工学系

2020年7月7日

研究成果のポイント

・過酸化水素(H2O2)は、漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であり、燃料電池発電の燃料となるエネルギーキャリア※1として有望視されているが、水素ガス(H2)を生成させることは困難であり、水素キャリアとしては利用できないと考えられていた。
・本研究開発において、リン酸(H3PO4)とメタルフリー粉末触媒※2をH2O2水溶液に加えて太陽光を照射する方法により、H2O2からH2を生成させることに成功した。
・H2O2を水素・エネルギーキャリアとする新エネルギー社会の実現に向けての社会実装が期待できる。

概要

大阪大学太陽エネルギー化学研究センターの白石康浩准教授、平井隆之教授らの研究グループは、太陽光照射下、H3PO4とメタルフリー粉末触媒を用いて、H2O2水溶液からH2を生成させる光触媒※3技術を開発しました。

H2O2は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であるほか、燃料電池発電の燃料として利用できるため、近年は、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリアとして注目されています。従来、H2O2は、H2とO2を多段階で反応させるエネルギー多消費型の方法により合成されています。一方、最近では、太陽光エネルギーにより水と酸素ガス(O2)からH2O2を合成する(H2O+1/2O2→H2O2)省エネルギー性の高い光触媒型H2O2製造法※4も開発されており、H2O2のエネルギーキャリアとしての利用可能性も高まっています。

H2O2をエネルギーキャリアとして社会実装するには、水素キャリアとしても利用できることが不可欠です。すなわち、(図1)のようにH2O2からオンサイト※5でH2を生成させる反応技術(H2O2→H2+O2, ΔG=+131kJ mol-1,式1)が必要です。ところが、H2O2の還元(H2O2+H++e-→H2O+●OH,H2O2+2H++2e-→H2O,式4)がH+の還元に優先して進行してしまいます。さらに、光触媒として用いられる金属・金属酸化物半導体を用いた場合には、表面でH2O2が分解されてしまいます(H2O2→H2O+1/2O2, ΔG=-117kJ mol-1,式5)。そのため、これまでH2O2水溶液からH2を生成させた例はありませんでした。

研究グループでは、H3PO4とメタルフリー粉末触媒をH2O2水溶液に入れて、太陽光(可視光)を照射することにより、H2が生成することを見出しました(図2)。メタルフリー触媒であるためH2O2の分解(式5)が進行しないほか、H2O2とH3PO4が水素結合することにより安定化錯体(図1右)を形成して、H2O2の還元(式4)を抑制し、H+の還元(式3)を促進できるようになるためです。H3PO4は、古くから安定化剤として市販のH2O2水溶液に加えられています。そのため、H3PO4を含むH2O2水溶液を貯蔵・輸送し、安価なメタルフリー光触媒を用いてオンサイトでH2を製造する、新たなエネルギー循環に向けての社会実装が期待できます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版にて英国時間2020年7月7日(火)10時(日本時間7月7日(火)18時)に公開されました。

図1 本光触媒技術によるH2O2からのH2生成メカニズム
リン酸はH2O2と水素結合することによりH2O2を安定化し、励起電子による還元を抑制する。

図2 疑似太陽光照射(λ>420nm)による照射時間とH2生成量およびH2選択率の関係
H2は光照射にともない継続的に生成し、H2選択率もほぼ一定である。

研究の背景

H2O2は燃料電池発電のための燃料として利用できるため、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリアとして注目を集め始めています。H2O2をエネルギーキャリアとして社会実装するには、水素キャリアとしても利用できる必要があります。すなわち、H2O2からH2を生成させる光触媒技術(H2O2→H2+O2, ΔG=+131kJ mol-1))を開発する必要があります。これには、光励起により生成した正孔によるH2O2の酸化(式2)と、励起電子によるH+の還元(式3)を進めることが必要です。ところが、H2O2の還元(式4)がH+の還元よりも優先して進行するほか、通常、光触媒として用いられる金属・金属酸化物触媒を用いた場合には、表面でH2O2が分解されてしまいます(式5)。そのため、これまでH2O2水溶液からH2を生成させた例はなく、H2O2を水素キャリアとして利用することはできないと考えられてきました。

研究の内容

研究グループでは、これまで有機半導体に注目した光触媒研究を進めてきました。そして今回、H2O2水溶液にH3PO4とメタルフリー光触媒を加えて太陽光(可視光)を照射する方法を開発しました。光触媒には、メタルフリー触媒の一例として、炭素と窒素からなる有機半導体(グラファイト状窒化炭素:g-C3N4)に、H2生成の過電圧を下げる炭素助触媒(グラフェン量子ドット:GQDs)を担持したGQDs/g-C3N4触媒を用いました。

(図1)のように、本GQDs/g-C3N4触媒はメタルフリーであるため、H2O2の分解(式5)は進行しません。本触媒は可視光を吸収することにより励起し、正孔と励起電子をそれぞれg-C3N4およびGQDs上に生成します。正孔はH2O2を酸化してO2を生成します(式2)。通常、光触媒上の励起電子はH2O2を還元しやすい(式4)ため、H+は還元されず、H2は生成しません。しかし、H3PO4はH2O2と水素結合を形成することにより、H2O2を安定化します。そのため、H2O2の還元(式4)は抑制され、結果的にH+が還元されてH2が生成する(式3)ようになります。(図2)に示すように、光照射時間にともなって直線的にH2生成量が増加することが分かります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

エネルギーキャリアは非化石燃料依存型社会を実現するための鍵となる物質と考えられています。気体であるため貯蔵・輸送の困難なH2に代わり、液体エネルギーキャリアであるアンモニア、有機ハイドライド、ギ酸などが研究されています。H2O2も有力な候補ですが、H2を生成させることができない問題がありました。我々の開発した方法では、古くから安定化剤として用いられているH3PO4をH2O2水溶液に入れ、安価なメタルフリー光触媒を加えて太陽光を照射する簡便な操作によりH2を生成させることが可能です。現状では、(図2)に示すように、分解したH2O2量に対する生成したH2の選択率は約6%であり、選択率の向上およびH2生成活性の向上が不可欠です。とはいえ、これまで不可能と考えられてきた本反応を、H3PO4とメタルフリー光触媒の添加により進めることができる点は、H2O2の水素・エネルギーキャリアとしての利用可能性を飛躍的に向上させるはずです。また、メタルフリー光触媒は、近年注目を集めており、多くの材料が合成されつつあります。そのため、今回の技術を応用することで、さらに高活性なH2製造プロセスが創製できると期待できます。

特記事項

本研究成果は、英国時間2020年7月7日(火)10時(日本時間7月7日(火)18時)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

タイトル:"Photocatalytic hydrogen peroxide splitting on metal-free powders assisted by phosphoric acid as a stabilizer"(リン酸を安定化剤とするメタルフリー粉末触媒上での過酸化水素の水素と酸素への光触媒的分解反応)
著者名:Yasuhiro Shiraishi, Yuki Ueda, Airu Soramoto, Satoshi Hinokuma, and Takayuki Hirai
DOI: 10.1038/s41467-020-17216-2

本研究は、JST戦略的創造推進事業個人型研究(さきがけ)「再生可能エネルギーの輸送・貯蔵・利用に向けた革新的エネルギーキャリア利用基盤技術の創出」、および科学研究費助成事業(新学術領域研究(公募研究))「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創製」(いずれも、研究代表者: 白石康浩大阪大学太陽エネルギー化学研究センター准教授)の支援により実施されました。

用語説明

※1 エネルギーキャリア
エネルギーを貯蔵・輸送するための化学物質。特に、アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸、H2O2など、海外など再生可能エネルギーが豊富な地域で得たエネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するのに用いられる化学物質を指す。

※2 メタルフリー粉末触媒
金属を含まない半導体粉末触媒であり、低コストである特長をもつ。通常の粉末触媒は、貴金属あるいは金属酸化物からできている。

※3 光触媒
光を吸収することにより生ずる正孔と励起電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。代表的な光触媒として、二酸化チタン(TiO2)が知られている。

※4 光触媒型H2O2製造法
空気存在下、光触媒粉末を懸濁させた水に太陽光を照射することにより、水とO2からH2O2を製造する方法(H2O+1/2O2→H2O2, ΔG=+117kJ mol-1))。正孔による水の酸化(2H2O→O2+4H++4e-)と、励起電子によるO2の還元(O2+2H++2e-→H2O2)によりH2O2を生成している。本反応は、自由エネルギー変化が正の値(ΔG>0)をとるアップヒル反応であるため、太陽光エネルギーを化学エネルギー(H2O2)として蓄積する人工光合成反応である。研究グループでは、開発したレゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)光触媒樹脂が、太陽エネルギー変換効率0.5%以上という、一般植物による天然光合成(~0.1%)を大幅に上回る非常に高い効率でH2O2を合成できることを明らかにしている(Y. Shiraishi, T. Takii, T. Hagi, S. Mori, Y. Kofuji, Y. Kitagawa, S. Tanaka, S. Ichikawa, T. Hirai, Resorcinol–formaldehyde resins as metal-free semiconductor photocatalysts for solar-to-hydrogen peroxide energy conversion, Nature Materials, 2019, 18, 985–993, DOI: 10.1038/s41563-019-0398-0)。この変換効率は、これまでに報告された粉末光触媒による太陽エネルギー変換反応としては最大の効率である。

※5 オンサイト
現場および現地での作業のことを示す。ここでは、H2を必要とする場所まで、H2O2を水素キャリアとして輸送し、そこでH2に変換する方法のことを指す。

参考URL

太陽エネルギー化学研究センター 平井研究室HP
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/hirailab/home.html

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