2019年11月29日

概要

名古屋大学大学院工学研究科の堀克敏教授、石川聖人助教らのグループと大阪大学大学院工学研究科の松浦友亮准教授のグループは、北陸先端科学技術大学院大学の芳坂貴弘教授のグループと共同で、微生物の毛(蛋白質でできている)が生えた毛むくじゃらの人工細胞※1を脂質と蛋白質から組みたてることに成功しました。

これまでに、世界では様々な細胞機能を模倣した人工細胞が創られてきましたが、微生物の細胞表層機能を模倣した人工細胞は実現されていませんでした。ここで言う人工細胞とは、細胞を模擬した人工脂質二重膜※2からなる膜小胞のことを言います。

本研究では、高い粘着性を示す細菌の一種であるTol 5株の微生物表層に生えている接着性ナノファイバー※3蛋白質AtaA※4を細胞サイズの人工脂質二重膜小胞であるリポソームの表層に独自の手法で植毛し、毛むくじゃらの細胞表層構造を再現することに成功しました。この人工細胞は、Tol 5株と同様に異なる性質を持つ様々な固体表面に接着でき、加えて、内包された酵素により固体表面に付着したまま化学反応を触媒できました。この研究成果は、細胞表層蛋白質の物性解析※5や開放環境中での固定化人工細胞触媒※6としての利用などへの展開が期待されます。

この研究成果は、令和元年11月7日付米国科学雑誌Journal of the American ChemicalSocietyのweb版に掲載されました。

研究のポイント

・接着性ナノファイバー蛋白質AtaAの細胞外部位(NhNs-AtaA, 分子量 280 kDa)をSNAPタグ(分子量 20 kDa)※7融合蛋白質として大腸菌細胞質内で生産。
・NhNs-AtaA-SNAPは適切なフォールディング※8で三量体構造※9(分子量 900 kDa)を形成。これは大腸菌細胞内で生産した組換え蛋白質※10としては最大級の蛋白質。
・NhNs-AtaA-SNAPを含む大腸菌の細胞破砕液をベンジルグアニン※7修飾されたリポソーム(人工細胞)と混ぜるだけの簡便な方法で、リポソームの表層にAtaAファイバーを植毛することに成功。
・AtaAファイバーを植毛したリポソームは、AtaAの宿主細菌であるTol 5株と類似の細胞表層構造を有し、異なる性質を持つ固体表面に強固に接着することが可能。
・構築した人工細胞は固体表面に付着したまま、内包された酵素※11による基質の加水分解反応を行うことが可能。

研究背景

細胞の機能を調べる際にこれまで取られてきた方法は、細胞を構成する成分を分離・精製して解析するというトップダウン方式※12が標準的でした。ところが、化学・生物学・工学各分野の技術進歩に伴い、細胞機能の一部をボトムアップ方式※13で再構築し、解析できるようになってきました。このような学術分野はボトムアップ合成生物学と呼ばれ、これまでのトップダウン方式では解明できなかった複雑な細胞システムが明らかになることや、新たな科学技術が創出されることが期待されています。なかでも、人工細胞の創出はボトムアップ合成生物学の中心的課題です。様々な生物機能を発揮する人工細胞がこれまで創出されてきましたが、細菌の細胞表層機能を再現した人工細胞は実現されていませんでした。これは、細胞表層蛋白質が膜貫通または結合部位を有しているため取り扱いが困難です。さらに、細菌の細胞表層蛋白質の生合成には複雑な蛋白質分泌装置が不可欠です。このような背景のもと、本研究では高付着性のAcinetobacter 属細菌Tol 5株の接着性ナノファイバー蛋白質AtaAを植毛した人工細胞のボトムアップ創出を目指しました(図1)。堀教授はこれまでにAtaAを独自に発見し、これに関連する成果を国際学術誌にいくつも報告し、関連特許も各国で取得しています。大阪大学の松浦准教授は、ボトムアップに様々な機能を持つ独自の人工細胞を創ってきた実績を有しています。本研究成果は、専門性の異なるグループが共同で実施することで初めて得られたものです。

研究内容

細菌は自然環境中を移動・定着するために専用の蛋白質を細胞表層に発現させる必要がありますが、そうするためには、複雑な分泌装置を利用します。従って、これを人工細胞に適用することは困難です。そこで研究チームは、化学合成と蛋白質工学を組み合せ、リポソームの表層をAtaAで修飾することにしました。具体的には、付着機能に不要な部分を除去したAtaAをSNAPタグとの融合蛋白質(NhNs-AtaA-SNAP)として大腸菌細胞質内で生産させました。一方、リポソームはSNAPタグの結合基質であるベンジルグアニン(BG)基で修飾された脂質を用いて作成しました。これにより、AtaAファイバーの生えた人工細胞は、NhNs-AtaA-SNAPを含む大腸菌細胞破砕液とBG基修飾リポソームを混ぜるだけという簡便な方法で構築することができます。電子顕微鏡で観察したところ、構築した人工細胞の表層にはファイバー状構造物が確認でき、Tol 5株の実細胞と類似していることがわかりました(図2)。また、AtaAファイバーを植毛した人工細胞はTol 5株と同様に、異なる物性を有する固体表面に強固に付着しました(図3)。さらに、内包された酵素による加水分解反応を固体表面に付着したまま行うことができました。

成果の意義

本研究では、細菌の細胞表層機能の一部を発揮する人工細胞を脂質と蛋白質から組み立てることに成功しました。本研究で用いた細胞表層機能の模倣法は、AtaA以外の細胞表層蛋白質にも適用できます。これにより、他の細胞表層構造物の影響を受けることなく標的蛋白質の機能を細胞と類似の条件で解析できるようになることが期待されます。さらに、本研究で構築した人工細胞は、酵素、微生物と同様に固定化触媒として利用できることが期待されます。人工細胞は増殖しないため、自然環境へ漏出したとしても生物多様性に与える影響が少ないと考えられます。従って、固定化人工細胞触媒は固定化微生物触媒が利用できないような開放環境中の利用が期待できます。

用語説明

※1 人工細胞
実際の細胞の大きさ(数マイクロから数十マイクロメートル)で、実際の細胞機能を模倣した人工脂質二重膜からなる膜小胞。

※2 脂質二重膜
リン脂質のように水となじみやすい部分と油となじみやすい部分を持った分子が水溶液中で形成する膜構造で、生体膜の主要な構成成分。

※3 接着性ナノファイバー
微生物細胞のまわりに生えている数十ナノメートルから数マイクロメートルの繊維状構造物のうち、細胞が固体表面に接着する際に働くもの。

※4 AtaA
堀教授が高付着性細菌 Acinetobacter sp. Tol 5から発見した接着性ナノファイバー蛋白質。他の接着性ナノファイバーとは比べ物にならないほどの高い接着性を示す。

※5 細胞表層蛋白質の物性解析
細胞表層蛋白質の本来の機能を調べるには、細胞表層に存在する状態で解析することが望ましい。ただし、細胞表層には標的とする蛋白質以外の蛋白質、糖、脂質などが存在するため、それらの影響を無視できない。人工細胞であれば、標的蛋白質以外を排除し、細胞表層上に存在する状態で解析することが可能となる。

※6 固定化人工細胞触媒
化学物質を生産したり、有害物質を分解したりする酵素や微生物などの生体触媒は、担体に固定化し固定化触媒として利用される場合がある。これにより、連続的または繰り返し生体触媒を利用できるようになる。本研究で構築した人工細胞も、同様に固定化人工細胞触媒として使用できる可能性がある。

※7 SNAPタグ
SNAPタグは、蛋白質の1種で、ベンジルグアニンという化合物の誘導体と反応して共有結合を形成する。従って、標的蛋白質にSNAPタグを付加した融合蛋白質を調製すると、融合蛋白質はベンジルグアニン基をもつ様々な化合物と共有結合を形成する。

※8 フォールディング
蛋白質を構成するペプチド鎖が折りたたまれて、固有の構造を形成すること。蛋白質が機能を発揮するには適切にフォールディングされる必要がある。

※9 三量体構造
三つのフォールディングされた蛋白質が集まることで形成される構造。AtaAは同じフォールディング蛋白質が三つ集まることでファイバー構造を形成する。

※10 組換え蛋白質
大腸菌、酵母、培養細胞などの任意の宿主細胞において人為的に生産した蛋白質。遺伝子工学を用いて、蛋白質の構造を改変させることや、別の蛋白質と融合させて生産することができる。

※11 酵素
触媒活性のある蛋白質のこと。細体内の化学反応のほとんどすべてを酵素が触媒している。細胞内から取り出したり、組換え蛋白質として生産したりして、産業利用されている。

※12 トップダウン方式
細胞機能を調べる際に、細胞構成成分を分離して個々の機能を理解しようとする研究方式のこと。ただし、細胞機能には複数の構成成分が協奏的に働くことがあるため、この方式では理解できない細胞機能もあることに留意しなくてはならない。従来の生物学では標準的な方式であった。

※13 ボトムアップ方式
細胞機能を調べる際に、素性のよくわかっている化学物質や生体分子を組み合わせて細胞機能を再現し、細胞機能を作りながら理解しようとする研究方式のこと。近年の生物学で注目されている方式である。

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル: Bottom-up creation of an artificial cell covered with the adhesive bacterionanofiber protein AtaA
著者:野場 考策(名古屋大学大学院工学研究科)、石川 聖人(名古屋大学大学院工学研究科)、植田 淳子(大阪大学大学院工学研究科)渡邉 貴嘉(北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科)、芳坂 貴弘(北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科)、吉本 将悟(名古屋大学大学院工学研究科)、松浦 友亮(大阪大学大学院工学研究科)、堀 克敏(名古屋大学大学院工学研究科)
DOI:10.1021/jacs.9b09340

参考図

図1 本研究の概要

図2 AtaAファイバーで修飾されたリポソーム(人工細胞)とTol 5株(実細胞)の表層構造の電子顕微鏡観察

図3 ポリスチレン表面とガラス表面に対するリポソームの付着試験
接着したリポソームは内包した蛍光色素の蛍光強度を検出することで評価
ベンジルグアニン(BG)基で修飾したリポソームはNhNs-AtaA-SNAPを含む細胞破砕液の濃度が高くなるに伴って付着量が増えるのに対し、BG基修飾のないリポソームの付着量は変化しない

参考URL

大阪大学 工学研究科 生命先端工学専攻HP
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/index.html

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