塗布型有機薄膜太陽電池の高効率化技術の開発に成功

塗布型有機薄膜太陽電池の高効率化技術の開発に成功

低コストで環境にも優しい次世代太陽電池の実用化に一歩

2020-1-14

本研究成果のポイント

・フッ素原子を持つ新しい半導体ポリマーの開発により、塗布型有機薄膜太陽電池(OPV)の高効率化に成功
・フッ素の導入位置が半導体ポリマーの性質や太陽電池性能に及ぼす影響を解明

概要

広島大学の尾坂格教授、斎藤慎彦助教、大阪大学の家裕隆教授、京都大学の大北英生教授、千葉大学の吉田弘幸教授、高輝度光科学研究センターの小金澤智之研究員らの共同研究チームは、フッ素原子を有する独自の半導体ポリマー を開発しました。この半導体ポリマーを塗布して作製した有機薄膜太陽電池(OPV) は出力電圧が高まり、エネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)が向上することを発見しました。また、半導体ポリマーの化学構造におけるフッ素原子の位置が、半導体ポリマーの性質やOPVの特性にどのように影響を与えるかを解明しました。

OPVは半導体ポリマーをプラスチック基板に塗って薄膜化することで作製できるため、コストや環境負荷を抑えることができ、大面積化が容易です。また、軽量で柔軟、透明にすることが可能であり、室内光下で変換効率が高いという特長を持つことから、IoTセンサー、モバイル・ウェアラブル電源や窓、ビニールハウス向け電源など、現在普及している無機太陽電池では実現が難しい分野への応用を切り開く次世代太陽電池として注目されています。しかし、OPVの実用化にはエネルギー変換効率の向上が最重要課題であり、そのためには新しい半導体ポリマーの開発が不可欠です。

今回、共同研究チームは、広島大学の研究グループが以前に開発した半導体ポリマーに、大阪大学の研究グループが開発したフッ素導入技術を応用することで、これまで不可能だった位置にフッ素が導入された新しい半導体ポリマーを開発することに成功しました。これにより、半導体ポリマーの分子軌道エネルギーの準位 を、OPVに応用する上でより理想的な準位に制御することができ、変換効率を向上させることに成功しました。さらに、フッ素原子を導入する位置によって、半導体ポリマーの分子配向 が大きく異なり、電荷輸送電荷再結合 に影響を及ぼすことも明らかとなりました。本研究で得た新しい知見を基に半導体ポリマーを改良することで、さらなるエネルギー変換効率の向上が見込めます。

本研究成果は、2020年1月14日(日本時間)にドイツの科学誌「Advanced Energy Materials」オンライン版に掲載されました。

背景

半導体ポリマーをp型半導体材料 、フラーレン誘導体をn型半導体材料 として用いる有機薄膜太陽電池(OPV)は、半導体材料のインクを塗布することで作製できることから、低コスト、低環境負荷なプロセスである上に、大面積化が容易です。また、軽量で柔軟、(半)透明にすることが可能であり、室内光下で発電効率が高いという特長を持つことから、IoTセンサー、モバイル・ウェアラブル電源や窓、ビニールハウス向け電源など、現在普及している無機太陽電池では実現が難しい分野への応用を切り開く次世代太陽電池として注目されています。

OPVの実用化には、発電効率(エネルギー変換効率)の向上が最も重要な課題であり、新しい半導体ポリマーの開発が不可欠です。OPVに適した半導体ポリマーを開発するためには、ポリマーの分子軌道や結晶性、分子配向を制御することが重要です。このような半導体ポリマーの性質を制御する上で、フッ素原子の導入が有効であることが知られていました。しかし、半導体ポリマーにフッ素を導入する方法は限られていました。そこで、共同研究チームは、広島大学の研究グループが以前に開発した半導体ポリマーと大阪大学の研究グループが最近新たに開発したフッ素導入技術を融合し、独自の新しい半導体ポリマーの開発とOPVへの応用に取り組みました。

研究成果の内容

共同研究チームは、広島大学のグループが以前に開発した、当時世界最高レベルの変換効率を示した「PNTz4T」 という半導体ポリマー (図1a) へフッ素を導入することを検討しました。すでにPNTz4TのAの位置 (図1a) にフッ素を導入することはできていたものの、量子化学計算 からより有効であると予想されるBの位置へのフッ素導入はできていませんでした (図1b) 。今回、大阪大学のグループが別の化合物を用いて開発した、フッ素を導入する最新の技術を組み合わせた結果、Aの位置に加えて、Bの位置 (図1a) にもフッ素を導入することに成功しました。

OPVの変換効率向上には、半導体ポリマーとフラーレン誘導体の分子軌道エネルギーのマッチングが非常に重要です。量子化学計算によると、Aの位置にのみフッ素を導入すると、分子軌道のHOMOが低いエネルギー準位に移動するため、OPVの電圧に相当する分子軌道エネルギーの準位差(Δ E HL )が大きくなるため、高効率化に有効であることが分かっていました (図2) 。しかし、電流に相当するエネルギー( E g )が大きくなることが問題でした( E g が小さい方が電流は高い)。一方、Bの位置にフッ素を導入すれば、分子軌道のLUMOが低い準位に移動することが予想されていました。そこで、AだけでなくBの位置にもフッ素を持つ半導体ポリマー(F2-F2)を開発し、千葉大学の研究グループが持つ独自の光電子分光測定装置を用いて精密に分子軌道エネルギー準位を解析したところ、HOMOとLUMOがともに低い準位に移動しており、Δ E HL は大きくなり、 E g が保持されていることが分かりました (図2) 。

次に、F2-F2を用いてOPVを作製したところ、分子軌道エネルギーがより適切な準位に移動したことで、PNTz4Tを用いたOPVに比べて電圧が向上し、変換効率は一割向上することが分かりました。しかし、変換効率は向上したものの、 E g は小さくなっているにもかかわらず電流が低下するという予想外の結果が得られました。この原因を、京都大学のグループがOPVの光・電気的測定により解析したところ、Bの位置にフッ素を導入することで、電荷が電極に回収され電流が発生する前に電荷再結合する確率が増大していることが判明しました。さらに、大型放射光施設「SPring-8」 のビームライン(BL46XU)で、これら半導体ポリマー薄膜のX線構造解析を行ったところ、Bの位置にフッ素を導入すると電荷を流しやすい分子配向状態になる半面、Aの位置にもフッ素があると電荷輸送しにくい分子配向状態になることが分かりました。すなわち、この分子配向状態の変化が再結合を増大したと考えられます。

今回、フッ素導入により、半導体ポリマーの分子軌道エネルギーはより理想的な準位へ制御することができることが明らかとなりました。一方、フッ素導入の位置によって半導体ポリマーの分子配向への影響が異なることも明らかとなり、これらを複合的に理解することがOPVの高効率化において極めて重要であることが分かりました。

今後の展開

本研究では、半導体ポリマー「PNTz4T」にフッ素を導入することで、OPVの高効率化やフッ素の効果についての新しい知見を得ることに成功しました。今後は、さらに異なる位置へのフッ素導入や、分子軌道エネルギーの準位を低下しても分子配向等に影響を与えないような原子や官能基の導入技術の開発により、F2-F2で問題となった再結合を抑制することが研究課題です。また、このようなフッ素導入の技術を他の半導体ポリマーに応用することも可能であり、これによりOPVの飛躍的な高効率化が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年1月14日(日本時間)にドイツの科学誌「Advanced Energy Materials」オンライン版に掲載されました。
・論文のタイトル:“Impact of Non-Covalent Sulfur–Fluorine Interaction Position on Properties, Structures, and Photovoltaic Performance in Naphthobisthiadiazole-Based Semiconducting Polymers”
・著者:Masahiko Saito, Tomohiro Fukuhara, Satoshi Kamimura, Hiroyuki Ichikawa, Hiroyuki Yoshida, Tomoyuki Koganezawa, Yutaka Ie, Yasunari Tamai, Hyung Do Kim, Hideo Ohkita,* Itaru Osaka
・掲載雑誌:Advanced Energy Materials
・DOI:10.1002/aenm.201903278

本研究は、広島大学大学院工学研究科の尾坂格教授、斎藤慎彦助教、神村知伺氏(博士課程前期)、大阪大学産業科学研究所の家裕隆教授、京都大学大学院工学研究科の大北英生教授、玉井康成助教、キムヒョンド助教、福原友裕氏(2019年博士前期課程修了)、千葉大学大学院工学研究院の吉田弘幸教授、市川裕之氏(2019年博士前期課程修了)、高輝度光科学研究センターの小金澤智之研究員らの共同研究によるものです。

また、本研究成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発(ALCA)(研究開発課題名:「高効率ポリマー系太陽電池の開発」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学教授)、研究開発期間:平成26年10月~令和2年3月)、文部科学省の研究大学強化促進事業の取り組みとして広島大学が行っているインキュベーション研究拠点事業「次世代太陽電池研究拠点」および石原産業株式会社との共同研究の一環として得られました。

参考資料

図1 (a)PNTz4Tの化学構造とフッ素導入位置。(b)量子化学計算により解析したPNTz4Tの分子軌道の分布(上がLUMO、下がHOMO)。
LUMOは比較的Bの位置に存在し、HOMOはAの位置に存在する。

図2 半導体ポリマーとフラーレン誘導体における分子軌道(HOMOとLUMO)が持つエネルギー準位の関係。
PNTz4Tにフッ素を導入するとHOMOとLUMOのエネルギー準位が変化する。Aの位置にフッ素を導入するとHOMOの準位のみ低下し、Δ E HL は大きくなるため電圧は向上するが、 E g も大きくなるため電流は低下する。AとB両方にフッ素を導入するとHOMOとLUMOが低下し、Δ E HL は大きくなり、 E g は保持される。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 家研究室HP
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/omm/

用語説明

半導体ポリマー

半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。有機溶剤に溶けるため、塗ることで薄膜にできる半導体として、有機薄膜太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。2000年ノーベル化学賞の対象となったポリアセチレンも、不溶性ではあるが、半導体ポリマーである。

有機薄膜太陽電池(OPV)

有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、通常、p型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)である半導体ポリマーとn型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体が用いられる。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。OPVは、Organic PhotoVoltaicsの略。

分子軌道エネルギーの準位

分子軌道が持つエネルギーの位置(真空準位を基準とする)。分子軌道は、有機分子の化学結合を形成するために使われる電子が存在することのできる空間を表す。電子が詰まっている軌道と電子がいない軌道があり、前者で最もエネルギーが高い分子軌道を特に最高被占分子軌道(HOMO)といい、後者で最もエネルギーが低い分子軌道を特に最低空分子軌道(LUMO)という。

分子配向

分子が一定方向に配列すること。基板上に半導体ポリマーの薄膜を形成すると、ポリマー分子は相互作用によって集まり、一定方向に配列する。基板に対して分子が平行や垂直な方向に配列するなど、いくつかの配向様式がある。配向様式によって、電荷が流れやすくなったり、流れにくくなったりする。

電荷輸送

半導体薄膜中を電荷が流れること(半導体が電荷を運ぶこと)。電荷輸送性が高いほど、電流が得られやすいため、太陽電池の変換効率は高くなる。

電荷再結合

正の電荷(正孔=ホール)と負の電荷(電子)が結合し、電荷が消滅すること。太陽電池では、電荷再結合が起こると電流や電圧に悪影響を及ぼし、変換効率が低下する。

p型半導体材料

ホールを輸送する半導体。

n型半導体材料

電子を輸送する半導体。

PNTz4T

広島大学のチームが2012年に開発した半導体ポリマーの名称※1)。PNTz4Tを塗布して作製したOPVは、OPVとしては当時世界最高レベルのエネルギー変換効率である10%程度を示した※2)。 ※1)I. Osaka, et al. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 3498–3507. ※2)V. Vohra, et al. Nat. Photon. 2015, 9, 403–408.

量子化学計算

量子化学に基づき、化合物の化学構造から分子軌道など化合物が持つ様々な化学的性質を計算する方法。

大型放射光施設 SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。