世界初!水和カリウムイオンによる超イオン伝導を発見

世界初!水和カリウムイオンによる超イオン伝導を発見

低コストで安全な全固体カリウム電池に道筋

2018-11-2自然科学系

研究成果のポイント

・低コスト電池材料として注目されるカリウムイオンの高いイオン伝導率 を実現する新しいイオン性固体を発見
・これまで、カリウムイオンはサイズが大きいために運動性が低く、イオン伝導率の増大が電池構築の課題とされていたが、比較的大きなサイズのアニオン性金属錯体 と多数の結晶水をイオン性固体に導入することにより運動性が飛躍的に向上
・安全で廉価、かつ高湿度下でも動作可能な全固体二次電池 への応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の今野巧教授、吉成信人講師、山下智史助教、中澤康浩教授らの研究グループは、水和カリウムイオンが伝導イオン種となる超イオン伝導体 を世界で初めて発見しました。

カリウムイオン(K + )は、資源が豊富で低コスト化ができることから、ナトリウムイオン(Na + )とともにリチウムイオン(Li + )に代わる電池材料として注目されています。しかしながら、カリウムイオンは、イオン半径が大きく重いため、水素イオン(H + )やリチウムイオンに比べて結晶中の運動性が低く、電池構築の鍵となる高いイオン伝導率を示すカリウムイオン伝導体の設計が困難とされていました。

今回、今野教授らの研究グループは、大きな負電荷とナノメートルサイズ のイオン半径をもつアニオン性金属錯体を多数の結晶水とともに導入したイオン結晶 (図1) を合成し、その単結晶でのK + イオン伝導性を調査しました。その結果、室温におけるK + イオン伝導率が1.3×10 -2 S/cmにも達し、水和カリウムイオンが伝導種となる超イオン伝導体であることを世界で初めて発見しました。同時に、Na + イオンやLi + イオンを含む類似のイオン結晶についても伝導率の調査を行い、通常のアルカリ金属イオン伝導体とは反対に、イオン伝導率がリチウムイオン(Li + )< ナトリウムイオン(Na + )< カリウムイオン(K + )の順に増加することも明らかにしました (図2) 。今後、この発見により、安全で廉価、かつ高湿度下でも動作可能な全固体二次電池の開発が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Chemical Science」に、10月26日(金)17時(日本時間)に公開されました。

図1 今回開発したイオン伝導体の結晶構造。
黄色で示した部分がイオン伝導経路となる。

図2 各イオンのイオン伝導率
縦軸が上に行くほど高いイオン伝導率であることを示す。

研究の背景と内容

イオン結晶のうち、固体状態であるにもかかわらず、カチオン種 あるいはアニオン種 が高い運動性をもち、電気良導体となる物質はイオン伝導体と呼ばれ、安全性に優れた全固体イオン二次電池およびセンサーとしての応用可能性が研究されています。現在、全固体イオン二次電池の素材として、リチウムイオンが主に利用されていますが、リチウムは産出地が限られる希少材料であり、安定供給に課題があります。このため、より資源が豊富で低コスト化が期待できるナトリウムイオンやカリウムイオンを利用した電池が、ポストリチウム電池として注目を集めています。中でも、カリウムイオン電池は、高電圧電池が構築可能と予想されることから、全固体イオン二次電池の開発が希求されています。しかしながら、カリウムイオンは、比較的イオン半径が大きく原子量が大きいため、水素イオン(H + )、リチウムイオン、ナトリウムイオンに比べて結晶中の運動性が低く、電池構築の鍵となる高いイオン伝導率を示すカリウムイオン伝導体の開発は困難とされていました。

今野教授らの研究グループでは、高いカリウムイオン伝導率を実現するため、以下の合成指針を設定しました。(i)アニオン種のサイズを増大させ、表面電荷を減少させる、(ii)アニオン種の負電荷を大きくし、内包するカリウムイオンの数を増加させる、(iii)極性溶媒分子を導入してカリウムイオンとアニオン種の間の静電引力を低減させる。この指針に従い、含硫アミノ酸の1種であるL-システイン(L-H 2 cys)を用いてアニオン性金属錯体([Rh 4 Zn 4 (L-cys) 12 O] )を合成し、これに対カチオン種としてカリウムイオンを複合化させることにより、多数の結晶水を含んだイオン結晶(K 6 [Rh 4 Zn 4 (L-cys) 12 O]·nH 2 O)を単離しました。このアニオン性金属錯体は、直径が1.6ナノメートルと、一般的な単原子アニオン(直径0.3-0.4ナノメートル)よりも4倍以上大きく、また6価の負電荷をもち、水分子とともに多量のカリウムイオンを結晶中に取り込むことに寄与しています。得られた結晶中のカリウムイオンと水分子の分布の様子と結晶純度は、高輝度光科学研究センター(JASRl)の大型放射光施設SPring-8の共同利用施設(BL02B1/BL02B2)での単結晶X線構造解析 ならびに粉末X線回折 により決定されました。また、そのイオン伝導性は交流インピーダンス法により評価され、室温におけるイオン伝導率が1.3×10 -2 S/cmという超イオン伝導体であることが判明しました。同時に、ナトリウムイオンやリチウムイオンを含む類似の結晶についても伝導率の調査を行ったところ、イオン伝導率が、リチウムイオン(Li + )<ナトリウムイオン(Na + ) <カリウムイオン(K + )の順で増加し、一般的なイオン伝導体と反対の傾向にあることも明らかにしました。この高いイオン伝導率がカリウムイオンの移動に由来することは、各種の固体核磁気共鳴測定、イオン拡散実験、およびイオン交換実験により証明され、さらにカリウムイオンは水分子と配位した水和カリウムイオンという、より大きなイオンの状態で移動していることも示されました。

以上の結果から、今回合成したイオン結晶(K 6 [Rh 4 Zn 4 (L-cys) 12 O]·nH 2 O)は、水和カリウムイオンが伝導種となる初めての超イオン伝導体であることを明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、金属-有機複合化合物である金属錯体を用いたイオン結晶が、アルカリ金属イオン伝導体として優れた媒体になることが示されました。過去に報告されている超イオン伝導体の多くは、セラミクスなどの無機材料であり、成形や合成に500℃以上の高温が必要とされる点も難点とされていました。一方で、金属錯体ベースのイオン結晶は、柔らかい材料であり、室温成形や再結晶が容易である点も優れています。今回調査された材料には、酸化還元に対する耐久性の向上などに課題が残りますが、金属錯体ベースのイオン結晶が新しいイオン伝導材料として認知され、安全性に優れた全固体カリウムイオン二次電池の研究開発に新たな道を開いたと考えられます。

特記事項

本研究成果は、2018年10月26日(金)17時(日本時間)に英国科学誌「Chemical Science」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Mobility of Hydrated Alkali Metal Ions in Metallosupramolecular Ionic Crystals”
著者名:Nobuto Yoshinari, Satoshi Yamashita, Yosuke Fukuda, Yasuhiro Nakazawa and Takumi Konno
DOI:10.1039/C8SC04204G

本成果は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「新機能創出を目指した分子技術の構築」(研究総括:山本尚中部大学教授)、研究課題名:「新物質観をもつイオン性固体の創製と新機能創出を導く錯体分子技術の開拓」(研究代表者:今野巧大阪大学教授、研究期間:平成25年10月~平成31年3月)、日本学術振興会科学研究費助成事業(研究代表者:今野巧大阪大学教授、研究期間:平成28年4月~平成30年3月)、徳山科学技術振興財団助成金(研究代表者:吉成信人大阪大学講師、研究期間:平成28年4月~平成29年3月)の支援を得て実施されました。

また、上記研究課題では大阪大学の上田貴洋教授、戸所泰人博士、羽子岡仁志博士、英国リーズ大学のMalcolm Halcrow教授の協力を得て行われました。

研究者のコメント

水を含む化合物の多くは、水素イオン(H + )が伝導イオン種となるプロトン伝導体に区分されることが一般的です。このため、今回の化合物の伝導イオン種がH + ではないか、と疑問を投げかけられることが多く、真にカリウムイオン伝導であることを証明することに苦労しました。今回の研究をきっかけに、リチウムイオンに代わる全固体イオン二次電池の開発が進展することを期待しています。

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻 今野研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/konno/index.html

用語説明

イオン伝導率

イオンがどの程度通過しやすいかを示す指標となる値。電気抵抗の逆数がコンダクタンス(単位はS(ジーメンス))であり、物質の単位長さあたりのコンダクタンスが伝導率です。伝導率の単位は慣習的にS/cmが用いられます。イオンが電気を輸送する媒体となる場合、特にイオン伝導率といいます。

アニオン性金属錯体

水やアンモニアなどの無機物やアミノ酸などの有機物は、非共有電子対を持つ原子部分で金属イオンに結合することができ、これらは配位子と呼ばれています。金属錯体とは、金属イオンとそれに結合した配位子の複合体を指します。負電荷をもつ金属錯体のことをアニオン性金属錯体と呼びます。

全固体二次電池

二次電池は、主に負極、電解質、正極の3つの部分から構成されており、一般には、電解質として、液体である電解質溶液が利用されており、液漏れや可燃性などの問題点が指摘されています。全固体二次電池は、電解質として固体電解質を利用し、負極、電解質、正極の全てが固体である二次電池を指し、安全性に優れた次世代電池の候補とされています。

超イオン伝導体

イオン伝導体のうち、電解質水溶液の伝導率に匹敵する10 -3 S/cm(0.001S/cm)を超えるイオン伝導率を示すものを、超イオン伝導体と呼びます。溶液系電解質の代替として実用可能な性能を示す指標とされています。

ナノメートルサイズ

1ナノメートルは、10億分の1メートルを指します。一般的な原子のサイズが0.1-0.3ナノメートル程度であり、1ナノメートルを超える大きさのことを「ナノメートルサイズ」と表現します。

カチオン種

正の電荷を帯びた化学種のことを指します。「陽イオン」と同義です。

アニオン種

負の電荷を帯びた化学種のことを指します。「陰イオン」と同義です。

X線構造解析

結晶性物質にX線が照射されると、様々な方向にX線が回折されます。この回折の方向や強度は結晶内部の電子密度分布の情報を含んでいるため、これを解析することにより、結晶中の分子構造を決定することができます。金属錯体の場合、単結晶試料を用いたX線構造解析が一般的です。

粉末X線回折

結晶性物質にX線を照射した際、物質により固有の角度でX線が回折されます。この性質を利用して、粉末状の検体に対して、物質の種類、純度、粒子径などを調査する手法が粉末X線回折です。

交流インピーダンス法

材料に対して様々な周波数の交流電場を印加し、そのインピーダンスを測定することにより、材料の抵抗ならびに伝導率を測定する手法です。イオン伝導体は直流電流が通過しないため、一般に、交流インピーダンス法を用いてイオン伝導率を評価します。