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究みのStoryZ

量子化学計算とAIではじまる「魔法」

未踏の薬をコンピュータと創る冒険の、最前線で走る

薬学研究科 福澤薫 教授

「生成AIで創薬はまったく新しい時代に入りましたね」と、福澤薫教授は目を輝かせる。量子化学計算を専門とし、日本のインシリコ創薬研究を長年けん引してきたパイオニアだ。 いま大阪大学では、スーパーコンピュータと生成AIを使って、新薬のタネになる候補化合物を「自動合成ロボット」で作成する入り口にまで来ている。「AI創薬」の時代を迎えようとする今、創薬や量子化学研究の楽しさから大阪大学の研究環境の強み、生命現象の解明の夢まで、縦横に話を聞いた。

量子化学計算とAIではじまる「魔法」

論理的な薬のデザインをAIがパワフルに

薬学研究科、福澤教授の研究室。ここに試験管や薬品は見当たらない。あるのは、スーパーコンピュータにアクセスできるパソコン。ここが福澤教授による「創薬」のフィールドだ。

福澤教授の研究するインシリコ(in silico=コンピュータによる)創薬は、計算科学を利用してコンピュータの中で新薬を提案する手法だ。そのベースにあるのは量子化学計算。量子というと量子コンピュータなどの未来の技術と思われがちだが、量子化学は「第一原理」と呼ばれる、物理化学の基本法則に基づいている。現在の創薬では、病因タンパク質に結びつく候補化合物の相互作用を計算、把握するための理論的支柱となっている。

「最新の生成AIは、私たちの創薬研究にも二つの大きなインパクトを与えています。一つは先日ノーベル化学賞を受賞した、タンパク質の立体構造を予測する技術。もう一つは、薬のタネになる新しい化合物を予測することです」。薬の開発は、体内でターゲットとなる受容体タンパク質に作用する化合物を探索する作業から始まる。インシリコ創薬研究ではこれを、「化合物ライブラリ」と呼ばれる数百万件以上の化合物のデータベースから、量子化学などの計算を使って段階的に候補を絞り込む。ところがAIを使えば、数個の候補化合物から数万、数十万という単位で新規化合物を生み出せる。双方を使いこなすことで、従来の実験による手法と比べ、速度や精度ばかりでなく創造性の点でも飛躍的に効率的な創薬が可能になった。「未知の薬を生み出すことと生成AIはとても相性が良いんです」と声を弾ませる。

さらに、「化合物合成ロボット」が間もなく薬学研究科で稼働しようとしている。AIが提案した化合物をプログラミングすれば一晩で物質が生成できるという。もはやドラえもんの「ひみつ道具」のような世界だ。

FMO創薬の産学連携リーダー

研究には、FMO法(フラグメント分子軌道法)という、1999年に日本で提唱された、世界最先端の手法を用いる。FMO法では、タンパク質などの分子を小さな断片に分割し、計算機で各断片の量子化学計算を行って全体を再構成し、タンパク質と化合物の構造や相互作用を解明する。FMO法により、実際に世界初の創薬応用計算を行ったのが、2000年に研究者の道を歩み始めた頃の福澤教授だ。

14年には、福澤教授が代表となり、産学連携で「FMO創薬コンソーシアム」を立ち上げた。現在は創薬手法の開発とともに化合物複合体などのFMO計算結果数万件を公開し、創薬の基礎データを提供している。これを支えるのが、スーパーコンピュータ富岳(当時は京)を中核とする、全国の研究機関のスパコンをつなぐHPCIと呼ばれるネットワークだ。この利用研究では、福澤教授は過去10年間で3度の「優秀成果賞」に輝いている。

「大阪大学は、インシリコ創薬研究の拠点となれるような充実したリソースが揃っています」と福澤教授は説明する。まずはD3センターのスパコンSQUID。「実は性能の面で、理化学研究所の富岳よりも量子化学計算に向いています」とその実力を称える。SQUIDでは昨年、現在判明している約22万構造の生体分子のうち、基本タンパク質約6千構造すべての解析に成功した。また、大阪大学蛋白質研究所が、国際的なタンパク質構造データバンクのアジア拠点(PDBj)であることも大きい。PDBjはFMO研究とリンクする独自の解析・評価技術を開発している。さらに薬学研究科には、先述の化合物合成ロボットをはじめ、創薬研究を実用化につなげる環境が整う。最後は何といっても「優秀な学生さんですね。モチベーションが高いので、可能性は無限です」。

すべての「なぜ」に答えてくれる量子化学

インシリコ創薬の最先端にあるのが生成AIだ。データを学習し、より精度の高い新しい化合物を予測できるため、化合物ライブラリが豊かになる。「AIは、創薬のヒントを広げてくれます。ただ、これはいわば、アイデアのタネ。枯渇しないタネを膨らませるのはあくまでヒトなんです。そこに研究の楽しさや可能性があります」。ヒトとAIの関係について、哲学的で興味深い一言が飛び出した。

学生時代には宇宙空間に漂う星間分子の研究をしていたという福澤教授。原子数が3個とか4個という、原始的な世界の反応を量子化学で計算していた。「実験ではなぜそうなるのかが分からない現象が、理論化学では理屈を積み上げて明確に説明できるのが魅力でした」。現在は原子数が数千や数万個のタンパク質が対象だ。「基本原理は同じ量子化学です。宇宙も創薬も、根底でつながっているのがまた面白いですね」。

FMO研究は現在、生体内でのタンパク質の構造の揺らぎを加味した「動的解析」を併用している。また、抗体医薬品などが高額になりがちな昨今、免疫細胞の情報伝達を行うインターロイキンについて、何が認識のキーになっているかを探し出し、低分子創薬につなげる可能性も研究中だ。「低分子の薬は錠剤にもでき、常温で安定して安価です。創薬では、高分子をより小さい分子に置き換えるという目標は、常に重要です」と、初志を忘れない。

量子化学の応用研究を通じて、分子生物学の根本のメカニズムの理解にも役立てられるところが「とてもワクワクする」。宇宙から創薬、生命活動まで、全ての現象を解明する旅。量子化学の力を引き出し、無限のフロンティアに挑戦し続ける。

福澤教授にとって研究とは?

無限の想像力/創造力の源ですね。 学部時代に魅了された量子化学計算。宇宙・生命科学・創薬まで、さまざまに可能性は広がっていますが、自分の研究の根っこのところでは一貫しています。イマジネーションとクリエーションがどこまでも拡がっていくところが面白いですね。

◆プロフィール
2000年立教大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。東京大学で博士(工学)。00年~14年富士総合研究所、みずほ情報総研で研究員。14年日本大学助教、16年星薬科大学准教授、22年4月から現職。東北大学特任教授を兼任。14年11月からFMO創薬コンソーシアム代表。

■参考URL

薬学研究科

https://www.phs.osaka-u.ac.jp/

FMO創薬コンソーシアム

https://fmodd.jp/

日本蛋白質構造データバンク(PDBj: Protein Data Bank Japan)

https://pdbj.org/


(本記事は、2025年2月発行の大阪大学NewsLetter 92号に掲載されたものです。)

(2024年11月取材)