
体内でがんを狙う免疫細胞を生み出す新戦略
RNA修飾免疫療法でがんと闘う細胞を投与できる時代に向けて
研究成果のポイント
- RNA修飾(m6A型)CAR mRNAを用いた新たな免疫療法戦略を提示し、動物モデルにおいて抗腫瘍効果を確認。
- mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で送達して体内でCARを発現させるアプローチについて、CARをコードするmRNAの配列を変更することで、例えば、がん幹細胞(CSC)に関連する抗原など、標的抗原に応じたCARの設計変更が可能であることを示した。
- 腫瘍微小環境(TME)において、標的としていない腫瘍抗原にもTCR・BCRレパトアの制御を介して免疫反応が広がる抗原スプレッディング(抗原拡大)や、長期的な免疫記憶の形成に関連する応答が認められた。
- LNPの組成やCARをコードするmRNAの配列を変更できる柔軟なプラットフォームとして、複数のがん抗原を標的とする免疫療法への展開に期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の原知明特任講師(常勤)、石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)らの研究グループは、東京科学大学および東海大学などとの共同研究により、m6A修飾CAR mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で送達する新たながん免疫療法の可能性を示しました。本研究では、CARをコードするmRNAの配列を変更することで、標的抗原に応じたCARの設計変更が可能であることを示し、マウスモデルにおいて抗腫瘍効果を確認しました。
研究グループは、腫瘍微小環境(TME)において、mRNAをLNPに封入して送達する技術を活用し、体内でCARを発現させTCR・BCRレパトアの制御をともない作用する免疫療法の開発を目指しました。LNPを用いた核酸送達(DDS)に関しては東京科学大学との共同研究により取り組み、また、がん幹細胞(CSC)を含む標的抗原に関する研究では東海大学との連携を進めました。CARの標的はmRNA配列の変更によって設計できるため、CSC関連抗原など、異なる標的抗原に応じた免疫療法へ展開できる可能性があります。
さらに、本研究では、治療に伴って、標的としていない腫瘍抗原にも免疫反応が広がる抗原スプレッディング(抗原拡大)と、長期的な免疫記憶の形成に関連する免疫応答が認められました。これらの知見は、標的抗原に対する免疫応答にとどまらず、腫瘍に対する免疫反応が広がり、その効果が治療後も持続する可能性を示すものです。
CAR-T細胞療法は、患者の免疫細胞であるT細胞に、がん細胞を認識するCARをT細胞に導入し、がんを攻撃させる治療法です。これまでのCAR-T細胞療法では、患者から免疫細胞を採取して体外でCARを導入・増殖させる工程が必要であり、製造や治療提供に課題がありました。本研究は、mRNAを脂質からなる微小な粒子(LNP)に搭載して細胞内へ届ける技術(mRNA-LNP)を活用して、体内でCARを発現させるアプローチにより、CAR免疫療法の新たな選択肢を提示するものです。また、mRNA配列の変更による標的の切り替えと、LNPによる核酸送達技術を組み合わせることで、がん幹細胞(CSC)を含む多様ながん抗原を標的とした治療法への応用が期待されます。
本成果は、m6A修飾mRNAとLNPを基盤とする、柔軟な設計が可能ながん免疫療法の開発に向けた重要な基礎的知見を提供するものです。
本研究成果は、米国科学誌「SCIENTIFIC REPORTS」に、10月2日(金)に公開されました。
研究の背景
がんに対する新しい治療法として、免疫細胞にがんを認識させて攻撃させる「CAR-T細胞療法」が注目されています。一方で、従来のCAR-T細胞療法は、患者さんの免疫細胞を体外で加工する必要があり、固形がんへの応用にも課題があります。
そこで期待されているのが、CARの設計情報を持つmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に封入し、体内の細胞へ届ける方法です。mRNAを使えば、標的に応じたCARを設計し、体内で一時的に発現させるアプローチが可能になります。しかし、mRNAを体内の目的の細胞に届けることや、十分な働きを引き出すことは、依然として重要な課題として残されています。
mRNAは、細胞に必要なタンパク質をつくらせるための設計情報を伝える分子です。さらに、mRNAに「m6A(エヌシックス・メチルアデノシン)」という化学修飾を施すことで、RNAの働きや細胞内の応答を調節できる可能性があります。しかし、m6A修飾mRNAを体内に届け、免疫応答を制御する方法は、まだ十分に確立されていません。
また、がんには、がん細胞だけでなく、がん幹細胞(CSC)のように腫瘍の維持や再発に関わる細胞集団が存在します。そのため、がん細胞の種類や特徴に応じて治療標的を選び、免疫細胞に認識させる仕組みが重要です。CAR(キメラ抗原受容体)は、免疫細胞に特定の抗原を認識させるための分子であり、その設計を変えることで、異なる標的への対応が期待できます。
さらに、がんに対する免疫応答を持続させるためには、標的抗原への反応だけでなく、別の腫瘍抗原にも免疫反応が広がる「抗原スプレッディング」や、治療後にがん細胞が再び現れた際、速やかに認識・攻撃できる免疫記憶を引き出すことが重要な研究課題となっています。
こうした背景から、本研究では、m6A修飾CAR mRNAとLNPによる送達技術を組み合わせ、体内でのCAR発現と抗腫瘍免疫応答を検討しました。 さらに、CARの標的を変更することで、がん組織の間質に存在する線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)に加えてEpCAM、LGR5、CD133などのCSC関連抗原を標的とする可能性や、抗原スプレッディング・免疫記憶に関連する応答を解析しました。
本研究は動物モデルを用いた基礎研究として、次のステップであるヒトでの有効性や安全性を確認する研究へ進むための前段階として位置づけられます。
研究の内容
本研究では、RNAの化学修飾の一つであるm6A(N6-メチルアデノシン)を施したmRNAと、脂質ナノ粒子(LNP)を組み合わせ、体内でCAR(キメラ抗原受容体)を発現させる新たながん免疫療法の可能性を検討しました。
まず、がん関連線維芽細胞(CAF)に発現するFAPを標的としたCARをコードするmRNAをLNPに封入して投与し、免疫細胞におけるRNA修飾状態や抗腫瘍免疫応答を解析しました。その結果、免疫関連経路の活性化や、免疫記憶に関連する遺伝子発現の変化が認められました。また、治療に伴い、腫瘍抗原に対する免疫応答が広がる「抗原スプレッディング」や、T細胞・B細胞受容体レパートリーの多様化が観察されました。
さらに、本研究では、CARの標的抗原を変更することで、異なるがん細胞集団を標的とする可能性を検討しました。FAPを標的とするCARの配列を、がん幹細胞(CSC)関連抗原であるEpCAM、LGR5、CD133を標的とする配列に置き換えたところ、抗腫瘍応答が維持されることが示されました。特に、CSC関連抗原を標的とした条件では、腫瘍内のSPP1シグナル経路の抑制が認められました。
また、LNPの組成を変更できる設計とし、pH応答性ポリベタインを用いたLNPへの置き換えも検討しました。その結果、ポリベタインを用いた場合にも、顕著な治療効果の低下を伴わずに抗腫瘍活性が維持されました。これにより、搭載するmRNAの標的配列だけでなく、送達に用いるLNP組成も変更可能な、柔軟な設計基盤であることが示されました。
これらの結果から、m6A修飾mRNAによる免疫応答の調節、LNPによる核酸送達、そして標的抗原の変更を組み合わせることで、さまざまながん抗原に対応可能なmRNA型がん免疫療法の研究基盤が構築できる可能性が示されました。今後は、CAR発現の定量的評価や体内分布、確立した腫瘍に対する効果、長期的な治療効果などをさらに検証する必要があります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、患者ごとに異なるがん抗原、特にがん幹細胞(CSC)が有する抗原の違いに応じて、標的を柔軟に変更したm6A修飾mRNA-CAR-T(m6RNA-CART)を開発できる可能性が示されました。将来的には、患者ごとのがんの特性に応じた治療法の選択につながり、精密医療・オーダーメード医療の発展に貢献することが期待されます。
また、RNA医薬の特性を活かすことで、製造コストの低減や、より幅広い患者への治療提供につながる可能性があります。今後、製造工程の最適化や安全性・有効性の検証を進めることで、持続可能な形での社会実装を目指します。
特記事項
本研究成果は、2026年10月2日(金)に米国科学誌「SCIENTIFIC REPORTS」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“m6A-modified mRNA–LNP system enables in vivo CAR expression and is associated with antitumour immune responses”
著者名:Sikun Meng,1,# Tomoaki Hara,1,# Tetsuya Sato,² Shotaro Tatekawa,³ Koki Yanagida,⁴ Kaede Nikaido,⁴ Yoshiko Saito,¹ Yasuko Arao,¹ Daisuke Motooka,⁵ Ken Ofusa,1,6 Kazuhiko Ogawa,³ Nobuhiro Nishiyama,⁴ Masaki Mori,7 Hidetoshi Eguchi,⁸ Taroh Satoh,⁸ Yutaka Miura,⁴ and Hideshi Ishii1,*
1. Department of Medical Data Science, Center of Medical Innovation and Translational Research, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka 565-0871, Japan.
2. Biomedical Research Center, Faculty of Medicine, Saitama Medical University, 1397-1 Yamane, Hidaka, Saitama 350-1241, Japan.
3. Department of Radiation Oncology, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka 565-0871, Japan.
4. Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Integrated Research, Institute of Science Tokyo, 4259 Nagatsutacho, Midori-ku, Yokohama, 226-8501, Japan.
5. Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka 3-1, Osaka 565-0871, Japan.
6. Prophoenix Division, Food and Life-Science Laboratory, IDEA Consultants, Inc., Osaka, Osaka 559-0034, Japan.
7. Tokai University Graduate School of Medicine, Isehara, 143 Shimokasuya, Kanagawa 259-1193, Japan.
8. Department of Gastroenterological Surgery, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka 565-0871, Japan.
Corresponding author: Professor Hideshi Ishii. Center of Medical Innovation and Translational Research, The University of Osaka Graduate School of Medicine, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka, 565-0871, Japan. Email: hishii@gesurg.med.osaka-u.ac.jp.
#, Those authors contributed equally to this work.
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-73127-0
本研究は、科研費およびAMED支援研究の一環として行われた。
参考URL
石井秀始特任教授(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fcdd81a7260c9252.html
SDGsの目標
用語説明
- m6A修飾
N6-methyladenosine。RNAを構成するアデノシンの一部にメチル基が付加された化学修飾。RNAの機能や細胞内での制御に関わることが知られている。本研究では、mRNAにm6A修飾を施し、CAR発現を利用した抗腫瘍免疫応答への影響を検討した。
- CAR
Chimeric Antigen Receptor(キメラ抗原受容体)。T細胞などの免疫細胞に導入し、特定の抗原を認識させるために設計された人工受容体。CARを導入したT細胞が標的抗原を認識して攻撃する治療法は、CAR-T療法と呼ばれる。本研究では、mRNAを利用してCARを発現させることで、がん抗原を標的とする免疫応答を誘導する方法を検討した。
- 腫瘍微小環境(TME)
Tumor Microenvironment。がん細胞だけでなく、免疫細胞、線維芽細胞、血管、細胞外基質などから構成される、がん組織を取り巻く環境。がんの増殖や進展、免疫応答に影響を及ぼす。本研究では、腫瘍微小環境を構成する細胞を標的とする免疫療法についても検討した。
- TCR・BCRレパトア
TCR(T-cell receptor)はT細胞受容体、BCR(B-cell receptor)はB細胞受容体を指す。これらの受容体は、T細胞やB細胞が抗原を認識する際に重要な役割を果たす。レパトアとは、集団内に存在する受容体の多様性を指す。本研究では、TCR・BCRレパトアの変化を解析し、免疫応答の広がりとの関連を調べた。
- がん幹細胞(CSC)
Cancer Stem Cell。がん組織の中で、自己複製能や腫瘍形成に関わる性質を持つ細胞集団。本研究では、EpCAM、LGR5、CD133などの分子を標的候補として、がん幹細胞を標的とするCARの抗腫瘍効果を検討した。
- 抗原スプレッディング(抗原拡大)
Antigen Spreading。免疫応答によってがん細胞が傷害される過程で、当初の標的抗原とは異なる抗原に対する免疫応答が誘導・拡大する現象。本研究では、CARによる標的化を起点として、複数のがん抗原に対する免疫応答が広がる可能性を検討した。
- mRNA-LNP
Messenger RNA-Lipid Nanoparticle(メッセンジャーRNA脂質ナノ粒子)。mRNAを脂質からなる微小な粒子に封入・搭載し、細胞内へ届けるための技術。細胞内に送達されたmRNAから、目的とするタンパク質を一時的に発現させることができる。本研究では、CARをコードするmRNAをLNPに搭載し、体内でのCAR発現を利用する治療法を検討した。
- 線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)
Fibroblast Activation Protein。がん組織の間質に存在するがん関連線維芽細胞(CAF)などに発現する膜タンパク質。がんの周囲に形成される腫瘍微小環境(TME)に関わることから、固形がんに対する治療標的として研究されている。本研究では、FAPを標的とするCARを用いて、がん組織の間質を標的とした免疫療法を検討した。
- がん関連線維芽細胞(CAF)
Cancer-Associated Fibroblast。がん組織の周囲に形成される腫瘍間質を構成する細胞の一種。細胞外基質の形成や腫瘍微小環境の調節に関与し、がんの進展や免疫応答にも影響を及ぼす。本研究では、CAFなどに発現するFAPを標的とするCARを用いて、腫瘍間質を標的とした治療を検討した。
- ポリベタイン
正電荷と負電荷の両方を持つベタイン構造を含む高分子。本研究では、pH応答性を持つポリベタインを用いたLNPを検討し、核酸送達技術としての特性や抗腫瘍効果を評価した。

