2014年4月7日

本研究成果のポイント

・らせん状に配列した電気四極子を起源とする鏡像構造を実証
・電気四極子らせん配列の右および左巻き構造の共存状態の空間分布を観測
・新規の光学材料などの開発に期待

リリース概要

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、らせん状に配列した電気四極子※1(電子雲の歪み)を起源とする鏡像構造※2(キラリティ=右手と左手の関係を持つ構造)という概念を提唱し、実証しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)量子秩序研究グループ 励起秩序研究チームの田中良和専任研究員と、大阪大学大学院基礎工学研究科の木村剛教授を中心とする共同研究グループの成果です。

元素の周りの電子雲の広がり方を量子力学的に表したものが「電子軌道」です。電子軌道は必ずしも球形ではなく歪みのある形状をもつこともあります。この電子軌道(電子雲)の球形からのずれ(歪み)の一種を電気四極子と呼びます。3d遷移金属化合物※3や4f希土類金属化合物※4などの物質中で、電気四極子がどのような形状で、どのように配列しているかが、超伝導現象や巨大磁気抵抗現象のような電気的・磁気的さらには光学的な性質に重要なことが知られています。従って、電気四極子の状態を調べれば、その物質の電気的・磁気的・光学的性質の手がかりを得ることができます。これまで、放射光共鳴X線回折※5という測定手法によって電気四極子が測定され、物質中で電気四極子が全て同じ方向性に配列した強的秩序状態や互い違いになった反強的秩序状態などの電子状態が、ある種の3d遷移金属化合物や4f希土類金属化合物で起きていることが明らかにされてきました。

共同研究グループは、その実験的な検証が難しいという理由のため、これまで見過ごされてきた「電気四極子配列の鏡像異性」という概念を提唱し、実証しました。大型放射光施設SPring-8※6の放射光を用い、円偏光※7共鳴軟X線回折という特殊なX線回折測定の手法により、電子雲歪み配列を可視化することに成功しました。さらに電気四極子配列の鏡像異性構造の対をなす右巻きおよび左巻き構造が物質中で共存している顕微鏡像(ドメインイメージ)の観測にも成功しました。本研究で提唱・実証したらせん状に配列した電気四極子を起源とする鏡像構造およびそのドメイン構造を、円偏光などの外的摂動によって自在に制御することが可能になれば、新規の長期保存型光学メモリー材料などの開発につながると期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Materials」(6月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(4月6日付け:日本時間4月7日)に掲載されます。

背景

物質の電気的、あるいは磁気的な性質を決定する重要な因子として、その物質内の電子の個性である「自由度」が挙げられます。電子の自由度の代表的なものとして、マイナスの性質を持つ電荷や、ミクロな磁石ともいえるスピンなどがありますが、他に「電子軌道」と呼ばれる自由度があります。元素の周りの電子雲の広がり方を量子力学的に表したものが電子軌道ですが、これは必ずしも球形ではなく、異方的な形状を持つことが少なくありません。また、電子軌道のある種の球形からのずれの一種を電気四極子(図1)と呼びます。とくに3d電子を持つ遷移金属化合物や、4f電子を持つ希土類金属化合物などで起きる超伝導現象や超巨大磁気抵抗現象のような電気的、磁気的性質については、これらの物質中で電気四極子がどのような形状・配列をしているかが、重要なことが知られています。

従って、物質の電気四極子の状態を調べれば、物質の電気的・磁気的性質の理解や、新たな機能性物質を創製するための有益な情報が得られます。「放射光共鳴X線回折」という実験手法は、電気四極子の状態を調べる有力な測定手段の1つです。これまで、物質中で電気四極子が全て同じ方向性に配列した強的秩序状態や、同配列が互い違いになった反強的秩序状態などの電子状態がある種の3d遷移金属化合物や4f土類金属化合物で実現していることが、放射光共鳴X線回折で明らかにされてきました。

研究手法と成果

共同研究グループは、らせん状に配列した電気四極子を起源とする鏡像構造(キラリティ=右手と左手の関係を持つ構造)という概念(図2)を提唱し、その実証を目指しました。

一般的に、右手と左手の関係のように鏡像の関係にありながら、互いにぴったりと重ね合わすことのできない構造を持つ結晶あるいは分子の対掌体を「鏡像異性体※2」と呼びます。よく知られた鏡像異性体の例として、不斉炭素原子を持つアミノ酸や糖類などの有機分子が挙げられます。また、クォーツ時計の素子にも使われる水晶のように、構成する元素の配列が「らせん」状に配列した結晶構造を持つ化合物にも右巻きおよび左巻き構造が存在します。これも鏡像異性体の1種といえます。

本研究では、これまで見過ごされてきた「電気四極子配列の鏡像異性」という概念を立てました。これを実証するため、4f希土類金属のディスプロシウム(Dy)イオンが結晶中で右巻きまたは左巻きのらせん状に配列した構造を持つ「DyFe3(BO34」という化合物に着目しました。大型放射光施設SPring-8の放射光を用い、円偏光軟X線という特殊なX線をDyFe3(BO3)4で反射させ共鳴X線回折を行いました。その結果、同化合物中でDyの4f電子の電気四極子が右または左巻きにらせん状に配列していること(図3)を実証しました。また、円偏光軟X線を集光させ、試料表面上で2次元的に動かしながら反射出力を測ることにより、電気四極子配列の鏡像異性構造の対をなす右巻きおよび左巻き構造が1つの試料中で共存する構造(ドメイン構造)を観測することにも成功しました。

今後の期待

本研究で提唱・実証したらせん状に配列した電気四極子を起源とする鏡像構造およびそのドメイン構造を、円偏光などの外的摂動によって自在に制御することが可能になれば、新規の長期保存型光学メモリー材料などの開発につながると期待できます。

原著論文

T. Usui, Y. Tanaka, H. Nakajima, M. Taguchi, A. Chainani, M. Oura, S. Shin, N. Katayama, H. Sawa, Y. Wakabayashi, and T. Kimura. “Observation of quadrupole helix chirality and its domain structure in DyFe3(BO3)4”. Nature Materials, 2014,doi: 10.1038/NMAT3942

参考図

図1 電気四極子の例
赤と青の部分はそれぞれ電荷分布が正および負の領域を示している。

図2 らせん状に配列した電気四極子を起源とする鏡像構造

図3 本研究で明らかとなったDyFe3(BO3)4における結晶構造および電気四極子配列の鏡像異性体
上図と下図はそれぞれ結晶c軸平行方向およびほぼ垂直方向からの見た投影図。円偏光軟X線という特殊なX線による共鳴X線回折の結果、Dyの4f電子の電気四極子が右巻きまたは左巻きのらせん状に配列していることを実証した。

用語解説

※1 電気四極子
電子の軌道状態の一種。双極子の場合は、プラスの電荷分布とマイナスの電荷分布が空間的に少し離れて対になっている状態。例えば、方位磁石は磁気双極子の簡単な例。四極子の場合は、プラスの電荷分布とマイナスの電荷分布がそれぞれ2つずつの合計4つが空間的に組み合わさった状態。

※2 鏡像構造・鏡像異性体
お互いの結晶や分子の構造が、右手、左手に分類される双対物質を指す。例えば、私たちの右手と左手は、どのように回転しても、移動しても重なることはない。鏡で映し出したときにだけ一致する。物理的な性質はまったく同じだが、光が透過するときに偏光の回転方向がお互いに逆になることから、光学異性体とも呼ぶ。私たちの体を構成するアミノ酸は左手系しかないことが知られている。「鏡像異性体」においては光が透過するときに、偏光の回転方向がお互いに逆になるといった性質である「旋光性」を示すことが知られているが、対となる鏡像異性体の構造を区別する。

※3 3d遷移金属化合物
原子番号21番のスカンジウム(Sc)から29番の銅(Cu)までの元素を含む化合物。さまざまな化学結合、磁気構造、軌道状態によって、高温超伝導体などを含む多彩な機能性物質の研究の土壌となっている。

※4 4f希土類金属化合物
原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までの元素を含む化合物.永久磁石,液晶,触媒などのさまざまな工業製品に供している。

※5 共鳴X線回折
放射光X線による回折実験の手法の1つ。原子が持つ固有の共鳴状態に一致するエネルギーを持つX線を入射し、原子のある固有の電子軌道の対称性、方向、大きさに関する情報を得ることができる。

※6 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて基礎科学から産業利用までの幅広い研究が行われている。

※7 円偏光
光やX線は、電場と磁場とが振動しながら進む横波である。電場や磁場が一周期進む間に、電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回転しながら進む光を円偏光と呼ぶ。自分に向かって進んでくる光に対して、その発生源の方向を見たときに、光の電場が時間の経過とともに反時計回りに回るときを、右円偏光という。右円偏光X線の電場の空間的な軌跡はどちらの方向から見ても、左ネジのように見える。

参考URL

研究成果のURL(理化学研究所ウェブページへリンク)
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140407_1/

発表論文
http://www.nature.com/nmat/journal/vaop/ncurrent/abs/nmat3942.html

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