究みのStoryZ

血管領域からのがん治療

血管をコントロールし、新薬の開発に挑む

微生物病研究所・教授・髙倉伸幸

臨床医時代に抗がん剤の全く効かない患者を見て、何とかしたいと研究の道に進んだ髙倉伸幸教授。「良い薬があっても、がんの中に届かないのはなぜか」を血管の視点から研究し、がん組織の血管正常化を通じて、抗がん剤を望む場所に届ける治療法開発を進めている。さらに、リンパ球を確実にがんに到達させる薬の開発や、血管の老化とアンチエイジングの関係なども研究している。

血管領域からのがん治療

抗がん剤を確実に目標地点に届けたい

髙倉教授は、抗がん剤が到達しない原因は、がんの中の血管にあると考えている。通常の血管では、血管の内側全面に内皮細胞の壁があり、そこから酸素や栄養分が抜け出て、各組織にスムーズに流れる。「ところが、がんの中の血管はこの細胞がきれいな壁をつくっていません。血管構造に連結性がなく、内皮細胞同士の引き合う力が弱いので、水分が常に漏れ出てしまう。すると、血管の周りが水浸しの状態となるため、酸素や栄養分が各組織にスムーズに流れ込めない。普通の組織なら、薬は血管から外の組織へきちんと入っていきますが、がんの組織にはうまく入っていきません。だから良い抗がん剤が開発されても、届いてほしいところに十分に届かないのです」

がんの血管を正常化し、抗がん剤を運ばせたいと考えた髙倉教授は、血管修復に役立つ物質を探した。そして、体内の脂質分子の一種LPAが受容体を活性化すると、VEカドヘリンという内皮細胞同士を接着する分子が細胞膜の間に集まり、細胞内の壁をきれいにつなげる作用が上がることを見出した。「すき間があいていた内皮細胞同士がくっつくことで、血管が連結性をもつ。それにより、抗がん剤が今まで効かなかった患者にも効くようになりますし、抗がん剤の量も今までより少なくて済みます」。 LPAの投与が血管を修復するしくみを解明し、製薬企業との共同研究で「抗がん剤が届く」ことに焦点を当てた新しい治療薬の開発を進めている。

リンパ球ががんと戦えるように

「リンパ球がしっかりとがんの中に入り込む」ことを目的とした薬の開発にも着手している。既に「免疫チェックポイント阻害剤」という、免疫反応を担うリンパ球を活性化させてがんと戦わせる薬は存在する。しかし、「免疫チェックポイント阻害剤」はリンパ球ががんの中に入り込んで初めて効果が上がる。髙倉教授は、リンパ球をがんの中まで入れることのできる方法を見つけており、開発中の治療薬が完成した場合、患者自身の免疫力が高ければ、その薬を投与するだけでもがんが小さくなる可能性がある。「これは体の中にある免疫力を利用した手軽な治療法となるでしょう。さらに免疫チェックポイント阻害剤と併用するといいと思います」。リンパ球をがんに到達させるための薬剤開発に特化したベンチャー企業を2017年5月に設立した。


血管は健康、病、老化に幅広く関わる

最近、メディアからはアンチエイジングについてのコメントを求められることも多い。「がんや慢性病の疾患が悪化する時には、必ず血管の問題が関わっています。病気のコントロールには血管のコントロールが必要」。また、老化した血管はがんの血管と似ていて、周りの組織にうまく酸素や栄養を届けることができない。「アンチエイジングにも、血管は重要なキーになります」

高倉教授にとって研究とは

真実探索のための道具。真実探索とは、患者さんによい治療薬を届けるためのメカニズムを知るということ。研究は、最終的には薬につなげていくための道具です。

●髙倉伸幸(たかくら のぶゆき)
1997年京都大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。同年熊本大学医学部助手ならびに助教授、2001年金沢大学教授を経て、06年より現職。


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(2018年1月取材)