二本足のリニア分子モーターダイニンは小さな歩幅でふらふら歩く
発表のポイント
・無負荷、高濃度ATPでのダイニンの速い歩行運動の一歩一歩を初めて可視化した
・ダイニンは前進だけでなく後退や横への動きを含むふらふらとした歩行運動を示した
・ダイニンの歩幅は従来の報告より小さく微小管上の結合部位間の最小間隔と同等だった
・ダイニンの歩行様式は正確に歩くキネシンよりも人工分子での模倣が容易と期待される
概要
分子科学研究所の安藤潤助教(当時、現理研)、中村彰彦助教(当時、現静岡大)、山本真由子技術支援員(当時、現基生研)、飯野亮太教授、東京大学大学院理学系研究科の島知弘助教、大阪大学大学院理学研究科の昆隆英教授らの共同研究グループは、リニア分子モーター ダイニン の高速高精度1分子観察を達成しました。より具体的には、細胞内の条件に近い高濃度ATP 、かつダイニンが自由に運動できる無負荷条件において、100マイクロ秒の時間分解能と1ナノメートル 以下の位置決定精度で速い歩行運動の一歩一歩を可視化することに初めて成功しました。その結果、微小管上を正確に一歩ずつ前進するリニア分子モーターキネシン とは異なり、その歩行運動は前進だけでなく後退や横方向への動きを多く含む、酔っ払いのような歩き方であることが確認されました。また、ダイニンの歩幅は、従来のミリ秒レベルの低速1分子観察で報告された値よりも小さく、レールである微小管上のダイニン結合部位間の最小間隔と同等であることを初めて明らかにしました。高速高精度1分子観察の適用により初めて、小さな歩幅が明確に可視化されました。さらに、2本の足が高度に協調して正確に歩行するキネシンとは異なり、それぞれの足が協調せずに独立に動くことが示唆されました。本研究の成果は、リニア分子モーターの歩行運動の仕組みの多様性を明らかにし、人工分子でリニアモーターを実現する上で重要な指針を与えました。
本研究は、科学研究費補助金新学術領域研究「発動分子科学」等の助成の一環として行われ、学術誌『Scientific Reports』に2020年1月23日付でオンライン掲載されました。
研究の背景
私たちの体を構成する細胞には、神経細胞のように長さが1メートル以上になるものもあります。タンパク質でできたリニア分子モーターであるキネシンやダイニンはATPをエネルギー源として、細胞内に張り巡らされた微小管と呼ばれる繊維状タンパク質の上をお互いに逆方向に直進運動することで、細胞内で物質を効率的に輸送する役割を果たしています。以前の研究で我々は、高速高精度1分子観察を用いてキネシンの足の動きを精細に可視化することに成功し、その正確な二足歩行運動のダイナミクスを明らかにしました。しかしながら、ダイニンの高速高精度1分子観察は達成されておらず、リニア分子モーターの歩行運動のダイナミクスの共通性と多様性は明らかとなっていませんでした。
研究の成果
分子研、東大、大阪大の共同研究グループは今回、ダイニンの歩行運動の高速高精度1分子観察を達成しました。直径30ナノメートルの金ナノ粒子を観察の目印とし、独自に開発した全反射型暗視野レーザー顕微鏡 で1分子観察を行いました (図1) 。100マイクロ秒の時間分解能と1ナノメートル以下の位置決定精度で、細胞内の条件に近い高濃度ATPでのダイニンの速い歩行運動の一歩一歩を可視化することに初めて成功しました。観察試料には、微小管に結合した状態の分子構造の詳細が以前の低温電子顕微鏡観察で明らかとなっている、キメラダイニンを利用しました。
マイクロ秒レベルの高速1分子観察の結果、以前のミリ秒レベルの低速1分子観察と同様、ダイニンの歩行運動は前進だけでなく後退や横方向への動きを多く含む、酔っ払いのような歩き方であることが確認されました (図2上) 。しかし以前の観察とは異なり、歩幅が小さくその分布がシャープであることが初めて明らかになりました (図2下) 。この結果は、従来の低速1分子観察では歩行運動の一歩一歩を分解して可視化できていなかったことを強く示唆します。歩幅の大きさは、微小管に沿った方向が前後ともに8nm、微小管に垂直な方向が左右ともに5nmであり、レールである微小管上のダイニン結合部位間の最小間隔と同等であることが明らかになりました。興味深いことに、前進する確率(27%)は後退する確率(15%)の高々1.8倍程度であり、さらに横に進む確率(左右共に25%)と同程度でした。残りは同じ場所に再び結合するか(6%)、斜めに進みました(2%)。この挙動は、ほぼ100%の確率で一歩ずつ前進するキネシンとは大きく異なります。また、一歩一歩の時間間隔は10ミリ秒程度で、1個のATPが分解されるのに要する時間と同程度でした。本結果は、ATPが1個分解されると一歩動くというモデルを支持します。さらに一歩一歩の時間間隔の分布から、ダイニンではそれぞれの足が協調せずに独立に動くモデルが支持されました。この結果は、2本の足が高度に協調して後ろ足が常に前足を追い越しながら16nmの歩幅で直線的に正確に歩行運動を行うキネシンとは全く異なります。このように、ダイニンとキネシンでは歩行運動の仕組みが大きく異なることが明らかとなりました。
この研究の社会的意義・今後の展開
生体分子モーター等の細胞内で働くナノサイズの生体分子機械は、人間が作ったマクロなサイズの機械と比べてはるかに小さく、ブラウン運動 の活用等、全く異なる作動原理で働くと考えられます。今回の研究により、細胞内で働くリニア分子モーターの動きは必ずしも正確でないことが明らかになりました。本結果は、細胞内物質輸送という機能の達成は、不正確な動きでも可能であることを示しています。人工分子でナノサイズのリニアモーターを設計する上での制限が大きく緩和され、その実現可能性が向上したと考えられます。今後は、我々が最近開発した高速高精度マルチカラー1分子観察法を適用し、ダイニンの2本の足の動きを同時に可視化してその歩行運動のメカニズムをさらに深く理解したいと考えています。
論文情報
掲載誌: Scientific Reports
論文タイトル:“Small stepping motion of processive dynein revealed by load-free high-speed single-particle tracking”(「無負荷高速1粒子追跡法で明らかにされたダイニンの小さな歩幅での運動」)
著者:Jun Ando, Tomohiro Shima, Riko Kanazawa, Rieko Shimo-Kon, Akihiko Nakamura, Mayuko Yamamoto, Takahide Kon, Ryota Iino
掲載日時:2020年1月23日10時(英国時間)
DOI:10.1038/s41598-020-58070-y
研究グループ
分子科学研究所、東京大学大学院理学系研究科、大阪大学
研究サポート
科学研究費補助金新学術領域研究発動分子科学JP18H05424(飯野亮太)科学研究費補助金JP18H02418,JP18H04755,JP17K19213(飯野亮太)科学研究費補助金JP18H01904(安藤潤)科学研究費補助金JP17H03665(昆隆英)
参考図
図1 ダイニンの歩行運動の高速高精度1分子観察の模式図
図2 (上)ダイニンの歩行運動の軌跡の例。前後左右にふらふらしながら動く。(下)微小管に沿った方向(左)と垂直な方向(右)の歩幅の分布。
参考URL
大阪大学 大学院理学研究科 生物科学専攻 昆研究室HP
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/kon/index.html
用語説明
- ATP
アデノシン三リン酸の略。生体内のさまざまなタンパク質分子機械のエネルギー源として用いられる。加水分解反応によってADPと無機リン酸に変換されることで分子機械にエネルギーを供給する。
- ダイニン
生体分子モーターの一種で、ATPを加水分解して得られるエネルギーで微小管上を運動するタンパク質。細胞内の物質輸送を担う。
- キネシン
生体分子モーターの一種で、ATPを加水分解して得られるエネルギーで微小管上を運動するタンパク質。ダイニン同様、細胞内の物質輸送を担うが、微小管上をダイニンとは逆方向に直進運動する。
- リニア分子モーター
ナノサイズの分子でできた、直進運動を行うモーター。
- ナノメートル
ナノは、十億分の1を意味する接頭語であり、1ナノメートルは十億分の1メートル、または百万分の1ミリメートルに対応する。
- 全反射型暗視野レーザー顕微鏡
暗視野顕微鏡では、試料により散乱された光を検出して観察する。全反射型暗視野レーザー顕微鏡は、レーザー光を試料面で全反射させたときにできる沁みだし光を照明光として用いる顕微鏡であり、観察のコントラストを格段に向上させることができる。金ナノ粒子は強い散乱光を発するため、暗視野顕微鏡における観察の目印としてよく用いられる。
- ブラウン運動
熱運動する周囲の分子の衝突によって引き起こされる不規則な運動。ロバート・ブラウンが発見したためこの名がついた。