2015年6月5日

本研究成果のポイント

・新たな多機能電子素材として期待される「マルチフェロイック物質」において、電場や磁場による電子機能の制御過程を可視化することに世界で初めて成功
・磁場による強誘電性の制御手法を実証し、新しいメモリ・ロジック素子の基礎原理を確立
・従来材料とは異なる電子機能を発見、新原理・新機能のエレクトロニクス創出に期待

概要

東北大学大学院理学研究科の松原正和准教授、青山学院大学理工学部の望月維人准教授(JSTさきがけ研究者兼任)、大阪大学大学院基礎工学研究科の木村剛教授らは、新たな多機能電子素材として注目される「マルチフェロイック物質※1 」において、新しい電子機能制御手法を実証し、その基礎原理を確立しました。

近年、物質中で電気と磁気の性質を兼ね備えたマルチフェロイック物質が物質科学の最先端基礎研究の対象として注目を集めています。これは、磁石の性質を持つ特殊な強誘電体※2 で、これらにおいては、電場(電圧)により磁石の強度を制御することや、磁場により誘電的な特性を制御することが可能になるため、画期的な機能を持ったメモリデバイスなどへの応用が期待されています。そのため、マルチフェロイック物質における電子機能のメカニズム解明と新機能創出を目指し、現在、世界中で激しい研究競争が行われています。

今回、松原准教授らは、マルチフェロイック物質を電場・磁場等の外場で制御し、その電子機能制御過程を可視化することに世界で初めて成功しました。これにより、強誘電性を磁場で自在に制御できることを実証し、新しいメモリ・ロジック素子の基礎原理を確立しました。さらに、従来認識されていなかった新たな電子機能を発見し、理論的考察によりその発生メカニズムを解明しました。これらの成果は、夢の多機能電子素材としてのマルチフェロイック物質の研究開発に新たな道を拓くだけでなく、今後、今回発見された新原理・新機能を用いた革新的なナノ(ナノは10億分の1)エレクトロニクスへの展開が期待されます。

本研究成果は、2015年6月5日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されました。

研究の背景

近年、物質中で電気と磁気の強い結びつきを示す材料が注目を集めています。これらは、「マルチフェロイック物質」と呼ばれ、磁石の性質(磁性)を兼ね備えた強誘電体です。強誘電体とは、結晶内部に自発的な正と負の電荷の偏り(電気分極注※3 )を持ち、その向きを外部電場(電圧)により反転できる物質です。この性質を利用して、ICカードなどの不揮発性のメモリ(強誘電体メモリ、FeRAM)や、圧力を加えると電圧が発生するピエゾ素子などに応用され、今日の産業において重要な素材となっています。通常の強誘電体は磁石の性質を持っていませんが、これを兼ね備えたマルチフェロイック物質では、磁場を変化させて誘電的な特性(電気分極)を制御することや、電圧を変化させて磁気的な特性を制御することができ、革新的なエレクトロニクス創成への期待から、近年、世界中で活発に研究が行われています。

今回研究対象とした物質は、テルビウム(Tb)とマンガン(Mn)と酸素(O)からなる「TbMnO3」というマルチフェロイック物質です。この物質は、-246℃以下の温度で電子が持つミクロな磁石の性質(スピン※4 )が空間的に規則的に配列し、これに伴って強誘電分極が生じることが知られていました。この「磁石の性質を持つ特殊な強誘電体」において、磁場により強誘電分極を制御できることが発見されて以来、この特異な現象の原因究明と、同様の機構を持つマルチフェロイック物質の探索が精力的に行われています。しかしながら、マルチフェロイック物質が示す特異な電子機能のメカニズムについては未だ分かっていないことが多く、今後の研究開発を加速させるためには、電場や磁場による電子機能の制御過程をミクロなレベルで解明することが強く求められていました。

研究内容

今回、松原准教授らは、非線形光学効果注※5 の一種である第二高調波発生※6 を用いた光学的手法により、TbMnO3における電気的かつ磁気的な応答をする特異な強誘電分極を可視化することに世界で初めて成功し、マルチフェロイック物質に特有な強誘電分極の振る舞いを発見しました。

実験ではまず、「電場による強誘電分極の制御」過程が明らかにされ、電気的・磁気的な性質を備える強誘電分極が、電場により制御可能な通常の強誘電体としての機能を持っていることが確認されました(図1)

この物質の特徴は、電場によってだけでなく、磁場によっても強誘電分極を制御できる点にあります。これまでの研究から、磁場印加により結晶内で強誘電分極の向きが90度回転することが知られていました。今回、この「磁場による強誘電分極の回転」過程を可視化してみると、興味深いことに回転の前後で強誘電ドメイン※7 構造自体は本質的には変化していないことが明らかになりました(図2) 。このような、電気分極の変化に直接的な影響を受けない強誘電ドメイン構造は、電気的な性質のみを持つ通常の強誘電体には見られないものです。この特異な性質は、磁場印加の前は電気的に中性だったドメイン壁※7 (図2C) が磁場印加により荷電したドメイン壁に変化することを示唆しています(図2D) 。さらにこの過程において、強誘電分極の方向は磁場により意図した方向に90度回転することができ、その方向は自在に制御できることが分かりました。

このようなことが起きるミクロなメカニズムは詳細な理論的考察により解明され、電気的エネルギーの利得よりも磁気的エネルギーの利得を稼ぐために起きる、マルチフェロイック物質に特有な現象であることが分かりました。このメカニズムは、強誘電性を磁場で制御する新しいメモリ・ロジック素子の基礎原理として用いることができるだけでなく、これを利用すれば、電気的に異なる性質を持つ2種類のドメイン壁(電気的に中性なドメイン壁と荷電したドメイン壁)を磁場により選択的に作り出すことが可能になるため、将来的にはドメイン壁を利用した全く新しいナノスケールのエレクトロニクスへの展開が期待されます。

今後の展開

本研究によって明らかになった、磁石の性質を持つ強誘電体を電場・磁場等の外場により制御するミクロなメカニズムは、電気と磁気の強い結びつきを持つマルチフェロイック物質において一般的に成り立つことが期待されるため、同様の機構を持つ材料を研究するうえで重要な知見を与えるものです。今回の成果は、これらの新規な多機能材料における研究開発に新たな道を拓くだけでなく、今後、今回発見された新原理・新機能を用いた革新的なナノエレクトロニクスデバイスなどへの応用が期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Science
論文タイトル:Magnetoelectric domain control in multiferroic TbMnO3
論文タイトル訳:マルチフェロイック物質TbMnO3における電気磁気ドメイン制御
著者:Masakazu Matsubara, Sebastian Manz, Masahito Mochizuki, Teresa Kubacka, Ayato Iyama, Nadir Aliouane, Tsuyoshi Kimura, Steven Johnson, Dennis Meier, and Manfred Fiebig
DOI:10.1126/science.1260561

特記事項

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」研究課題名「高いデバイス機能を有するナノスケールトポロジカル磁気テクスチャの理論設計」(研究者:望月 維人)の一環として行われました。

参考図

図1 強誘電ドメイン構造の実空間観測と電場による強誘電分極の制御
(A-I)マルチフェロイックTbMnO3結晶のc軸方向に電場を印加した際に強誘電ドメイン構造が変化する様子を、第二高調波発生を用いた光学的手法により可視化した写真。図中で白い(黒い)部分がc軸のプラス(マイナス)方向に電気分極が向いている領域に対応する。反対方向を向いた電気分極を持つドメインを隔てる強誘電ドメイン壁が電場に対して動くことにより、一方のドメインの拡大ともう一方のドメインの縮小を引き起こし、印加する電場の極性により電気分極の方向を自由に制御できる。(J)電場印加により得られた強誘電分極の履歴曲線。電場の反転で電気分極も反転し、強誘電体としての特徴を有している。

(注)今の場合は、強誘電ドメイン(壁)が同時に磁気的なドメイン(壁)にもなっているため、電気的・磁気的性質を兼ね備えたマルチフェロイックドメイン(壁)になっている。

図2 磁場による強誘電分極の制御と磁場制御可能な電気的ドメイン壁の生成
(A、C)外場を加えていないときのマルチフェロイックTbMnO3結晶の強誘電ドメイン構造。電気分極はc軸方向(矢印の向き)を向いており、上向きと下向きの電気分極の領域を隔てるドメイン壁は電気的に中性になっている。

(B、D)TbMnO3結晶のb軸方向に10テスラ(10万ガウス)の磁場を印加した際の強誘電ドメイン構造。磁場の印加により電気分極はc軸方向からa軸方向(矢印の向き)に変化するが、ドメイン構造自体は変化しない。これにより、左向き(右向き)と右向き(左向き)の電気分極の領域を隔てるドメイン壁はマイナス(プラス)の電荷を帯びることになる。この際、磁場により強誘電分極を意図した方向に90度回転することができ、その方向は自在に制御できる。これは、磁場によって電気分極の向きを制御することで、電気的に中性なドメイン壁と荷電したドメイン壁を選択的に作り出すことができることを示している。

用語解説

※1 マルチフェロイック(マルチフェロイック物質)
フェロイックとは、物質中の電気的、磁気的、弾性的な偏りが巨視的に向きを揃え、長距離秩序を作っている様子を指す。複数の異なる秩序がある場合をマルチ(多重)フェロイックと呼び、そのような性質を持つ物質をマルチフェロイック物質と呼ぶ。強磁性(Ferromagnetic)、強誘電性(Ferroelectric)、強弾性(Ferroelastic)などの性質を複数有する物質がこれに対応する。最近では、強誘電体であり、同時に磁気秩序も示す物質を指すことが多い。マルチフェロイック物質の重要な性質は、秩序間の相互作用によって一つの秩序を外場で変調させたとき、別の秩序も変化することである。このような特性があれば、磁場を変化させて誘電的な特性を制御することや、電圧を変化させて磁気的な特性を制御することが可能となる。

※2 強誘電体
外部から電場(電圧)を印加しない状態でも結晶内部に正と負の電荷の分布にずれ(電気分極)を持ち、その方向が外部電場(電圧)により反転可能な性質を持つ物質のこと。

※3 電気分極
通常の物質は、物質中に等しい大きさの正電荷と負電荷を持つが、それぞれの重心位置は両者で一致しているため、物質全体としては電荷の偏りを持たない。しかし、強誘電体においては、それらの重心位置が一致しておらず、物質中で電荷の偏りを持つ。これを電気分極と呼ぶ。

※4 スピン
電子が持つ自転のような性質で、電子スピンは磁気(微小な磁石)を帯びている。電子スピンは物質の磁性の源である。

※5 非線形光学効果
物質に強い光を照射したときに起きる、光と物質の非線形な(つまり、光の電磁場強度に比例しない)相互作用に由来した光応答のこと。入射光強度の2乗、3乗、・・・に比例する光学効果を、それぞれ2次、3次、・・・の非線形光学効果と呼ぶ。

※6 第二高調波発生
非線形光学効果の一種で、物質にある波長の光を照射した時に、その半分の波長の光が物質から出射される現象を第二高調波発生(Second Harmonic Generation: SHG)と呼ぶ。一般に、強誘電体などの空間反転対称性が破れた物質で強く観測される。

※7 強誘電ドメイン、強誘電ドメイン壁
強誘電体において、電気分極の向きが揃っている領域を強誘電ドメインと呼び、異なるドメインを隔てる境界面を強誘電ドメイン壁と呼ぶ。通常、特別な処理を施していない強誘電体は、異なる電気分極の向きを持つドメインが2種類以上存在する。電場(電圧)を印加すると、その電場の向きを向いている電気分極を持つドメインが成長し、他のドメインは小さくなる。この過程では、境界面であるドメイン壁が動いており、その結果としてドメインの拡大/縮小が起きる。

参考URL

研究室HP
http://www.crystal.mp.es.osaka-u.ac.jp/index.html

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