細胞の中に自在に金のナノ粒子を作る技術を開発

細胞の中に自在に金のナノ粒子を作る技術を開発

さまざまな生体反応の計測に応用が可能

2014-10-9

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センター (IFReC) のニコラス・スミス准教授らの研究グループは、細胞内に取り込まれた金イオンに外部からレーザー光を照射することで金のナノ粒子(結晶)を作成することに成功しました。この方法で生成した細胞内金粒子を表面増強ラマン散乱法(SERS)と組み合わせることで、金粒子の周りの化学環境を計ることができます (図1) 。将来は細胞内の生体反応を非侵襲(細胞を傷つけない)で計測するのに応用が可能です。

研究の背景

細胞内部ではさまざまな生体反応・化学反応が同時に起こっています。それらの情報を得る方法はいくつかありますが、人工的な色素を取り込ませるか蛍光タンパク質(GFPなど)を細胞内に発現させて、蛍光顕微鏡で観察する方法が代表的です。

これまで、スミス准教授はラマン分光法 という光学的な計測手法で、色素や蛍光タンパクを使わず、細胞内の化学的情報を検出する方法を開発してきました。ラマン分光法は、蛍光顕微鏡と異なり、細胞の見かけだけでなく化学的な情報(細胞内局所の状態)を計測することが期待されています。

研究手法と成果

1.細胞内に取り込ませた金イオンに波長532 nmのレーザー光を照射することで、純金のナノ粒子(結晶)を作成することに成功しました (図2) 。ナノ粒子の直径は2-20 nmに分布しており、金イオンを洗い流した後でも安定して細胞内にとどまりました。

2.金ナノ粒子の出現位置を精密に制御できました。そのデモンストレーションのために、細胞内に金粒子で約15ミクロンの「阪大」の文字を描くことに成功しました (図3) 。

3.細胞内に生成した金ナノ粒子を波長785 nmのレーザーで励起し、表面増強ラマン散乱 (Surface Enhanced Raman Scattering, SERS) を起こすことで金粒子周辺の化学的な状態を測定することに成功しました (図4) 。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、細胞内の生体情報を得るための新たな手段を提供したものです。レーザー照射により細胞内の任意の場所に金の結晶(ナノ粒子)を出現させます。この結晶に対して用いられる表面増強ラマン散乱(SERS)では、ナノ粒子表面でラマン信号が増強されることにより、金粒子周りの局所的な化学状態を高感度で得ることができます。将来、細胞を傷つけずに細胞内の任意の場所の情報を得ることに期待が寄せられます。

特記事項

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(さきがけ) 研究領域:「光の利用と物質材料・生命機能」(研究総括:増原宏 台湾国立交通大学 講座教授) 研究課題名:「レーザーを用いた生きた細胞内での生命機能分析用プローブのその場作製」 研究者:ニコラス・スミス(大阪大学免疫学フロンティア研究センター准教授)の一環として行いました。また、本研究は、内閣府/日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラムの支援を受けて行われました。

掲載論文・雑誌

Laser-targeted photofabrication of gold nanoparticles inside cells
(レーザーを用いて細胞内部に金ナノ粒子を「光生成」する)
Nicholas I. Smith, Kentaro Mochizuki, Hirohiko Niioka, Satoshi Ichikawa, Nicolas Pavillon, Alison J. Hobro, Jun Ando, Katsumasa Fujita, Yutaro Kumagai
Nature Communications
2014年10月9日(木) 18時(日本時間)  オンライン掲載 (英国: 10月9日午前10時)

参考図

図1 金ナノ粒子生成と表面増強ラマン散乱を用いた細胞内環境の計測
金のナノ粒子は細胞の中に入り込めないが、金イオンは可能である。あらかじめ細胞に金イオンを取り込ませておき、波長532 nmのレーザー光でナノ粒子を生成する。その後、波長785 nmのレーザー照射によりナノ粒子の表面ラマン増強効果を起こし粒子周りの化学環境(構成成分)を測定する。

図2 細胞内に金ナノ粒子が生成されている様子
細胞の中にはレーザー照射によって金のナノ粒子が生成する(a-c)。電子顕微鏡の倍率を上げると結晶の存在が認められた(d)。さらに、X線回折(e)、走査型透過電子顕微鏡(f)、X線分散スペクトル(g)でも金ナノ粒子(結晶)の生成が確認できた。

図3 レーザー光照射により細胞内に金ナノ粒子で描かれた「阪大」の文字
aからdはそれぞれ異なる方法で得られた同一細胞内の画像。「阪大」の文字は、レーザーの照射位置を少しずつずらすことで金ナノ粒子の生成場所を制御し描かれた(図中のスケールバーは12μm)。

図4 表面増強ラマン散乱 (Surface Enhanced Raman Scattering, SERS) によって得られた細胞内金ナノ粒子周辺の化学情報
aとbは金イオンを取り込ませた細胞の画像(スケールバーは10μm)。赤い十字は波長532 nmのレーザー光の照射ポイントを示す。この十字の位置に波長785 nmのレーザー光を照射しSERSを起こし、高感度のラマンスペクトルを得た (c, d)。レーザー強度、照射時間、細胞の種類によって得られる情報は異なっていた (e, f)。

参考URL

用語説明

ラマン分光法

物質に入射した光が波長の異なる光(ラマン散乱光)に変化することからその物質の性質を調べる実験法。

表面増強ラマン散乱 (Surface Enhanced Raman Scattering, SERS)

ナノレベルの微小金属構造体に光を照射しラマン散乱を起こす測定法。条件によっては、通常のラマン分光法より非常に高感度で金属構造体周囲の化学状態が測れる。