塗って焼かない!「光」で、ナノ多孔質セラミックスの成膜に成功

塗って焼かない!「光」で、ナノ多孔質セラミックスの成膜に成功

微生物の滅菌・除菌への活用に期待

2020-6-1自然科学系

研究成果のポイント

・原料を塗って焼かずに多孔質セラミックス(酸化チタン)をプラスチック基板へコーティングする技術を開発
・酸化チタンなどのセラミックス材料は、これまで常温で焼結し基板へ「強固に密着したコーティング」をすることは難しかった。開発した技術は、原料に高強度な「光」を照射することでセラミックスを焼成・焼結し、プラスチック基板へ酸化チタンナノ多孔体の表面コーティングを可能に。
・成膜されたナノ多孔体薄膜は、病原体ウィルスをトラップし、UV(や可視光)照射によるウィルス駆除の応用に期待。他にも、1μm以下でも、光を乱反射するため、白色薄膜コーティング(ホワイトニング)などの応用に期待。

概要

大阪大学産業科学研究所の菅原徹准教授らの研究グループは、(株)日本触媒と共同で、混合した原料を塗って焼かずに多孔質セラミックス(酸化チタン)を、プラスチック基板へ直接コーティングする技術を開発しました。

酸化チタンは、光触媒 活性が高く、微生物の除菌や滅菌効果があることが知られています。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を滅菌できる可能性があることから、酸化チタンコーティングは再注目されています。

しかしながら、酸化チタンなどのセラミックスは、一般的に焼結温度が高いため、これまでプラスチック基板など耐熱性の低い基板へコーティングする際は、超高真空技術 を活用するもしくは接着剤やバインダーなど接着補助機能が必須でした。

今回、菅原准教授らの研究グループは、原料の有機金属塩と安定剤(ナノ構造の形成に寄与する対カチオン)を混合した原料を基板に塗布して、単純に加熱することにより基板へ直接ナノ構造(多孔体)薄膜をコーティングすることに成功しました (図1) 。また、これを応用することにより、プラスチック基板へ酸化チタンのナノ構造多孔質薄膜をコーティングすることに成功しました。これにより、あらゆる基材の表面へ酸化チタンのナノ構造多孔質を成膜することができ、幅広い場所で微生物の滅菌・除菌コーティングの活用が期待されます。さらに、酸化チタンは、人体に無害かつ白色顔料としても知られており、ナノ多孔質の光散乱特性 を利用したホワイトニングコートにも応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」に、6月1日(月)に公開されました。

図1 プラスチック基板へ成膜されたナノ構造多孔体酸化チタン薄膜(TiOx)

研究の背景

酸化チタンの光触媒(本多・藤嶋効果) を用いた強い酸化還元作用(超親水性 )により、有機物の汚れや臭いを分解し、ウィルス、細菌などの微生物を死滅させ分解します。酸化チタンは、これらの効果を利用して、唯一産業的に用いられている光触媒であり、私たちの生活空間の様々な場面で利用されています。しかしながら、酸化チタンは、セラミックス材料であり、一般的に焼成・焼結温度が高い(例えば300~400度以上)ため、プラスチックなど、耐熱性の低い基板や基材への強固な接着と良質な成膜が困難でした。また、酸化チタンの光触媒特性を十分に利用するためには、多孔質構造が必要ですが、真空プロセスなどでナノ構造多孔質を成膜することは、複雑かつ高額な製造プロセスになる課題がありました。

菅原准教授らの研究グループでは、有機金属塩などの原料を混合して、塗布後、単純に焼成・焼結する方法(有機金属分解法 )により、酸化チタンの様々なナノ構造(多孔質)薄膜を基板へ直接成膜することに成功しました (図2) 。さらに、この原料(前駆体溶液)を、プラスチック基板へ塗布し、高強度の白色光を照射することで、基板へ熱ダメージを与えることなく、酸化チタン薄膜を焼成・焼結する技術を開発しました (図3) 。

これにより、プラスチックなど耐熱性の低い基板や基材へ直接酸化チタンのナノ構造多孔質薄膜を成膜することが出来ます (図1) (図4) 。さらに、前駆体溶液は、非常に粘性の低い原料であり、インクジェット印刷機による描画や複雑な形状の基材を前駆体溶液に、直接浸漬することが可能であり、あらゆる形状と材質の基材(基板)へナノ構造多孔質の酸化チタン薄膜をコーティングすることが可能になりました。さらに、成膜されたナノ構造多孔質薄膜の膜厚は約1μm以下であり、mmスケール径の細孔を塞ぐことなく表面コーティングすることが可能です。

図2 成膜されたナノ構造多孔体酸化チタン薄膜(TiO x )の外観写真と表面電子顕微鏡像(a)ナノ構造多孔体1、(b)ナノ構造多孔体2

図3 高強度光焼成装置の概念図(左)光照射前(右)光照射中

図4 成膜されたナノ構造多孔体酸化チタン薄膜(TiO x )の表面/断面電子顕微鏡像(左)加熱焼成後、(右)光焼成後、(上)表面像、(下)断面像

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、プラスチック製の複雑形状(網目状)のフィルタなどに、酸化チタンのナノ多孔質薄膜を成膜し、病原体ウィルスをトラップするとともに、UV(や可視光)照射による光触媒効果で、ウィルスの滅菌・駆除などの応用に期待されます。

焼成・焼結前の前駆体溶液(原料)は非常に粘性の低い溶液であり、細線状や毛細管の内側、ジャバラ状の表面など、あらゆる複雑な形状の基材(基板)へ柔軟にかつ低温で、ナノ構造多孔質薄膜を成膜することが可能です。さらに、ナノ構造多孔質薄膜の膜厚は約1μm以下であり、mmスケール径の細孔を塞ぐことなく表面処理できるため、毛細管内側の發液(發油)処理コーティングや流通式触媒などへの適用が期待されます。

その他にも、酸化チタンは白色顔料として応用されていますが、ナノ多孔質薄膜は、1μm以下の膜厚でも、光を効率よく乱反射するため、白色薄膜コーティング(ホワイトニング)などの応用に期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年6月1日(月)に米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Formation of Metal-Organic Decomposition Derived Nanocrystalline Structure Titanium Dioxide by Heat Sintering and Photosintering Methods for Advanced Coating Process, and Its Volatile Organic Compounds’ Gas-Sensing Properties"

著者名:Tohru Sugahara, Leila Alipour, Yukiko Hirose, Yusufu Ekubaru, Jun-ichi Nakamura, Hironobu Ono, Nobuyuki Harada, and Katsuaki Suganuma

なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の「科研費挑戦的萌芽研究(16K13637)」、文部科学省(MEXT)の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の一部として行われました。また、大阪大学工学部(応用自然科学科)迫美由紀氏の協力を得て行われました。

研究者のコメント

私たちの研究グループでは、2013年頃から「塗布型セラミックスとその応用」をコンセプトとして、本課題を含むセラミックスコーティング技術開発に取り組んでまいりました。2015年~2016年頃には、酸化モリブデンによる低温焼結技術を用いたナノ構造薄膜の成膜とそのガスセンサ応用を科学誌で発表することができました。また、その後、2017年~2018年には、酸化モリブデンや酸化亜鉛を用いて、有機太陽電池の緩衝層(電子・正孔輸送層)へ応用し、その原理や学術的意義を紙面で発表いたしました。

一方、このセラミックスコーティング技術は、ガスセンサや太陽電池への応用だけでなく、その他の電子デバイスや、光触媒など化学触媒、發液・發油などの撥水加工、耐腐蝕加工など、無機化合物の機能性表面コーティング加工へ幅広く展開する可能性を持っています。しかしながら、この技術が実用化されるためには、前駆体溶液の制御から、成膜後の材料の安定性、機能の信頼性などの多くのハードルがあり、関連研究者や開発者の支援や理解を経て、社会実装へ進むと考えています。本研究で、見出した「塗布型セラミックスコーティング技術」の応用の種を、研究半ばで断念することのないよう、今後いっそう努力していきたいと思います。

参考URL

産業化学研究所 菅沼研究室HP
https://www.eco.sanken.osaka-u.ac.jp/

用語説明

超高真空技術

大気圧の1兆~100兆分の1の圧力中(だいたい宇宙空間と同じくらいの真空度)で、純粋物質の作製(成膜)や物理現象を解明するための実験などを行うための技術。専用の真空排気装置が必要で、また実現するには膨大な電気エネルギーが必要。

光散乱特性

物質に入射した光が、各波長の光を吸収すると同時に四方八方に反射する現象。例えば、固体の表面と内部(の界面)で、光の進む速度(屈折率)に差が生じるため、光が吸収・反射する特性。

光触媒(本多・藤嶋効果)

光のエネルギーによって、化学反応を促進する物質群を示す相称。そのうち、酸化チタンやその関連物質は、唯一産業的に用いられている光触媒であり、酸化チタンが化学反応を促進する効果を、その発見者の名を取って「本多・藤嶋効果」と呼ぶ。

超親水性

酸化チタンに、バンドキャップより大きなエネルギーを持つ光(約390nm以下の波長=紫外線:388nm)を照射すると、価電子帯の電子が励起され伝導帯に移動し、価電子帯には正孔が生成する。伝導帯に移動した電子は、空気中の酸素を還元して、オキサドイオン(O 2- )を作る、一方で、正孔は空気中の水分と反応し、強力な酸化力を有する水酸ラジカル(・OH)を生成する。

有機金属分解法

(MOD法)/金属元素を含む有機化合物を主成分とする溶液(前駆体溶液)を印刷塗布し、乾燥・焼成などの熱(またはそれと同等の)処理を施すことで金属や酸化物を形成する方法。