超高強度レーザーで作る電子ビームで巨大な自由電子レーザーや放射光装置の卓上化実現を目指す

超高強度レーザーで作る電子ビームで巨大な自由電子レーザーや放射光装置の卓上化実現を目指す

2019-9-18工学系

研究成果のポイント

・近年、高強度レーザーを利用したレーザープラズマ粒子加速技術が進展しており、本技術を用いた高エネルギー電子加速器の劇的な小型化による卓上サイズの自由電子レーザーや放射光装置の実現を目指した研究開発が進められている。
・膨大な資金と立地が必要とされる巨大加速器に対する小型化への要求は高いものの、ビームの安定性/再現性、品質、制御性等の粒子加速器としての性能指標の現状は、その加速媒質となるプラズマの制御の難しさから従来の加速器に遠く及んでおらず、これらの確立が喫緊の課題となっている。

概要

大阪大学産業科学研究所の細貝知直教授らの研究グループは、これまでにプラズママイクロオプティクス(PMO)と呼ばれる光学レンズや光ファイバーの機能を持つプラズマ素子を開発し、高強度レーザーパルスの伝播の安定化とともにレーザー航跡場から発生する電子ビームの品質と安定性を飛躍的に向上させています[1,2,3]。PMOの登場によってレーザー航跡場加速の電子ビームの位置安定性が向上したことによって、従来加速器で使用されているビームオプティクスでのビームハンドリングや制御が可能になるなどの画期的な成果が達成されています[4]。これらの成果を基礎に、技術をさらに成熟させ課題解決に取り組んでいます。

[1] T. Hosokai et al., Phys. Rev. Lett. 97, 075004 (2006)
[2] T. Hosokai et al., Appl. Phys. Lett. 96, 121501 (2010)
[3] Y. Mizuta et al., Phys. Rev. ST Accel. Beams., 15, 121301 (2012)
[4] N. Nakanii et al., Phys. Rev. ST Accel. Beams., 18, 021303 (2015)

図1
理化学研究所SPring-8にて稼働中のX線自由電子レーザーSACLA(上)と大阪大学で開発中の5cmレーザー加速装置(下左)
レーザー航跡場加速の原理(下右)

研究の背景

今日の科学技術、産業、医療の発展に大きく貢献している粒子加速器 ですが、高エネルギー化と大強度化の要求に伴い巨大化の一途を辿っています。膨大な資金と立地が必要とされる巨大加速器に対する小型化への要求は高く、加速電場強度が従来の高周波加速器の1000倍をも越える「レーザー航跡場電子加速 」は、原理的にGeV(ギガ電子ボルト)級の超高エネルギー加速器でさえも卓上サイズで実現できると期待されています。

これまでのレーザー航跡場電子加速研究でGeV級の超高エネルギー加速の原理実証は既に達成され、電子ビーム加速機構としての高いポテンシャルは示されているものの、ビームの安定性/再現性、品質、制御性等の粒子加速器としての性能指標の現状は、その加速媒質となるプラズマの制御の難しさから従来の加速器に遠く及ばず、これらの確立がレーザー航跡場加速器実現の喫緊の課題となっています。

JST未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)「粒子加速器の革新的な小型化及び高エネルギー化につながるレーザープラズマ加速技術」におけるレーザー駆動電子加速技術開発は、これらの技術課題を解決し、レーザー航跡場加速のGeV級電子ビームをドライバーとする卓上サイズの短波長領域の自由電子レーザー や放射光装置を実現することを目標に掲げて始動しました。

今後の展開

本研究では、将来の高エネルギー量子ビームによるイノベーションの創出を担う基幹技術としてレーザープラズマ加速を位置付け、実用加速器に必要とされる基盤技術の開発と、その実現の可能性を実証します。卓上サイズのX線自由電子レーザー(XFEL)を実現するために必要な電子ビームの発生可能とするレーザープラズマ電子加速技術を開発します。大電荷量でエネルギー幅1%以下の極短電子バンチを生成する入射器モジュール、大電荷量の極短電子バンチを高効率で安定に加速する加速ブースターモジュール、精密かつ正確に電子ビームとプラズマの加速場を精密かつ正確に同期するタイミングシステムを開発します。最終目標としてkeVのX線領域でレーザー増幅が視野に入る電子ビームの安定生成を目指します。また、開発途中で得られるレーザープラズマ加速技術および周辺技術等の革新的技術は積極的に医療応用、材料科学への応用等へ展開していきます。

特記事項

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)「粒子加速器の革新的な小型化及び高エネルギー化につながるレーザープラズマ加速技術」にて実施されています。

同プロジェクトには、大阪大学産業科学研究所、理化学研究所、量子科学技術研究開発機構、自然科学研究機構分子科学研究所、高輝度光科学センター(JASRI)、大阪大学レーザー科学研究所、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、電気通信大学が参画しています。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 第2研究分野 量子ビーム物理研究分野 細貝研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bmp/

用語説明

自由電子レーザー

電子加速器とアンジュレータ及び光共振器から成る。自由電子を加速器により相対論的な速度にまで加速し、この電子を光線経路に沿って交互に磁石を配置したアンジェレータへと入射する。電子はアンジェレータ内の周期的な横磁場で進路を曲げられる過程で、シンクロトロン放射光が生じる。この光が光共振器内で電子ビームと共鳴的な相互作用をすることによりレーザー発振が生じる。真空紫外線、X線領域においては光共振器を構成するための高い反射率を持つ鏡が存在しないため、自己増幅自然放射(英:Self Amplified Spontaneous Emission: SASE)という方式が採用される。電子ビームよりわずかに早く進む放射光がアンジェレータ内の磁場周期単位内で電子ビームと相互作用し電子ビームは加減速され密度分布に偏りを生じる。これを磁場周期ごとに繰り返す結果、電子ビームは密度分布を持つようになる。このような状態ではある特定の波長の光のみ増幅するようになり、最終的に自然放出光に比べ桁違いに強度の大きな光を発生する。X線領域の波長のFELをX線自由電子レーザー(X-ray free-electron laser: XFEL)と呼ぶ。現在、日本では理化学研究所SPring-8にてSACLAが稼働している。

粒子加速器

荷電粒子を光速近くまで加速する装置。1932年のコッククロフト・ウォルトン型加速器(800kV)に始まり、当初は原子核研究に用いられ、様々な発明によりそのエネルギーを高め、性能を向上させてきた。現在、その利用は、原子核・素粒子という基礎科学分野だけでなく、医療(がん治療、病原検査、薬剤製造など)、放射光の発生・利用(物性、生物、材料、創薬など)、工業的利用(滅菌、殺菌、セキュリティー利用)、農業的利用(品種改良)、2次発生ビームの利用(中性子利用、ミューオン利用)と多岐に渡る。

レーザー航跡場電子加速

高強度レーザーパルスとプラズマとの相互作用で励起される電子プラズマ波(レーザー航跡場)を用いて電子を加速する。チャープパルス増幅法開発による、パルス幅サブピコ秒、出力テラワット以上の高強度超短パルスレーザの出現によって実現可能となった。レーザー光をガス中で集光して10 18 W/cm 2 程度の強度にするとレーザーの光電場は〜10 9 V/cm程度になり、原子内の束縛電子はトンネル効果により10フェムト秒以下の短時間のうちに完全電離してプラズマ化する。このプラズマ中ではレーザーの空間的なパルス幅がプラズマ振動の波長程度になるとレーザーパルスのポンデロモーティブ力(動重力)により大振幅のプラズマ波の航跡場(ウエーク)が励起される。この航跡場(ウエーク)振動の位相速度は、レーザーパルスの群速度に等しい縦波である。10 18 cm -3 の密度のプラズマ中に形成される電場はほぼ10 9 V/mに達し、この縦波中の超高電場で電子を加速する。