「加熱」「すり潰し」で可逆的に発光する金化合物の合成に成功

「加熱」「すり潰し」で可逆的に発光する金化合物の合成に成功

発光センサーデバイスや夜間発光塗料などへの応用に期待

2016-5-27

研究成果のポイント

・「加熱」「すり潰し」で二段階の可逆な発光色変化を示す強発光性の金錯体 を合成・変換するメカニズムを解明
・これまでの金錯体は、直線2配位型の金(l)イオンから構成されていたが、平面3配位の構造で合成に初めて成功
・環境応答型の夜間発光塗料などの新しいクロミック材料や温度変化を発光で検知できる発光センサーデバイスの開発進展に期待

リリース概要

大阪大学大学院理学研究科 今野巧 教授をはじめとする国際共同研究チームは、「加熱」と「すり潰し」により二段階の可逆な発光色変化を示す強発光性金錯体を合成し、その変換メカニズムを解明しました (図1) 。この発光性材料の金(l)イオンは、一般的に用いられる「直線2配位 」ではなく「平面3配位」の構造をもち、強発光性で、「熱」や「すり潰し」に応答するという特性があります。本研究成果によって、外部刺激に応答して発光色の変わるクロミック材料 を構築する新たな手法として、夜間に使用される塗料やセンサー材料など、様々な分野での応用が期待されます。

本研究の成果は、日本時間5月17日(火)に英科学誌「Scientific Reports」オンライン版で公開されました。

図1 加熱と機械的刺激による「緑色発光錯体」、「黄色発光錯体」、「青色発光錯体」の相互変換研究の背景

研究の背景

金(l)イオンは、イオン間で金-金相互作用 と呼ばれる引力的な相互作用を示し、この相互作用に由来する発光特性を示すことが知られています。また、このような発光性の金(l)錯体は、外部刺激(加熱、すり潰し、有機蒸気の暴露等)によって、その発光色を変化させることが知られています。このため、金(l)錯体は、外部環境に応答して発光色の変化を示すクロミック化合物として注目されており、化学/生物学センサーや有機EL 材料への応用の可能性が期待されています。

金(l)イオンは直線2配位、平面3配位、四面体4配位の3種類の配位構造を柔軟に取り得ることが報告されています (図2) 。しかしながら、これまでに合成されている発光性クロミック金錯体は、ほぼ例外なく、直線2配位型の金(l)イオンから構成されています。これは、直線2配位型の金(l)イオンは構造的に最も「柔らかく」、溶媒蒸気への暴露、温度変化、機械的刺激などの外的要因に応答して金-金間相互作用が変化しやすいことによります。一方、3配位以上の配位数をもつ金(l)イオンは、構造的に「硬い」ために、金-金間相互作用の変化が乏しく、クロミック化合物には適さないと考えられてきました。

図2 金(l)錯体の典型的な配位環境
直線型2配位構造、平面型3配位構造、四面体型4配位構造(Lは配位子)

研究の成果

<脱溶媒による結晶相から非晶質相への変換>
今回、本研究チームは、分子内に2つのリン原子をもつ有機配位子であるビスジフェニルホスフィノメタン(dppm) 金(l)イオンとの反応から、平面3配位型の金(l)イオンをもつ二核錯体([Au 2 (dppm) 3 ]Cl 2 、以下[1]Cl 2 )を合成しました。錯体[1]Cl 2 は、室温で緑色発光を示し、その発光量子収率(φ)は95%以上と非常に強い発光であることが分かりました。一方、同じ有機配位子をもつ直線2配位型の金(l)イオンをもつ二核錯体([Au 2 (dppm) 2 ]Cl 2 )、以下[2]Cl 2 )は、室温で青色発光を示し、その発光量子収率は約70%と比較的低いことが分かりました (図3) 。つまり、金イオン周りの配位構造を変化させることにより、その発光色の調整が可能であり、特に、平面3配位の方がより高い量子収率を達成できることを明らかにしました。これは、より多くの有機配位子が金イオンに配位することにより、より剛直な分子構造となり、無放射過程 が抑制されたためと考えられます。

図3 平面型3配位錯体[1]Cl 2 (緑色発光)、および直線型2配位錯体[2]Cl 2 (青色発光)の構造

<脱配位子による平面3配位構造から直線2配位構造への構造変換>
さらに、[1]Cl 2 について熱的安定性を調査したところ、加熱により2段階の発光色変化(緑色→黄色→青色)が起こることを見出しました (図4) 。粉末X線測定、固体NMR測定、熱重量分析から、1段階目の変化(緑色→黄色)は、平面3配位錯体の構造を保ったまま結晶溶媒が脱離し、非結晶相へと変化することに対応することが分かりました。2段階目の変化(黄色→青色)は、高輝度光科学研究センター(JASRl)の大型放射光施設SPring-8(BL19B2)の共同利用実験による粉末X線構造解析 により、直線2配位構造を有する金(l)錯体の生成によるものであることを確認しました。つまり、錯体[1]Cl 2 中の3つのdppm配位子のうち、1つの配位子が固体中で脱離し、直線2配位構造の錯体[2]Cl 2 へと変換したことが分かりました。

上記変化の過程で、脱溶媒した水は大気中に拡散しますが、錯体から脱離したdppm配位子は揮発せず、固体中に留まっています。そのため、構造変換は逆反応も可能であり、青色発光の錯体をすり潰すと黄色発光へ、さらに水を加えると緑色発光の結晶相へと戻ることが確認されました。

図4 錯体[1]Cl 2 の加熱による構造/発光色変

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、平面3配位型金(l)イオンをもつ錯体[1]Cl 2 が劇的な発光色変化を伴う可逆な2段階相互変換を示すことを見出しました。この相互変換反応は、(i)脱溶媒による結晶相から非晶質相への変換と(ii)脱配位子による平面3配位構造から直線2配位構造への構造変換によるものであることを明らかにしました。これまで、平面型3配位構造の金(l)錯体は、その構造剛直性からクロミック材料として注目されていませんでした。

本研究結果は、平面3配位構造の金錯体が強発光性に優れ、かつ、熱や機械刺激に応答するクロミック挙動を示し得ることを示しています。今後、本研究成果に基づいて、直線2配位に限らず、平面3配位構造の金錯体を利用した新しいクロミック材料や発光センサーデバイスの開発が進展することが期待されます。

特記事項

本研究はJST戦略的創造推進事業(CREST)ならびに大阪大学インタラクティブ物質科学・カデットプログラムにより支援を受けて実施しました。

掲載論文

本研究成果は英国科学雑誌「Scientific Reports」で、日本時間5月17日(火)にオンライン公開されました。

【論文タイトル】
"Crystalline-Amorphous-Crystalline Transformation in a Highly Brilliant Luminescent System with Trigonal-Planar Gold(l) Centers"
(「平面3配位金(l)中心をもつ強輝度発光系における結晶-非結晶-結晶変換」)
【掲載誌】
Scientific Reports 2016 6, 26002. ( http://dx.doi.org/10.1038/srep26002 )
【著者】
Kosuke lgawa, Nobuto Yoshinari, Mitsutaka Okumura, Hiroyoshi Ohtsu, Masaki Kawano & Takumi Konno
(井川高輔、吉成信人、奥村光隆、大津博義、河野正規、今野巧)

参考URL

大阪大学大学院理学研究科化学専攻 今野研究室HP
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/konno/

用語説明

錯体

水やアンモニアなどの無機物やアミノ酸などの有機物は、非共有電子対を持つ原子部分で金属イオンに結合することができ、これらは配位子と呼ばれています。錯体とは、金属イオンとそれに結合した配位子の複合体を指し、金属の種類、配位子の種類によって、直線2配位構造、平面4配位構造など樣々な構造を採ることが知られています。

配位

2配位、3配位:

金属錯体において、金属中心に結合している原子の数を配位数という。配位数が2の場合を「2配位」、3の場合を「3配位」などと称します。金(l)イオンの場合は2配位、3配位、4配位が一般的です。

クロミック材料

発光や吸収をする物質のうち、外部刺激や化学変化に応答して発光や吸収の色が変化する物質。温度や熱による色の変化を「サーモクロミズム」、機械的刺激による色の変化を「メカノクロミズム」と呼びます。デジタル時計・電卓の表示板に使われる液晶や、眼鏡の調光レンズとして使用されています。

金-金相互作用

金原子間には、水素結合程度の強さをもつ引力的な相互作用が働くことが知られており、この相互作用を金-金相互作用と呼びます。金原子間の距離が近いほど、強い金-金相互作用を示し、金錯体が発光性を示す原因の1つとして知られています。

有機EL

有機エレクトロルミネッセンス(Organic ElectroLuminescence)の略で、電流を流すと発光する性質の有機物質を応用した発光現象のことです。次世代ディスプレイや照明技術の応用に期待されています。

ビスジフェニルホスフィノメタン(dppm)

下図 のような分子構造をもつリンを含む有機物であり、金(l)イオンに強く結合する性質を示します。

無放射過程

高いエネルギー状態(励起状態)にある分子が通常の状態(基底状態)に戻る際、エネルギーの一部を光として放出する物理現象を「発光」といい、その変化の過程は放射過程と呼びます。一方、励起状態から基底状態に戻るときに光を放出しない場合を無放射過程と呼び、この場合、エネルギーは熱として周囲に与えられます。発光材料が吸収した光のうち、放射過程に使われた割合が発光量子収率であり、発光量子収率が大きいほど強い発光材料であるといえます。

X線構造解析

結晶性物質にX線が照射されると、様々な方向にX線が回折されます。この回折の方向や強度は結晶内部の電子密度分布の情報を含んでいるため、これを解析することにより、結晶中の分子構造を決定することができます。金属錯体の場合、単結晶試料を用いたX線構造解析が一般的でありますが、多結晶(粉末)試料を用いた構造解析も可能であります。