究みのStoryZ

細胞老化の謎を追い求めて

健康長寿の増進、がん予防に挑戦

微生物病研究所・教授・原 英二

大学4年になった時、原教授は図書館で読んだ細胞老化の論文に感動した。それは細胞の老化が遺伝子レベルで制御されていると世界ではじめて示した、1986年の『サイエンス』の論文だった。大学院博士課程では細胞老化誘導遺伝子が何なのかを研究テーマに据えた。その後ロンドンで研究中にがん抑制遺伝子として知られていたp16が細胞老化を誘導する重要な遺伝子の一つであることを発見。p16遺伝子が細胞老化を誘導することで、異常な細胞の増殖を抑え、発がんを抑制するというメカニズムを明らかにした。

細胞老化の謎を追い求めて

『サイエンス』が認めた画期的研究

原教授の主な研究テーマは2つある。
1つは「細胞の老化を誘導する原因は何か」。細胞老化は、細胞の異常増殖を抑える安全装置である一方、それが過度に働くと炎症反応を引き起こし発がんを促進してしまう作用がある。細胞老化を引き起こすストレス源のなかで、原教授が着目したのはアンバランスな食事だった。 「低濃度の発がん物質で処理したマウスに高脂肪食を食べさせて肥満させると、肝臓の一部の細胞に細胞老化が起こると同時に肝がんを発症するようになりました。高脂肪食だけでなく普通の餌を過剰に食べさせて肥満させた場合にも同様の結果が得られたのです。驚いたことに、肥満したマウスの腸内細菌のプロファイルは、正常なマウスとは大きく異なっていました」
腸内細菌の中には、脂肪を消化するために出る一次胆汁酸を、より毒性の強い二次胆汁酸に変える酵素をもつものがある。肥満するとそのような腸内細菌が増え、産生された二次胆汁酸が肝臓に運ばれることで肝星細胞が細胞老化を起こし、SASP(細胞老化随伴分泌現象)※を介して炎症性物質を周囲に分泌することで、肝がんの発症を促進することが分かった。
この研究成果は2013年の「サイエンスが選ぶ10大成果」の一つとして選ばれるほど注目された。

※SASP(細胞老化随伴分泌現象):細胞老化を起こした細胞(老化細胞)は、炎症性サイトカイン、ケモカインなど様々な分泌因子を高発現するSASPという現象を起こす。

食生活、生活習慣から細胞老化を防ぐ

「バランスの崩れた食事を続けていると、肝臓以外の様々な部位でも、細胞老化が起きる可能性があります。たとえば、健常者と大腸癌患者の腸内細菌を調べると、大腸癌になるとすごく増える菌がいくつもある。こういう菌の代謝物が細胞老化を引き起こす作用があることを、我々は発見しています」
腸内細菌の中には、細胞老化を引き起こすまだ未知の腸内細菌がいて、それらが加齢や生活習慣の乱れによって増えることで体内に老化細胞が溜まっていく可能性があるのではないか。そのことを明らかにしたい。「いわゆる悪玉菌を増やさないような食生活、生活習慣を指導することによって、老化細胞がたまらない、健康長寿な人生を提供できると考えています」

SASPと自然免疫応答

第2の研究テーマは、「なぜSASP(細胞老化随伴分泌現象)は起こるか」 正常な細胞にウイルスやバクテリアが感染すると異常を感知し、感染を拡大しないようにする「自然免疫反応」が知られている。この自然免疫反応が起きているときには、炎症性サイトカイン(炎症を強めるようにと細胞間で出し合う信号)が出ている。
「ところが、SASPが起こるときには、感染もしていないのに炎症性サイトカインが出ていることがわかりました」
通常は、人の正常な細胞の細胞質のなかにむき出しのDNAは存在しない。しかし、ウイルスや細菌に感染すると、細胞質の中にウィルスや細菌のDNAが入っていく。私たちの体はこれを「危ない」と感知して、自然免疫応答を起こすのである。
「ところが細胞老化が起こった細胞では、ウイルスなどに感染していなくても、ゲノムDNAの一部が細胞質に出て行き、その結果、自然免疫応答による炎症性サイトカインが出てくるのです。これがSASPだということを、私たちはつい最近明らかにしました」

老化、がん化の解明をめざす

それでは、老化細胞を減らして健康寿命を延ばすには、どうすればよいのか。
「今後の戦略としては、細胞老化を起こすストレスを減弱させる、老化した細胞が増えないように除去する、SASPが出ないようにする方法を開発する、などが考えられます」。老化と病気の関係や、がんが発生するメカニズムを明らかにしていくことで、がんを含めた加齢性疾患を克服できる日をめざし、原教授の研究は続く。

原教授にとって研究とは

挑戦です。見えない自然の原理をいかにして、明らかにするか。知的好奇心を満足させる手段として挑戦をしている。さらにこの挑戦から得られた成果が社会の役立てばなお、うれしですね。

●原英二(はら えいじ)
1993年東京理科大学大学院博士課程修了。(米)University of California,Berkeley ポスドク、(英)Imperial Cancer Research Fund Laboratories ポスドク、(英)Cancer Research UK-Paterson Instituteラボヘッドを経て、2003年 徳島大学ゲノム機能研究センター 教授。
08年(公財)がん研究会がん研究所部長、15年より現職。

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(2019年3月取材)