細胞内シグナル伝達の新たな調節メカニズムの解明

細胞内シグナル伝達の新たな調節メカニズムの解明

受精卵が分裂する過程で不要な情報を消去する装置がわかった!創薬デザインや新規マーカー開発に期待

2012-6-12

<リリース概要>

大阪大学産業科学研究所の和田洋准教授らの研究グループは、マウスの初期発生で胚組織のパターンが形成されるには、リソソームとよばれる細胞内小器官での分解が必要であることを明らかにしました。この一連の研究成果は、細胞—細胞間の情報伝達の制御と細胞内分解の関連を組織内であきらかにしたもので、発生や分化のメカニズムに新たな視点をもたらしました。

この研究は、本学大学院生命機能研究科の濱田博司教授、同志社女子大学薬学部の和田戈虹教授、長浜バイオ大学の山本章嗣教授らの協力を得て行いました。

この研究成果は、米国科学雑誌「Developmental Cell」のオンライン速報版で6月11日(米国東部標準時)公開されます。

<背景>

われわれヒトに最も近いモデル生物であるマウスにおいて、受精卵は細胞の数を増やしながら8日目までに前後、左右、背腹の軸をもった「かたち」を獲得します。複数の細胞から組織が構築される際、細胞は互いに情報を交換して位置関係の把握や分化の方向付けを行います。高度な組織の構築では、情報がつくられること(ON)、消去されること(OFF)、の二つが適切に組み合わされて、時間的、空間的な情報のパターンが形成されることが必要となります。これまでの研究によりONのメカニズムはわかってきましたが、しかし、もう片方の役者、すなわち情報をOFFにするメカニズムは未解明な点が多く残されています。

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図:受精後8日目のマウス胚(右)は「かたち」を獲得します。しかし、リソソームがない変異マウス(左)は「かたち」をつくることができなくなります。

<研究の内容>

今回、物質の分解にはたらく細胞内の小区画(細胞内小器官)、リソソームに注目しました。リソソームを作るのに必要な遺伝子をなくした細胞では、シグナル伝達のひとつ、BMPシグナルのOFFができなくなります。遺伝子をなくした変異マウスは胚組織のBMP活性の空間パターンを制御できなくなり、異常なかたちをもつ胚になってしまいます。これらの結果は、リソソームによる分解が情報伝達の制御に積極的にはたらくことを組織のレベルで明らかにしたものです。

<研究成果の意義>

骨形成因子BMPは骨を誘導するタンパク質として発見されましたが、細胞増殖・分化・組織再生、さらには発がんに関係していることが示されています。また、ES細胞やiPS細胞などが様々な細胞に分化する能力(分化多能性)の維持にも重要な役割をもっています。今回の研究成果は、BMP情報伝達経路を調節するメカニズム、分子標的を明らかにしたことで創薬デザインや新規マーカー探索などに役立つことが期待できます。

<特記事項>

本成果は、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「哺乳類初期発生の細胞コミュニティー」(領域代表者: 藤森俊彦 基礎生物学研究所 教授)、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域(研究総括:中西重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長 )の研究課題「生物の極性が生じる機構」(研究代表者:濱田博司)などによって得られました。

<参考図>

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図:リソソームによるBMPシグナルの負の制御
BMPは細胞表面の受容体に結合し、BMP受容体と複合体を作って細胞内に移行します。この複合体がONのシグナルを発信し、様々な細胞機能を制御します。その後、BMPとBMP受容体は、リソソームに隔離され、分解されることでシグナルがOFFになります。しかし、エンドソームとリソソームが正常に機能しない場合には、シグナルがONになりっぱなしになってしまいます。

<参考URL>