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種の進化の謎につながる遺伝子の真相

覆したのは30年続く「性決定」の常識

生命機能研究科 教授 立花 誠

約30年前からの「常識」を覆す論文が2020年10月、米科学誌「サイエンス」に掲載された。マウスの胎児がオスになるかメスになるかを決める性決定因子が、従来から知られていたものと違うタンパク質だったという内容だ。大阪大学大学院生命機能研究科の立花誠教授らの研究チームが実験を重ね、隠れていた真相を明らかにした。


人類普遍のテーマ「性」。30年前に見つかった性決定遺伝子Sry

生物の性決定の仕組みは、古代ギリシャやそれ以降の時代も、世界各地のさまざまな賢人たちを悩ませてきた人類共通の謎だった。近代になり生命科学が発展し、1990年、ついに哺乳類のY染色体に性決定遺伝子「Sry」が見つかった。当時大学院生だった立花教授は「性決定遺伝子を探す過当な競争が世界中で起きていて、本物が見つかった時に『すごい!』と思った記憶がある」と振り返る。

哺乳類の胎児は最初、オスとメスで体のつくりに違いがない。性の分かれ道に至った時、Sry遺伝子が働くとオスの体に変化し始め、働かないとメスの体になる仕組みだ。このため、遺伝的にオスでもSryが働かないと体はメスになる。

性決定遺伝子の研究へ

立花教授も、この30年間生命科学の分野で信じられてきたSry遺伝子の常識に、最初から疑いの眼を向けていたわけではない。

立花教授がSryに関わるようになったきっかけは約10年前。当時、エピジェネティクスと呼ばれる研究分野で、DNAに巻き付いているヒストンの脱メチル化酵素というタンパク質の研究をしていた。この酵素の役割を明らかにしようと、酵素を持たないマウスを作ったところ、オスも生まれるはずが全く生まれてこない予想外の結果が出た。「びっくりした。さらに調べると、この酵素がSry遺伝子を活性化するため、Sry遺伝子が働いてオスになるのだと分かった。『いま、このことを知っているのは世界で自分だけ。大きな仕事になる』と興奮し、性決定遺伝子の研究に飛び込んだ」と話す。

遺伝子が働く、すなわち遺伝子からタンパク質が作られて機能する際には、その中間でDNAに似たRNAという分子が作られる。Sryが働いている細胞のRNAを解析したところ、Sry遺伝子の近くで未知のRNAが作られていることが分かった。Sryに関係する新たな遺伝子かもしれない。研究は山場を迎えた。

がらくたに隠れていた「宝」

立花教授はこう話す。「Sry遺伝子の前後には、鏡映しに同じ配列が並ぶパリンドローム(回文)構造がある。パリンドロームはジャンク(がらくた)だと考えられていて、ここに重要なものがあるとは誰も考えていなかった。しかし、遺伝子の解析結果では、確かにRNAが作られている。何だ、これは?となり、染色体からその部分を削ったマウスを作ることにした」

すると、生まれてきたのはメスばかり。

「これも全くの予想外だった。マウスをオスにする性決定遺伝子のSryが残っているのに、メスになるなんて」

そして、数々の実験や議論を経て、常識にとらわれない結論に達した。実は、この未知のRNAが、本当の性決定遺伝子の後半部分に相当していたのだ。だから、その部分が削られるとオスになれない。本当のマウスの性決定遺伝子は、30年間信じられていたものとは異なる姿をしていた。

どういうことか。遺伝子には、タンパク質の情報がある部分(エキソン)とない部分(イントロン)がある。従来、Sryは単一のエキソンからなる遺伝子だと考えられていたが、実際はその途中にイントロンが存在し、そしてパリンドローム配列に第2エキソンがあったのだ。今回見つけた二つのエキソンからなる性決定因子はSry-Tと名付け、従来の因子をSry-Sとした。TとSは前半が同じで、後半が異なる。

ややこしいことに、従来のSry-Sからもタンパク質が作られる。ただ、Sry-Sには「分解」を促す配列(デグロン配列)があり、速やかに分解されて性決定の機能を果たせていないことが分かった。

進化の謎- 種を存続へ導いたウイルスの影

今回の発見は、遺伝子の進化にも一石を投じた。新たに見つかったSry-Tの後半部分はウイルスに由来する配列によって作られていた。

ここから『マウスの祖先では、Sry遺伝子がデグロン配列に変化したために、オスがいなくなって種が滅ぶ危機に直面。しかし、ウイルスに由来する配列が第2エキソンを誕生させたことで、分解されない安定型のSry-Tが作られるようになった。その結果マウスでは種の存続危機を乗り越えられた』という仮説も浮かぶ。

立花教授は「ウイルスはホストの遺伝子を壊してしまうという悪い面が強調されがちであるけれど、少なくともマウスでは、種の存続に関わる重要な遺伝子の機能を強化した可能性がある。マウスに限らず、様々な動物種でウイルス感染による遺伝子の進化は起きているかもしれない」と指摘する。

今のところ、Sryのデグロン配列はげっ歯類にしか確認されていない。今後、ヒトや他の哺乳類などにも隠れエキソンやデグロンがないか調べる予定だ。

論文発表後、生命の進化を専門とする研究者からも多くの反響があった。立花教授は「どのように第2エキソンができたのか、デグロンを持つことにもメリットがあったのではなどの意見もあり興味深い。進化について議論するのは面白い」と話す。

今回の発見は、遺伝子解析技術の発展など科学技術の大きな進歩と、常識にとらわれず実験から得られたデータをもとに議論を尽くした立花教授らの「科学」への誠実な姿勢がもたらしたものだ。今後も、サイエンスは私たちに生命の謎とロマンを届けてくれる。

立花教授にとって研究とは

知的好奇心を満たしてくれる。生命現象はすごく巧妙で、人間の単純な考えでは説明できないことばかり。しかし、知恵を絞って答えが見つかることもある。それがとても面白い。


● 立花 誠(たちばな まこと)

1990年東京大学農学部卒、95年同大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。三菱化学生命科学研究所と日本ロシュ研究所で研究員を務めた後、98年京都大学ウイルス研究所助手、2005年同助教授。13年徳島大学教授。18年10月から現職。

(2020年12月取材)