アルファ線による効果的・安全ながん腹膜播種の治療薬

アルファ線による効果的・安全ながん腹膜播種の治療薬

アスタチン211を結合したナノ粒子が浮遊がん細胞を狙い撃ちする新技術

2026-10-23●生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)加藤 弘樹

研究成果のポイント

  • がん細胞傷害性が高く、飛距離が短い強力なアルファ線を放出するアスタチン211を結合させた金ナノ粒子により、浮遊がん細胞を標的とする治療薬を開発
  • 従来の全身化学療法では腹膜播種の病変へ十分な量の抗がん剤を届けることが難しかったが、開発したナノ粒子を腹腔内に直接投与し、腹膜播種を集中的に治療できることを実証
  • 体内の限られた空間に薬剤を直接投与できるため、頭蓋内、胸腔内、膀胱内のがん治療への応用に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の加藤弘樹特任教授(常勤)らの研究グループは、同理学研究科天然物有機化学研究室および同放射線科学基盤機構の合同チームと、アルファ線を放出する核種アスタチン211(211At)を腹腔内に直接投与してがんの腹膜播種治療を行う薬剤を開発しました(図1)。

これまでがんの腹膜播種に対しては、主に全身化学療法が行われていました。しかし、この方法では、副作用が大きく、腹腔内に散らばったがん細胞に薬剤がほとんど届かないという問題がありました。

今回、研究グループは、強力ながん細胞傷害性があるが飛距離が短いアルファ線を放出する核種アスタチン211を標識した(結合させた)ナノ粒子を、腹腔内に局所的に滞留させ浮遊がん細胞を狙い撃ちできる薬剤の新開発に成功しました。この薬剤をがんの腹膜播種の患者さんの腹腔内に局所投与することによって、全身の被ばくを最小限に抑え、予後の非常に悪い腹膜播種を強力に治療できることができます。この治療は副作用が少ないため、化学療法などの全身治療を同時に行うことが可能で、進行がんの患者さんの生命予後を大きく改善することが期待されます。

本研究成果は、科学誌「Pharmaceutics」に、9月2日(火)17時(日本時間)に公開されました。

大阪大学は、核物理研究センターTATサイクロトロン棟内に「アスタチン核医学治療社会実装共同研究部門」を設置する(2026年1月19日プレスリリース)など、アスタチンの研究・応用・社会実装に取り組む世界有数の研究拠点となっています。アスタチン211アルファ線を用いた低侵襲性のがん治療法の開発に取り組み、難治性がん制圧による患者のQOL向上に貢献することを目指します。

20261023_2_1.png

図1. アルファ線放出ナノ粒子の腹腔内投与によるがん腹膜播種の治療

研究の背景

悪性腫瘍の腹膜播種では、大量の腹水(がん性腹水)の貯留、腸管、尿管、胆管の閉塞を発症し、さらにがん性腹膜炎を発症します。そのため、食欲、体力の低下、悪心、腹痛等が継続し、原発巣、転移巣に対する全身化学療法が十分できず、生命予後は大変悪くなっています。悪性腫瘍、特に膵がんの腹膜播種は早期発見が困難である上に極めて難治であり、その症状が重篤であるため働きながら治療することも難しく、患者本人にとって社会的、経済的影響が大きいです。腹膜播種の増悪を抑え、十分な集学的治療を行う時間を確保することが必要です。

従来の全身化学療法では腹腔内のがん細胞に薬剤が届かないため、現在腹腔内に化学療法の薬剤を投与する試験が行われていますが、未だ効果がはっきりしていません。アルファ線放出核種アスタチンは放射線の飛距離が非常に短いので、薬剤が結合したがん細胞のDNA二重鎖を断裂して強い殺傷効果をもたらす一方で、薬剤が分布しない遠隔臓器への影響がありません。アルファ線放出核種を腹腔内に限定的に滞留させれば、広範囲の正常臓器への被曝が無く、狙い撃ちした腹膜播種細胞への治療効果は著しく増強できると考えられます。

研究の内容

研究グループは、悪性度の高い浸潤性、転移性のがん細胞で高発現するインテグリンを標的とする環状RGDペプチド修飾アスタチン標識金ナノ粒子化合物を開発しました。この薬剤をヒト膵がん腹膜播種モデル動物の腹腔内に投与することによって、生存期間を大きく延長させることに成功しました。同薬剤は投与後腹腔内に高濃度で長時間貯留し、腹腔内の浮遊がん細胞に結合することによって、腹膜播種の原因となるがん細胞を強力に殺傷します(図2)。アスタチン標識薬剤はそのまま全身投与すれば、甲状腺、唾液腺、骨髄等にアスタチンが集積して、放射線障害を起こします。一方、この開発薬剤は腹腔外への漏出が少ないため、全身の正常臓器には大きな影響を与えません。

実際に薬剤を投与したマウスの血液を調べたところ、血液生化学検査には全く影響は無く、血球測定では投与1週間後に一過性の血球減少を認めましたが、すぐに回復しました。また、投与1か月後の臓器を詳しく調べたところ、高い放射能が貯留していた腹腔内の臓器においても明らかな組織学的異常を認めませんでした。薬剤が全身に拡散しないので、その分腹腔内の浮遊がん細胞には高濃度の薬剤が選択的に結合し、内在化するため大きな治療効果が期待できます。開発した薬剤は未だ改良の余地はあるものの、非臨床試験を経て治験に進むことを目指しており、既にPMDA相談を行って非臨床試験項目に関して合意を得ています。

20261023_2_2.png

図2. 上段:投与放射能は長時間腹腔内に滞留。下段:薬剤はモデル動物の生存期間を大きく延長する。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、極めて生命予後の悪いがんの腹膜播種患者さんに、治療のためのチャンスを与えることが期待されます。コンバージョン手術(Conversion surgery)の可能性を拡張することで予後を大きく改善させる効果が期待できます。安全で効果的な腹腔内治療はアンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs)です。提案薬剤は、腹腔内に限局して効果を発揮し、全身毒性が少ないため、腹膜播種治療戦略を大きく変えることができると考えます。

金ナノ粒子放射性薬剤は、全く新しい創薬モダリティであり、金の低い毒性、金ナノ粒子-アスタチン結合の高い安定性、分子修飾の簡便さ、粒子径や修飾分子量による動態制御の可能性等から、例えば脳腫瘍のひとつで極めて予後の悪い膠芽腫のような局在性致死的疾患に対する安全で効果的な局所治療法として応用できます。

特記事項

本研究成果は、2026年9月2日(水)17時(日本時間)に科学誌「Pharmaceutics」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Therapeutic Efficacy and Safety of Intraperitoneally Administered 211At-Labeled Gold Nanoparticles for Peritoneally Disseminated Malignancies”
著者名:Hiroki Kato, Xuhao Huang, Erina Hilmayanti, Yuichiro Kadonaga, Kazuhiro Ooe, Masashi Murakami, Kazuya Kabayama, Kazuko Kaneda-Nakashima, Atsushi Toyoshima, Xiaojie Yin, Hiromitsu Hab, and Koichi Fukase
DOI:https://doi.org/10.3390/pharmaceutics18091102

なお、本研究は、JSPS 科研費、AMED 橋渡し研究プログラム、JST ERATO研究の一環として行われました。

参考URL

加藤弘樹 特任教授(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/313509a6773d10aa.html

用語説明

アルファ線

放射線の一種で、ヘリウムの原子核による粒子線。エネルギーが高く、生体に照射した場合の生物学的影響は非常に大きい。一方、生体中での飛距離が短いことも特徴。

アスタチン211

アルファ線を放出する元素。半減期(放射線の量が半分になるまでに要する時間)は約7時間と、医療で使用される核種としては比較的短時間で減衰する。核燃料物質を用いず、加速器で生成できることも特徴。シンチグラフィーで画像化しやすい。

金ナノ粒子

金(Au)のコロイドでサイズが数100ナノメートル以下の微粒子。様々な分子と結合させることができ、医薬品の核としても注目されている。1970年代までシンチグラフィー用薬剤としても使用されたことがあり、人体への影響は非常に少ないと考えられている。

インテグリン

細胞表面の原形質膜にあるタンパク質で、細胞接着分子である。細胞外マトリックスのレセプターとして細胞 - 細胞外マトリックスの細胞接着(細胞基質接着)の主役である。また細胞 - 細胞の接着にも関与する。インテグリンの中には悪性腫瘍に特に多く発現するものがある。

RGD

アルギニン(R)・グリシン(G)・アスパラギン酸(D)の3つのアミノ酸からなる、細胞接着活性を持つ最小の認識配列(トリペプチド)。細胞表面の受容体であるインテグリンに特異的に結合して細胞接着を誘導する。

コンバージョン手術(Conversion surgery)

診断時に技術的にあるいは腫瘍学的に切除不能と診断された進行固形癌症例に対する薬物療法がよく奏効し、技術的にも腫瘍学的にも切除可能と判断された際に実施される根治切除。アンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs)治療法がない、効果が不十分、負担が大きいといった、未だ満たされていない医療上の重要課題を指す概念。