2016年8月18日

本研究成果のポイント

・電気と磁気を兼ね備える新たな多機能電子素材「マルチフェロイック物質」において、らせん型の電子スピン配列を光により直接制御する新しい手法(メカニズム)を発見
・物質の電子スピンの空間的な配列がマルチフェロイック機能発現の原因であるため、電子スピン配列を制御することが重要
・マルチフェロイック物質を次世代メモリなどのデバイスに応用する際の新しい制御手法として期待

概要

東北大学大学院理学研究科の松原正和准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の木村剛教授らは、新たな多機能電子素材として期待される「マルチフェロイック物質※1 」において、機能創出の鍵を握る「らせん電子スピン配列」を、光により直接かつ可逆的に制御することに世界で初めて成功しました。

近年、物質中で電気と磁気の性質を兼ね備えたマルチフェロイック物質が、物質科学における基礎・応用の両面から注目を集めています。これらにおいては、画期的な機能を持った電気磁気デバイスや、新しい原理の光エレクトロニクス機能など、従来の科学技術ではなし得なかった新機能の創出が期待されています。そして、このような画期的な機能創出の鍵を握るのが、らせん型の電子スピン配列です。

今回、松原准教授らは、マルチフェロイック物質に現れるらせん電子スピン配列を、光により直接制御することに世界で初めて成功しました。また、波長の異なる光を照射することで、鏡像関係にある2種類のらせんスピン配列を可逆的にスイッチングできることを発見しました。これらの成果は、次世代のデバイス材料として期待されるマルチフェロイック物質の新しい制御手法を提供するだけでなく、将来における光科学・磁気科学・物質科学の融合的発展に新たな道を拓くものです。

本研究成果は、2016年8月15日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature Photonics(ネイチャー・フォトニクス)」に掲載されました。

研究の背景

近年、物質中で電気と磁気の強い結びつきを持つ、「マルチフェロイック物質」と呼ばれる多機能電子素材が注目を集めています。マルチフェロイック物質では、磁場を変化させて誘電的な特性を制御することや、電圧を変化させて磁気的な特性を制御すること、また、光学的にも他の物質には見られない多くの興味深い特徴を持っていることから、革新的な(光)エレクトロニクス創成へ向け、現在、世界中で活発に研究が行われています。

このようなマルチフェロイック物質の機能創出の鍵を握るのが、電子が持つミクロな磁石の性質(スピン※2 )が空間的にらせん状に並ぶ「らせん電子スピン配列」(図1) です。このような電子スピンの空間的な配列がマルチフェロイック機能発現の原因になっているため、らせん電子スピン配列をいかに思い通りに制御できるかが、マルチフェロイック物質の多機能性を活用するうえで重要となります。

研究内容

今回、松原准教授らは、テルビウム(Tb)とマンガン(Mn)と酸素(O)からなる「TbMnO3」というマルチフェロイック物質が、-246℃以下の温度でらせん電子スピン配列を生じることに着目しました。このらせん電子スピン配列には、エネルギー的に等価で鏡像関係にある2種類の配列(右回りらせん・左回りらせん)が存在します(図1) 。これまで、光により直接らせん電子スピン配列を制御できた例はありませんでした。

2015年に松原准教授らは、非線形光学効果※3 の一種である第二高調波発生※4 を用いた光学的手法により、TbMnO3におけるらせん電子スピン配列を実空間で可視化することに成功しています。今回、この手法を応用し、光照射によるらせん電子スピン配列の変化の様子を調べました(図2a) 。実験ではまず、右回りのらせん電子スピン配列(CR)が実現されている状態(図2b左、薄い灰色領域)に光を照射し、照射後の状態を可視化してみました。その結果、光を照射した部分が局所的に左回りのらせん電子スピン配列(CL)に変化しているのが明らかになりました(図2b左、濃い灰色領域)。今度は逆に、左回りのらせん電子スピン配列が実現されている状態(図2b右、濃い灰色領域)に光を照射し、照射後の状態を可視化してみると、光を照射した部分が右回りのらせん電子スピン配列に変化するのが分かりました(図2b右、薄い灰色領域)。この結果は、光照射により直接らせん電子スピン配列を反転できることを示唆しています。このようなことが起きるミクロなメカニズムは、らせん電子スピン配列が生み出す強誘電分極※5 の存在が鍵を握っていることが分かりました。

さらに興味深いことに、一度反転したらせん電子スピン配列を、波長の異なる光を照射することで元の状態に可逆的にスイッチングできることが明らかになりました(図3) 。この結果は、光を用いてらせんスピン配列を自在に制御するうえで重要な要素になります。

今後の展開

らせん電子スピン配列の制御は、マルチフェロイック機能の制御に直接関係する重要な要素です。今回得られた成果は、幅広いマルチフェロイック物質に適用可能なため、これを光により直接かつ局所的に制御する新しい手法として、マルチフェロイック物質を次世代メモリなどのデバイスに応用する際の新しい制御手法として期待されます。また、今回発見された電子スピン配列の可逆的光スイッチングは、近年、スピントロニクス※6 や超短光パルス※7 制御技術などの基礎研究により新しい展開を見せている、光により電子スピンを制御する技術「光スピントロニクス」の発展においても重要な知見を与えるものです。

発表雑誌

雑誌名:Nature Photonics
論文タイトル:Reversible optical switching of antiferromagnetism in TbMnO3
論文タイトル訳:TbMnO3における反強磁性の可逆的な光スイッチング
著者:Sebastian Manz, Masakazu Matsubara, Thomas Lottermoser, Jonathan Büchi, Ayato Iyama, Tsuyoshi Kimura, Dennis Meier, and Manfred Fiebig
DOI:10.1038/nphoton.2016.146

付記

本研究は、スイス連邦工科大学チューリッヒ校のManfred Fiebig教授らと共同で行ったものです。

参考図

図1 マルチフェロイックTbMnO3結晶に現れるエネルギー的に等価な鏡像関係にある2つの「らせん電子スピン配列」

図2 らせん電子スピン配列の非線形光学を用いた検出と光照射による反転
(a)ポンプ光(励起光)によるらせん電子スピン配列の変化を、プローブ光(計測光)により検出する。検出には非線形光学効果の一種である第二高調波発生を用いた。(b)TbMnO3結晶に光を照射した際にらせん電子スピン配列が変化する様子を、第二高調波発生を用いて可視化した写真。図中で薄い灰色(濃い灰色)の部分が右回りらせん CR(左回りらせんCL)の領域に対応する。光を照射した領域において、らせん電子スピン配列の反転(CR → CL, CL → CR)が起きる。

図3 らせん電子スピン配列の可逆的な光スイッチング
(a)らせん電子スピン配列を光により制御することを示す概念図。(b)CR単ドメイン状態。(c, d)波長λ1のポンプ光のスポットを水平方向・垂直方向にスキャンすることにより、CLドメインを書き込むことができる。(e)波長λ2のポンプ光の照射により、CLドメインを消去し、再びCR単ドメイン状態を作り出すことができる。

用語解説

※1 マルチフェロイック(マルチフェロイック物質)
フェロイックとは、物質中の電気的、磁気的、弾性的な偏りが巨視的に向きを揃え、長距離秩序を作っている様子を指す。複数の異なる秩序がある場合をマルチ(多重)フェロイックと呼び、そのような性質を持つ物質をマルチフェロイック物質と呼ぶ。強磁性(Ferromagnetic)、強誘電性(Ferroelectric)、強弾性(Ferroelastic)などの性質を複数有する物質がこれに対応する。最近では、強誘電体であり、同時に磁気秩序も示す物質を指すことが多い。マルチフェロイック物質の重要な性質は、秩序間の相互作用によって一つの秩序を外場で変調させたとき、別の秩序も変化することである。このような特性があれば、磁場を変化させて誘電的な特性を制御することや、電圧を変化させて磁気的な特性を制御することが可能となる。

※2 (電子)スピン
電子が持つ自転のような性質で、電子スピンは磁気(微小な磁石)を帯びている。電子スピンは物質の磁性の源である。

※3 非線形光学効果
物質に強い光を照射したときに起きる、光と物質の非線形な(つまり、光の電磁場強度に比例しない)相互作用に由来した光応答のこと。入射光強度の2乗、3乗、・・・に比例する光学効果を、それぞれ2次、3次、・・・の非線形光学効果と呼ぶ。

※4 第二高調波発生
非線形光学効果の一種で、物質にある波長の光を照射した時に、その半分の波長の光が物質から出射される現象を第二高調波発生(Second Harmonic Generation:SHG)と呼ぶ。一般に、強誘電体などの空間反転対称性が破れた物質で顕著なSHGシグナルが観測される。

※5 強誘電分極
結晶内部に自発的な正と負の電荷の偏り(電気分極)を持ち、その向きを外部電場(電圧)により反転できる物質を強誘電体と呼び、強誘電体において現れる電気分極を強誘電分極と呼ぶ。

※6 スピントロニクス
従来のエレクトロニクスに電子が持つ磁石の性質(スピン)を取り入れる技術のこと。既存エレクトロニクスデバイスの限界打破と新機能実現の観点から、現在、世界中で盛んに研究が行われている。

※7 超短光パルス
光パルスのパルス幅(時間幅)が極めて短いもの。通常、数百フェムト~数フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)のパルス幅を持つ光パルスが超短光パルスと呼ばれる。

参考URL

基礎工学研究科 物質創成専攻 物性理工学領域 木村研究室
http://www.crystal.mp.es.osaka-u.ac.jp/index.html

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