X線からガンマ線まで1台で同時に可視化できる装置を考案
医療分野の新たな診断や宇宙観測にまで応用可能
発表のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科核医学講座のチームは、早稲田大学理工学術院の片岡淳(かたおかじゅん)教授らの研究チーム、大阪大学放射線科学基盤機構と共同で、数十キロ電子ボルトから数メガ電子ボルトのX線ガンマ線を同時に可視化できる、コンパクトなカメラを開発しました。60keV/662keVの放射線源の同時撮影、さらには 211 At(アスタチン)を投与したマウスのイメージングを試みました。これまで困難であったX線ガンマ線の同時イメージングが1台で可能となり、医療診断から宇宙科学まで、幅広い応用が期待されます。
光の仲間であるX線やガンマ線は透過力が極めて高く、レンズや反射鏡では集光できません。そこで、光子1つ1つを粒子として扱う「非集光型」イメージングが必須となり、様々な可視化装置が開発されています。たとえば医療診断では、放射性薬剤から出るガンマ線を可視化する装置としてSPECT(50-300キロ電子ボルト)、がんの早期発見に用いるPET(511キロ電子ボルト)が有名です。さらに近年、より高いエネルギーのガンマ線を可視化できるコンプトンカメラが開発されています。しかしながら、個々の装置では守備範囲のエネルギーが異なり、一台の装置でイメージングできる薬剤や診断も限定されます。
今回、研究チームは低エネルギーのX線から高エネルギーのガンマ線まで1台で同時にイメージング可能な新たな装置を考案し、その性能を実証しました。これにより、医療においては新たな診断方法の開拓、宇宙科学においてはX線ガンマ線観測の新しい窓を切り拓くものと期待されます。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Performance demonstration of a hybrid Compton camera with an active pinhole for wide-band X-ray and gamma-ray imaging
掲載日時(現地時間):2020年8月20日午前10時
掲載web: www.nature.com/articles/s41598-020-71019-5
研究の背景
ガンマ線は光の仲間ですが、人間の目で直接見ることができず、レンズや反射鏡でも集光できないため、その可視化(イメージング)は困難を極めます。一方で、医療分野では様々な放射性薬剤から生ずるX線ガンマ線をイメージングすることで、病気の早期発見に役立てられています。たとえば骨シンチグラフィーは 99m Tc(テクノチウム)とよばれる放射性薬剤を用いて骨にガンが転移しているかを調べる検査です。 99m Tcは140キロ電子ボルトのガンマ線を出すため、このガンマ線を鉛やタングステンのコリメータで絞ることができれば到来方向を決定し、薬剤の集積を可視化できます (図1(a)) 。この装置はSPECTと呼ばれ、コリメータが有効な概ね300キロ電子ボルトまでのガンマ線をイメージングすることができます。一方で、PETはがん細胞がブドウ糖を過剰に摂取する性質を利用し、 18 F-FDGと呼ばれる特殊な薬剤を投与します。PETでは薬剤から正反対に生ずる対消滅ガンマ線をリング状の装置で同時に捉える必要があり、原理的に511キロ電子ボルトのイメージングのみに限られます (図1(b)) 。最後に、近年注目されるコンプトンカメラは、「コンプトン散乱」と呼ばれる反応を解くことでガンマ線の到来方向を決める新しい手法です (図1(c)) 。メガ電子ボルトといった高いエネルギーのガンマ線でもイメージングできますが、逆にSPECTのような低エネルギーでのイメージングは苦手です。つまり、これまでのイメージング装置は守備範囲とするエネルギー帯が狭く、目的や用途で使い分ける必要がありました。これら全てを1台で簡単に実現できれば、大きなブレークスルーが期待できます。今回開発したHybrid CC (図2) は、まさにこれを可能とする夢の装置です。
図1 医療で用いられる様々なガンマ線イメージング装置の概念。
(a)SPECT (2)PET (3)Compton Camera
図2 ガンマ線イメージング装置で可視化できるエネルギー範囲。
今回開発したHybrid CCは、1台で全てのエネルギー帯を網羅する
方法
本研究では従来のコンプトンカメラ (図1(c)) をベースに「 アクティブ・ピンホール 」という新たな概念を発明しました。これにより、SPECT (図1(a)) が対象とする低エネルギーのX線・ガンマ線もあわせ一度に撮影できる「 ハイブリッド・コンプトンカメラ(以下、Hybrid CC) 」を開発しました。
まず、数百キロ電子ボルト以上のガンマ線はエネルギーの一部を電子に渡し、自らは別な方向へ散乱される「コンプトン散乱」と呼ばれる反応を起こします。サッカーの一場面に例えると、キッカーが蹴ったボールをキーパーが弾いてゴールネットを揺らす場面に良く似ています (図3左) 。キーパーがはじいた位置とエネルギー、ネットを揺らす位置とエネルギーの両方を知ることができれば、ボールの飛んできた方向が分かるはずです。これと同様に、コンプトンカメラでは「散乱体」(キーパーに相当)と「吸収体」(ゴールネットに相当)で電子と散乱ガンマ線、両方の運動学を同時かつ正確に解くことで、入射ガンマ線の到来方向を決定します。 (図3右) のように、散乱体・吸収体ともにピッチが細かい(1×1mm程度)シンチレータとよばれるアレイ検出器が用いられていますが、エネルギーの低いガンマ線は「散乱体」で全て止まり、「吸収体」まで届きません。そのため、通常コンプトンカメラで撮像できるのは、概ね200キロ電子ボルト以上の、ガンマ線に限られます。
今回開発したHybrid CCでは、散乱体アレイの中心に3x3mm程度のピンホールを開けることで敢えてX線・ガンマ線の「抜け道」を作りました。低エネルギーのX線・ガンマ線はピンホールを通ったものだけが「吸収体」に到達し、その方向は吸収体の反応位置とピンホールを結ぶ線上となります。鉛やタングステンを用いた通常の鉛などを用いたピンホール・コリメータ( 図1(a) を参照)と違い、散乱体であるシンチレータ自体が反応の有無や落とされたエネルギーを識別することが可能なため、「 アクティブ・ピンホール 」と名付けました。つまり、低エネルギーのX線・ガンマ線は「散乱体が反応せず、吸収体のみでとらえた」イベント(ピンホールカメラ)、高エネルギーのガンマ線は「散乱体と吸収体の両方が反応する」イベント(コンプトンカメラ)のみで画像を生成すれば、ワイドバンドのX線・ガンマ線同時イメージングが可能となります。この原理を 図4 に示します。
図3 左)サッカーの場面にたとえた、コンプトンカメラの撮像原理 右)実際のコンプトンカメラの構成。
「散乱体」「吸収体」での反応位置とエネルギーを計測する
図4 アクティブ・ピンホールを用いたHybrid CCの概念。
低エネルギーのX線・ガンマ線はピンホール・モードで撮影、高エネルギーのガンマ線はコンプトン・モードで撮影。
結果
60keV/662keVガンマ線同時イメージング
考案した装置の原理検証をするため、実験室でHybrid CCを用いて60keVガンマ線( 241 Am),662keVガンマ線の点線源( 137 Cs)の同時イメージングを試みました。 図5(a) に撮影時の配置と結果を示します。60keVのピンホール・モードでは左の 241 Am線源のみが、662keVのコンプトン・モードでは右の 137 Cs線源のみが抽出されイメージングできています。さらに、“L字型”の線源を撮影した結果が 図5(b) です。どちらのエネルギーでも、解像度約8°を達成しています。
図5 (a) 241 Amおよび 137 Csの同時撮影 (b) 241 Amおよび 137 CsのL字型線源の撮影。
いずれも左が60keVピンホール、右が662keVコンプトン・モードによる撮影結果
マウス体内の 211 AtのX線ガンマ線同時イメージング
続いて、大阪大学放射線科学基盤機構附属ラジオアイソトープ総合センターで、 211 At(アスタチン)を約1MBq投与したマウスの撮影を行いました。 211 Atは骨転移がんの治療薬として臨床認可が期待される薬剤です。腫瘍に集積してアルファ線を放出し、がん細胞への選択的な殺傷効果が期待されます。ここでは、アルファ線と同時に放出されるX線(79keV)およびガンマ線(570keV/687keV/898keV)をイメージングすることで体内に集積した薬剤の可視化に挑戦しました。 211 AtではX線強度がガンマ線より100倍以上強く、従来のコンプトンカメラでは撮影困難です。そこでHybrid CCでの撮影結果を 図6 に示します。予想通り、ピンホール・モードによる79keVX線撮影は79,969イベントが蓄積し、マウスの胃、膀胱、甲状腺に 211 Atが集積している様子が分かります。他方のコンプトン・モードによる570keVガンマ線撮影ではイベント数が243と少なく、集積状況が曖昧です。 211 AtではX線に特化したイメージングが有効と実証できました。
図6 211 Atを投与したマウスの同時撮影結果。
真ん中が79keVX線のイメージング。右が570keVガンマ線のイメージング。ガンマ線では統計が不足しているが、X線では膀胱・胃・甲状腺への集積を正しくとらえている
展望
本論文ではHybrid CCを用いた最初の原理検証を行い、イメージング性能を実証しました。今後は装置を大型化し、PETのような被写体を囲むガントリー構造 (図1(b)) を構築します。複数の角度からステレオ撮影を行うことで被写体のX線・ガンマ線画像を3次元で捉えることが可能となり、線源のより正確な位置同定が可能となります。さらに、小型ユニットを複数並べて大型パネルに組み上げることで、小動物のみならず人体の薬剤伝達可視化を目指します。さまざまな核医学治療薬がX線・ガンマ線を放出する強さは、薬剤ごとに異なります。たとえば臨床認可されている Ra(ラジウム)はアルファ線と同時に350keVのガンマ線とX線を同程度の強さで放出するため、Hybrid CCではどちらのイメージングも可能です。一方で、新たな治療薬として検討が進められる 225 Ac(アクチニウム)は440keVなどガンマ線が圧倒的に強く、コンプトン・モードでの撮影が適しています。今回のHybrid CCの開発により、薬剤の種類によらず1台で体内での動態イメージングが可能となり、仕様できる薬剤の選択肢が大きく広がります。さらに、小型かつワイドバンドなイメージングができるX線・ガンマ線カメラは高エネルギー物理実験のフロンティアでも切望されています。たとえば、数十キログラムの小型衛星にHybrid CCを搭載することで、未だ十分な観測が行われていない数十キロ電子ボルトから数MeVを対象としたX線・ガンマ線天文学の新しい窓を開くことが期待されます。詳しくは、関連するプレスリリース ※1 をご覧ください。今後は医療・産業・科学に囚われず、様々なアプリケーションを視野に入れた開発を行っていく予定です。
※1 「超小型MeVガンマ線カメラの開発」
https://www.waseda.jp/top/news/67607
研究の波及効果や社会的影響
近年、X線・ガンマ線イメージングの需要はますます高まり、医療においては薬剤伝達可視化のツールとして、宇宙科学では未だ観測が十分行われない最後の窓として注目を集めています。一方で、薬剤ごとにイメージング装置を変えることは非効率でコストも増大し、診断の利便性を失うことになりかねません。宇宙科学では、ブラックホールや中性子星、超新星残骸などほとんどすべての天体がX線からガンマ線にわたる広いエネルギー放射を特長とするため、特定のエネルギー帯だけで観測を行うことは「木を見て森を見ず」の偏った状況を与えかねません。今回開発したHybrid CCを用いることで、艇エネルギーのX線から高エネルギーガンマ線までワイドバンドのイメージングが1台で可能となります。さらに、装置が小型高感度のため、衛星搭載への敷居を下げ、小型衛星を用いたトップサイエンスへの開拓へも大きな一石を投げるものと期待されます。
今後の課題
本研究は原理実証のため、MeV以下のエネルギー領域のみでカメラの動作確認を行いました。今後は10MeV程度まで測定レンジを広げた、よりワイドバンドの装置開発を行います。そのためには、吸収体のシンチレータを多層構造にするなど、さらなる高感度化が必要です。宇宙用途では小型衛星軌道の選定、電気・通信インターフェースの調整や噛み合わせも重要な課題となります。本研究はようやくその第一歩を踏み出した段階であり、今後の進展にご期待ください。
特記事項
論文情報
・掲載誌:Scientific Reports
・論文名:Performance demonstration of a hybrid Comptoncamera with an active pinhole for wide-band X-ray and gamma-ray imaging
・著者:Akihisa Omata, Jun Kataoka, Kazuya Fujieda, Shogo Sato, Eri Kuriyama, Hiroki Kato,Atsushi Toyoshima, Takahiro Teramoto, Kazuhiro Ooe, Yuwei Liu, Keiko Matsunaga, Takashi Kamiya, Tadashi Watabe, Eku Shimosegawa, and Jun Hatazawa
・掲載日時(現地時間):2020年8月20日午前10時
・掲載web: www.nature.com/articles/s41598-020-71019-5
研究メンバー
・早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻
小俣 陽久(実験リーダー)、片岡 淳、藤枝 和也、佐藤 将吾、栗山 映里
・大阪大学大学院医学系研究科
加藤 弘樹、大江 一弘、刘 雨薇、松永 恵子、神谷 貴史、渡部 直史、下瀬川 恵久
・大阪大学放射線科学基盤機構
豊嶋 厚史、寺本 高啓
・大阪大学核物理研究センター
畑澤 順
本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(S)(H27~31年度)「実用化へ向けた高解像度3Dカラー放射線イメージング技術の開拓」(代表:片岡淳:早稲田大学理工学術院・教授:15H05720)、基盤研究(A)(R2~4年度)「治療・診断統合による次世代ドラッグデリバリー可視化システムの実証」(代211表:片岡淳:早稲田大学理工学術院・教授:20H00669)の支援を得て実施したものです。AtはJSPS科研費16H06278の助成を受けた短寿命RI供給プラットフォームによって供給されました。ここに感謝の意を表します。
参考URL
大阪大学 大学院医学系研究科HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp