植物はなぜ超高分子量ポリマーをつくるのか?

植物はなぜ超高分子量ポリマーをつくるのか?

生物普遍のたった2つのアミノ酸が織りなしていた超高分子量ポリマーの生合成

2021-2-17生命科学・医学系
生物工学国際交流センター助教梶浦裕之

研究成果のポイント

  • ほぼすべての生物が持つ普遍的な酵素のひとつが、わずかに構造変化を起こすことにより、通常合成しえない分子量500万にも達する超高分子量ポリマーを生合成できる酵素になることを発見。
  • 酵素に構造変化をもたらしたアミノ酸は、酵素を構成する350個のアミノ酸の中のたった2つ。この2個のアミノ酸が超高分子量ポリマーを生合成するか否かを決定。
  • 新しい植物由来超高分子量ポリマーの利用や、高生産へ向けたさらなる取り組みが期待できる。

概要

大阪大学生物工学国際交流センターの梶浦裕之助教、立命館大学生命科学部生物工学科の吉澤拓也助教、松村浩由教授、日立造船株式会社 機能性材料事業推進室鈴木伸昭バイオマテリアルグループ長、大阪大学大学院工学研究科Hitz協働研究所 中澤慶久招へい教授の研究グループは、古くから漢方薬やお茶に利用されている落葉樹、トチュウ(学名:Eucommia ulmoides)から、植物が作る超高分子量ポリマーのひとつであるポリイソプレンの生合成に関わる遺伝子を3種類見出し、これらの遺伝子産物である酵素が超高分子量ポリマーを合成する機構を明らかにしました。さらに、このような超高分子量ポリマーを植物が生合成し、蓄積する有意性も明らかにしました。

本成果により、未利用の植物由来機能性超高分子ポリマーの利用に向けた開発と、高生産、または増産に向けた取り組みの2つのアプローチの加速化が期待できます。

本研究成果は、2021年2月16日(火)19時(日本時間)にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル、Communications biologyに掲載されました。

研究の背景

植物には、天然ゴムをはじめとする様々な超高分子量ポリマーを生成する種があることが知られています。これら天然由来の超高分子量ポリマーの中には、3Dプリンタフィラメントの材料などに広く使用され、産業上有用なものもあります。しかし、このような植物由来の超高分子量ポリマーの合成遺伝子、合成機構、また植物がなぜそのような超高分子量ポリマーを生合成し必要としているのかは、ほとんど明らかにされていませんでした。

今回トチュウから見出した高分子量ポリマー生合成に関わることが推測された酵素はあらゆる生物が持つとされるファルネシル二リン酸合成酵素と類似のアミノ酸配列でした。しかし、X線結晶構造解析による詳細な解析の結果、酵素に構造変化をもたらしたアミノ酸は、酵素を構成する350個のアミノ酸の中のたった2つで、この2つのアミノ酸の変化によりタンパク質が超高分子量ポリマーを生合成するのに必要な構造に変化していることが分かりました(図1)。

さらに、年間を通したトチュウ果実のポリイソプレン量の変化や、酵素が働く時期・組織の分析から、ポリイソプレンの蓄積と種子の成熟が密接に関与していることを明らかにしました(図2)。

植物が生合成する超高分子量ポリマーが種子の成熟に関与していることを明らかにした初めての成果とも言えます。

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図1 超高分子ポリマーを生合成する仕組み わずかなアミノ酸配列の変異が酵素の構造を大きく変え、連続的な生合成反応を可能にさせた。これにより、通常生合成しえない超高分子ポリマーが生合成される。

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図2 超高分子ポリマーの蓄積と植物種子の成熟 超高分子ポリマー(緑色)が蓄積した後、種子(黄色)が成熟していく様子を捉えた顕微鏡写真。まず、超高分子ポリマーが種子成熟のための“スペース”を作り、十分な空間が確保されたのちに種子成熟がはじまる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、植物が作る超高分子量ポリマーの生成とその蓄積機構が理解できました。今後、機能性素材としての植物由来超高分子量ポリマーの利用や、高生産へ向けた分子育種への取り組みが加速できると予想しています。

特記事項

本研究成果は、2021年2月16日(火)19時(日本時間)にNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナル、Communications biologyに掲載されました。

タイトル:“Structure-function studies of ultrahigh molecular weight isoprenes provide key insights into their biosynthesis”
著者名:Hiroyuki Kajiura, Takuya Yoshizawa, Yuji Tokumoto, Nobuaki Suzuki, Shinya Takeno, Kanokwan Jumtee Takeno, Takuya Yamashita, Shun-ichi Tanaka, Yoshinobu Kaneko, Kazuhito Fujiyama, Hiroyoshi Matsumura, Yoshihisa Nakazawa
【DOI】:https://doi.org/10.1038/s42003-021-01739-5

なお、本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、日本学術振興会(科研費)、山田科学振興財団、江野科学振興財団の支援を得て行われました。

参考URL

梶浦裕之助教 研究者総覧HP
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?u=1637

用語説明

超高分子量ポリマー

同種の小さい分子が結合し基本骨格となり、さらに多数の結合を繰り返した結果構成される分子量が高い分子が高分子(ポリマー)と呼ばれる。中でも分子量が100万を超えるものを本研究では“超高分子量ポリマー”としている。

ポリイソプレン

炭素5原子と水素8原子からなるイソプレンを基本骨格とした高分子。主鎖の炭素原子同士の2重結合に対してシス型に結合したポリイソプレンは弾性力を持ち、天然ゴムの主成分となる。一方、トチュウにあるトランス型に結合したポリイソプレンは低温熱可塑性や、高い耐衝撃性をもつ硬質なポリマーとなる。

ファルネシル二リン酸合成酵素

イソプレンが3分子結合したファルネシル二リン酸を合成する酵素。ほぼすべての生物が持っているとされる。

X線結晶構造解析

X線の回折結果を解析して、結晶内部の原子の配列を決める方法。タンパク質を結晶にして解析することで、タンパク質の立体構造を原子解像度で決定することが出来る。分子構造や機能に関する詳細な相互作用情報が得られる。