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地球・半導体・尿路結石……。 あらゆる領域の難問を、「結晶化」で解き明かす。

結晶成長学/工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 教授 丸山 美帆子

地球・半導体・尿路結石……。 あらゆる領域の難問を、「結晶化」で解き明かす。

「地球環境を治したい」という想いが、 実を結んだ「結晶」というテーマ。

「結晶」は、暮らしのあらゆるところに点在している物質。歯や骨、結石といった組織も結晶ですし、半導体の材料も元を辿ればシリコンなどの結晶、創薬に欠かせないタンパク質の構造解析もタンパク質を結晶化させて行われます。結晶を通して世の中を眺めると、一見関連性が無い物事がつながって見えてくることが、この世界のおもしろさです。

私の源流となっているのは、地球科学領域での学び。小学生の頃、地球環境の悪化に課題感を持ち「地球を治せるお医者さんになりたい!」と思ってこの道に進みました。その眼差しが結晶に向かったのは、学部生時代の恩師・塚本勝男教授と出会ったから。「地球上のCO2を削減する研究を行いたい」と、地学を専門とされている塚本先生に相談したところ、なんと「CO2を結晶化してしまえばいい」というアドバイスが返ってきました。今思えば突拍子もない提案ですが、当時の私は「そっか」と納得し、結晶の研究をスタートさせました。

結晶という切り口であらゆる分野をつなぎ、共同研究を行うスタイルの原型も塚本研で養いました。研究室が大講座制で、結晶を作る私の隣で、石の分析をする学生がいたり、原始地球の大気を模倣・観測する学生がいたり。地球科学という土台に立ちながら、専門性が異なる友人と学びを深めたことで、自分の領域を制限することがなくなりました。

この「つながる姿勢」をさらに広げてくれたのが、本学工学研究科の森勇介教授の研究室(通称:森ゆ研)です。森ゆ研の目標は、社会課題を解決する可能性をもった結晶を生み出すこと。窒化ガリウムという、今最も期待されている結晶を最高の品質で作り出そうとしているのですが、その技術が別の分野で必要なら、どんどん横展開しようというのが森教授のお考えでした。地球科学畑にいた頃は、何百万年という長い時間軸で物事を洞察していましたが、森ゆ研が向き合うのは「今現在の課題」です。必要な結晶をつくるため、あらゆる方法を試す。できないなら、技術を持った人を連れてくる。そんなマインドで結晶作りに挑んだ日々が、アカデミアと産業、医療といった大きな枠組みを越える姿勢を育ててくれました。

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偏光顕微鏡で観察した尿路結石の薄片

「結晶」という武器を片手に、あらゆる分野の枠組みを飛び越える。

「役に立つ結晶を生み出す技術」と、「結晶から有用な情報を引き出す分析力」という武器を活かして、現在は歯や骨、貝殻などの結晶=バイオミネラリゼーションの研究を主に行っています。自然界の結晶化メカニズムは、本当に不思議です。例えば成長段階の人間の体は、自分に都合の良い歯や骨などの結晶をうまく制御して作り出します。ところが歳を取ると十分に骨ができず骨粗鬆症になったり、結晶化が不要な場所で進んで尿路結石になったり。骨折はすぐ治らないのに、不要な場所で1ヶ月に1cmもの結晶化が進むなんて、不思議ですよね。また、CO2の結晶化も生物は難なくこなします。サンゴやさまざまな貝の貝殻の成分になっているのは、CO2を固体化した炭酸カルシウム。常温常圧下でのCO2の結晶化、特に今の科学技術では難しい大型化や複雑な構造を作ることを、彼らはいとも簡単に行っているのです。

自然界や生物の営みからヒントを得て、人に役立つ結晶を作り出す研究を続けていると、ある時、尿路結石の研究に携わる腎・泌尿器科の医師から「結晶を作れるなら、溶かすこともできませんか?」と声をかけられました。結晶という視点で尿路結石を見て、私が得たのは「尿路結石と、隕石が似ている」という気づき。地学の分野では、隕石がどのように結晶化し、成長を遂げたのかを時間軸に沿って観察します。同じように、尿路結石が「どう成長してきたのか」を観察すれば、体内で結石を溶かす治療方法が確立できるかもしれない。そう思って、この共同研究に取り組んでいます。

現在は、尿路結石の共同研究グループと、UHA味覚糖さんとでタッグを組み、尿路結石を予防するお菓子やサプリメントの開発も進行中です。そのプロジェクト名は「METEOR(メテオ)」。尿路結石を隕石に例える考え方を示唆しつつ、「Medical and Engineering Tactics for Elimination Of Rocks」=「医学と工学の力で、体の中から石をなくす」という言葉の頭文字をとった、素敵なネーミングです。結晶という一見ニッチな分野に携わっている自分が、健康に役立つお菓子の開発に携わり、近い将来、スーパーにそれらが並ぶかもしれないと思うと、非常にワクワクします。

つながることで、遠くまで。研究とは仲間と歩む、最高の冒険。

もちろん、塚本研・森ゆ研で培った「つながる力」を活かして、尿路結石関連以外の共同研究も展開中。新たな半導体の素材となる機能的な結晶を生み出す研究や、創薬のカギを握るタンパク質構造解析に向けたタンパク質の結晶化など、結晶というキーワードを通じ、あらゆる分野へと研究の輪を広げています。

私にとっての研究とは、「RPGゲームよりおもしろい冒険」。「あの場所に行きたい」「あの問題をクリアしたい」。そう思った時、自分の力や技術が足りていなければ、それを補ってくれる仲間を探します。そうやって集めてきた仲間と、新天地をめざすダンジョンをクリアしていくのが、研究を行う醍醐味です。自分には行き止まりに見えていた道が、仲間のアイデアで簡単に通過できたり、意外な迂回路が見つかったり。ひとりだけでは前に進めなかった世界がひらけると、私と仲間たちはまだ誰も知らない、世界の端にある景色に到達します。それはつまり、人類の常識や知識の境界線を、自分たちの手で広げるということです。これからも仲間と共に、この素晴らしい瞬間をいくつも実現していきたい。それが、研究者として私が掲げる夢のひとつになっています。

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丸山先生の石のコレクション。 「石の販売会に行ったり、自分で泥まみれになりながら見つけた”私の宝物”」とのコメントとともに。


- 2050未来考究 -

バイオミネラリゼーションの力で、CO2を今より減らす、攻めの環境改善を。

「脱炭素」や「SDGs」として、世界中でCO2排出量を削減する動きが巻き起こっていますが、2050年には「排出量を減らす」のではなく、「大気中のCO2そのものを減らす」ような、攻めの環境保全技術を生み出したいと考えています。それにはCO2の結晶化などが有効ですが、人間の力だけではゆっくりとしか結晶が成長しないのが難点。そういった課題を解決してくれる糸口は、スピーディにCO2を固体化するサンゴや貝が持つ、結晶化メカニズムの解明です。地球が生み出してきた力を借りて、地球を守る。そういった逆説的な知識の発見をめざし、例えば真珠貝の形成機序解明で非常に有名な、東京大学の鈴木道生教授にもMETEOR Projectに参画いただきながら、共同研究を広げていこうとしています。


丸山教授にとって研究とは

人生における大冒険です。地球上知らないところに行くのも冒険ですが、ビーカーの中で誰も知らないものを発見するのも冒険で、その冒険で一緒に走っていける仲間探しの場が、学会だったりします。大航海時代のコロンブスと一緒ですね。研究は、一人じゃできないですし、「RPGより面白い」ってよく言っています。

●丸山 美帆子(まるやま みほこ)
大阪大学 大学院 工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 教授
2004年東北大学卒業後、09年同大学院地学専攻で博士号を取得。09年より大阪大学工学研究科特任研究員、11年同特任助教、20年同大学高等共創研究院准教授を経て、22年より現職。また、京都府立大学大学院生命環境科学研究科特任教授も兼任。

■デジタルパンフレットはこちらからご覧いただけます。

▼大阪大学 「OU RESEARCH GAZETTE」第2号
https://www.d-pam.com/osaka-u/2312488/index.html?tm=1

(2023年8月取材)