水を使用した新たな表面加工技術による高機能マイクロリアクターの低コスト量産製造技術の開発
DNA検査や再生医療、低摩擦素材などがより身近なものに
研究成果のポイント
・濡れ性を制御した高機能マイクロリアクター や細胞培養容器などの低コスト量産製造技術を開発
・これまでの高価な製造工程とは異なり、形状転写および成膜、選択性の薄膜除去技術を組み合わせた安価なプロセスでの製造を可能とした
・再生医療・再生医工学やバイオマーカー、DNA検査がより身近なものになるとともに、光制御技術といった新分野への応用に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授と㈱クリスタル光学の研究グループは、濡れ性を制御し微細な表面凹凸と機能性薄膜を組み合わせたナノ・マイクロスケールの微細構造製造技術を開発しました (図1) 。
従来のマイクロリアクターは、これまでフォトリソグラフィー などの手法で製造されていましたが、高価な装置が必要で生産性の低いプロセスでありました。
今回、研究グループは型を用いた形状転写と薄膜形成技術、これに独自開発した超精密加工技術である“Water-CARE”を適用した画期的な手法で、高機能マイクロリアクターや細胞培養容器などの低コスト量産製造技術の開発に成功しました。これにより、再生医療やDNA検査などが汎用化され医療・バイオに関する研究開発が飛躍的に進むこと、またフォトニック結晶 やメタマテリアル などの光制御技術の発展も期待されます。
図1 本技術で製造した高機能マイクロリアクター
研究の背景
現在、形状転写による微細構造形成技術は非常に活発な研究開発が行われており、半導体向けのナノインプリント に代表されるように線幅数十ナノメートルといった超微細・複雑形状までが加工可能となっています。また、機能性膜の成膜技術も日々進化しており、様々な特性を持つ膜をナノメートルレベルの厚みで、これら微細表面構造上に積層して形成することも可能です。この結果、濡れ性を制御したフィルムや、離型性を向上させた金型、反射を抑えたディスプレイや高性能太陽電池など、様々な分野への応用と実用化が始まっています。しかしながら、更なる高機能化を目指すには、前述した微細表面構造と組み合わせて任意の場所で機能性が発現されるハイブリッド構造が必要となります。現状では、研究室レベルでこれらハイブリッド構造を形成することは可能ですが、高コストな製造プロセスが必要で、実用化には何らかのブレイクスルーが求められています。
研究の内容
山内教授らは凹凸のある表面を凸部から化学エッチングできるWater-CARE法を開発しました。Water-CARE装置 (図2) は、従来の研磨装置と同様の構成ですが、研磨パッド表面に触媒機能を持つプラチナやニッケル層などが100 ナノメートル程度成膜されています。通常の研磨法では微細な砥粒や化学薬品を含むスラリー 中で研磨パッドが表面をこすることによって、加工物の凸部が優先的に除去され平滑な表面が得られます。Water-CARE では、スラリーを用いず、水のみによって、加工物表面をエッチングします。触媒表面が水分子を介して加工物に原子スケールまで近づいたときに化学反応が誘起されるため、従来の研磨の場合と同様に、確率的にパッド表面に近づきやすい加工物の凸部から優先的にエッチングが進み、平滑な表面を得ることができます。砥粒や化学薬品を用いず、水のみで加工ができるため、クリーンルームとの整合性に優れ、また、産業廃棄物の出ない環境調和性に優れた加工法です。
従来の技術では、溝部をマスクして露出部の親水性皮膜をエッチングし、その後マスクを取り除く方法や、精密な研磨によって凸部にある不要な親水性皮膜を、研磨量を制御しながら取り除く方法などがありますが、多くの工程や精密な制御が必要でした。Water-CAREを用いることにより、非常に簡便で安価な製造法を実現することに成功しました。また、Water-CARE 法では加工液が水のみであり、研磨粒子などが溝内に入り込むことが無いため、次工程の洗浄への付加を大幅に低減できるメリットも得られました。
図2 Water-CARE装置。パッド表面に触媒金属の薄膜が形成されている以外は、通常の研磨装置とほぼ同等。軟質基材は通常の研磨パッド。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究開発は当初より、将来の量産化を見越した低コストの製造技術の確立を目標としました。この画期的な研究成果を応用することで、表面の濡れ性制御だけでなく、光や摩擦係数の制御といった様々な機能性表面を安価に創成する可能性が示されました。将来的には、DNAや癌、疾病・疾患のセルフチェックが家庭で行えるようになり、また再生医療やバイオ技術の発展に直結し、エネルギーロスを低減した太陽電池などで省エネ・創エネも期待されます。
特記事項
本研究開発は、中小企業庁「平成26年度補正 ものづくり・商業・サービス革新補助金」による開発の一環として行われました。
参考URL
大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 超精密加工領域
http://www-up.prec.eng.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- マイクロリアクター
マイクロメーターサイズの微小な空間を反応場とする反応装置。大きなスケールの他の装置と比べ、エネルギー効率、反応速度、収率、安全性、拡張性や、対応できる反応と反応条件の制御性に優れるとされる。
- フォトリソグラフィー
感光性の物質を塗布した物質の表面を、パターン状に露光することで、露光された部分と露光されていない部分からなるパターンを生成する技術。主に、半導体素子、プリント基板、印刷版、液晶ディスプレイパネル、プラズマディスプレイパネルなどの製造に用いられる。
- フォトニック結晶
異なる屈折率を持つ部分が周期的に配された構造体。2種類以上の材料、または1種類の材料と空隙によって数百 ナノメートル程度の周期構造をもたせたものを指す。低損失のまま光の道筋を急激に変えたり、わずかな波長の違いによって屈折角が大きく変化したりする性質を持つ。
- メタマテリアル
人為的に性質を変化させた物質。特に光などの電磁波に対して負の屈折率をもつなど、自然界に見られる物質とは異なる振る舞いを示す物質を指す。
- ナノインプリント
微細金型を用い、フィルムやガラスなどの基材上に塗布された紫外線硬化樹脂や熱可塑性樹脂に、ナノメートルからマイクロメートルオーダーの微細パターンを安価に転写して形成する微細加工技術。
- スラリー
研磨加工に用いる加工液であり、研磨粒子を分散した液体。