「切れない結合」を触媒で切る。
切断できる結合の多様化で循環型社会へ
工学研究科・教授・鳶巣守
大阪大学は有機金属化学の分野で世界の先導的な役割を果たしており、さまざまな新反応が生み出されてきた。鳶巣守教授は、有機化学の常識では切れないとされてきた安定な化学結合を、新しい触媒を使用して切断することに成功。2016年7月、トムソンロイターリサーチフロントアワードを受賞した。
シグマ結合の切断で世界初の成果
鳶巣教授の専門は、有機合成化学。さまざまな化学結合を切断し、新しい有機化合物を創る方法の開発に取り組んでいる。
暮らしに欠かせない石油製品や医薬品といった有機化合物は、ある化学結合を一旦切断して原子の配列などを組み替える、『切断』と『結合』により生み出されている。しかし、結合に関する研究は大きく進んでいるのに対し、切断に関する研究は殆ど進展していなかった。
「物質に含まれる化学結合には、切れやすいものと切れにくいものがあり、目的のものを作ろうとするときに、自在には組み立てられず制限があります」
化学結合を切断するハサミのような役割をするのが触媒で、鳶巣教授は、遷移金属と配位子と呼ばれる有機化合物からなる触媒により、非常に結合の強いシグマ結合(結合軸方向を向いた原子軌道同士による結合)を切断することに成功した。有機合成として利用できるレベルでは、世界初の成果だ。
環境負荷の低減でものづくりに貢献
これまでの有機合成反応は、切れやすい結合に依存してきた。その代表例が炭素とハロゲン(塩素など)の結合だが、ハロゲンは副生物などによる環境負荷が大きく、工程も数段階となり煩雑だった。鳶巣教授の手法であれば、切れにくい結合であっても「有害なハロゲンを使用せず本来切りたい箇所で結合を切断できます。副生物もアルコールなどの無害なものだけでゴミの量も少ない。効率と環境負荷の観点で大きなメリットがあります」
ものづくりの世界への影響も大きい。さらに研究が進み、石油などからダイレクトに製品が作れるようになると、「逆に石油製品を石油に戻せる可能性もある。例えばプラスチックを石油に戻すために必要な作業は、結合の切断で、まさに私の研究テーマそのもの。そのための方法論が完成すれば循環型社会の実現にもつながります」。
切れない結合を切り医薬品開発へ
切れない結合を切ることは、創薬にも役立つ。「医薬品の探索研究では、化合物の構造と薬理活性の相関を細かく解析するために、構造が微妙に異なった多種類の誘導体を効率よく作ることが求められます。私が開発した切断手法を使えば、より簡単に化学構造を修飾できるため、医薬品開発の効率化も期待できます」
今はまだ全ての化学結合が切断できる段階ではない。そのため「200 〜300℃に加熱するような厳しい条件ではなく、実験室レベルの穏やかな条件と環境で切断できる結合の種類を増やしていきたいですね」。
鳶巣教授にとって研究とは
有機合成の研究の面白さは「紙とエンピツだけで、誰でも気軽に新しいアイディアを出せること。しかも、そのアイディアは、自分ですぐに実験して検証できるという、お手軽感。にもかかわらず、そこで遭遇する発見は、社会を変える可能性さえあります。」研究とは、ひとつの自己表現、自己実現の場。真理を追求する仕事ではあっても、取り組み方などにより研究右車の色が出る。どの色とも違う自分の色を創る活動と言えるかもしれませんね。
●鳶巣守(とびす まもる)
1996年大阪大学工学部 応用精密化学科卒業。98年大阪大学 工学研究科 分子化学専攻 博士前期課程修了。01年大阪大学 工学研究科 分子化学専攻 博士後期課程修了。01年4月~ 05年3月武田薬品工業(株)研究員。05年4月~ 06年9月工学研究科応用化学専攻助手。06年10月~ 10年9月工学研究科 グローバル若手研究者フロンティア研究拠点特任講師。10年10月~ 11年3月工学研究科 附属フロンティア研究センター特任講師。11年4月~13年3月工学研究科 附属原子分子イオン制御理工学センター准教授。13年4月~ 17年3月工学研究科 附属アトミックデザイン研究センター准教授。17年4月〜現職。
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(2018年3月取材)