つ。生殖機能のほかに、体温や睡眠、摂食行動などの生命にとって重要な体内機能を制御する中枢として知られている。

概日時計遺伝子

約24時間周期の体内リズムの形成に必要とされる遺伝子。この概日リズムの分子機構の解明に貢献したマイケル・ロスバッシュ博士、ジェフリー・ホール博士、マイケル・ヤング博士は2017年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。

神経活動

電荷を帯びたイオンを流入・流出することで、神経細胞の細胞膜で一過的な電気的な活動:神経活動が起こる。神経細胞はこの電気的な活動に応じて情報を伝えるための神経伝達物質を放出する。

ホソヘリカメムシ

日本全土に広く生息するカメムシ目に属する昆虫。ダイズなどのマメ科植物の子実を主食としているため、マメ科作物の害虫として知られている。

電気生理学的手法:パッチクランプ法

今回の研究では、先端を非常に細くしたガラス管を細胞に押し当て、電気的な活動を計測するパッチクランプ法という電気生理学的手法を用いて解析を行った。

分子遺伝学的手法:RNA干渉法

人工的に作成された標的とする遺伝子に対する2本鎖RNAを注入することにより、遺伝子の発現を抑制する技術。RNA干渉法の発見に携わったアンドリュー・ファイアー博士とクレイグ・メロー博士は、論文発表からわずか8年後の2006年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。