
1粒子ごとに炎症の由来組織と細胞状態を捉える新技術開発
血液や尿を用いた低侵襲な診断や病態評価への応用に期待
研究成果のポイント
- 細胞外小胞(Extracellular vesicle:EV)1粒子ごとに、表面の膜タンパク質と内部のmicroRNAを同時に検出する新技術を開発。
- 由来組織を示す膜タンパク質と炎症状態を示すmicroRNAを組み合わせ、慢性活動性抗体関連型拒絶反応(CAAMR)に関連するEV集団を患者尿から検出。
- 血液や尿を用いて局所的な炎症を捉える、非侵襲な病態評価・診断技術への応用に期待。
概要
東京科学大学生命理工学院(研究委託機関:名古屋大学)・日本学術振興会特別研究員(DC)の川口 彰太 氏、名古屋大学大学院工学研究科の阿尻 大雅 助教、安井 隆雄 教授らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所の古賀 大尚 准教授、北海道大学大学院工学研究院の渡慶次 学 教授、神戸薬科大学生命分析化学研究室の神谷 由紀子 教授らとの共同研究により、細胞外小胞(EV)1粒子ごとに、膜表面のタンパク質と内部のmicroRNAを同時に検出する新たな解析技術を開発しました。
EVは細胞から分泌される微小な粒子で、血液や尿などの体液中に存在しています。EVには、由来する組織や細胞の状態を反映するさまざまな分子が含まれていることから、疾患を非侵襲に評価するための新たなバイオマーカーとして注目されています。しかし、従来は多数のEVをまとめて測定する方法が中心であり、個々のEVが「どの組織に由来し、どのような状態を反映しているのか」を同時に捉えることは困難でした。
本研究では、セルロースナノファイバシートを利用した膜融合技術により、EVを破壊することなく内部に検出プローブを導入し、膜表面の膜タンパク質と内部のmicroRNAを同一粒子上で同時に解析することを可能にしました。この技術により、微量な尿から、どこで、どのような炎症が起きているかを検出できる可能性を示すことができました。
将来的には、血液や尿などを用いて体内の局所的な炎症状態を非侵襲に評価する、新たな診断・モニタリング技術への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年10月17日に国際学術雑誌『Cell Reports Physical Science』にオンライン掲載されました(2026年11月18日号掲載)。
研究の背景と内容
慢性炎症は、がん、神経変性疾患、自己免疫疾患、心血管疾患など、さまざまな疾患の発症や進行に関与しています。慢性炎症を早期に捉えるため、血液や尿などから疾患に関連する情報を得るリキッドバイオプシーが注目されています。しかし、従来用いられてきた炎症関連分子の多くは全身の炎症状態を反映するため、炎症がどの組織に関連しているのかを捉えることは困難でした。
そこで本研究グループは、細胞から分泌される微小な粒子である細胞外小胞(EV)に着目しました。EVの膜表面には由来する細胞や組織に関連するタンパク質が存在し、内部には細胞の状態を反映するmicroRNAなどが含まれています。一方、血液や尿にはさまざまな組織から放出されたEVが混在しているため、多数のEVをまとめて解析する従来法では、疾患に関連する少数のEVの情報が埋もれてしまうという課題があります。また、近年発展している1粒子解析でも、主にEV表面の分子が解析対象であり、同一EVの内部に存在するmicroRNAを併せて解析することは困難でした。
本研究では、セルロースナノファイバシート上で生じる膜融合を利用し、EVを破壊することなく内部へ検出プローブを導入する手法を開発しました(図1)。これにより、EV膜表面のタンパク質と内部のmicroRNAを同一粒子上で検出し、EVの由来組織と細胞状態に関する情報を1粒子レベルで組み合わせて解析することが可能になりました。
図1. セルロースナノファイバシートを用いた膜融合によるEVの1粒子解析
炎症刺激を与えた細胞から分泌されたEVを解析したところ、炎症に伴ってEVに含まれる膜タンパク質やmicroRNAの構成が変化することを確認し、炎症マーカー候補を同定しました。この結果をもとに、組織に関連する膜タンパク質と炎症に関連するmicroRNAを組み合わせ、炎症関連EVを1粒子レベルで解析しました。
本技術を、慢性活動性抗体関連型拒絶反応を示す腎移植患者の尿検体に応用したところ、腎臓に関連する膜タンパク質と炎症に関連するmicroRNAを同時に持つEV集団が認められました。さらに、腎臓以外を主な病変とする自己免疫疾患(Non-renal)との比較から、疾患に関連するEV集団を識別できる可能性が示されました(図2)。これらの結果から、EVの表面と内部の分子情報を1粒子レベルで組み合わせることで、体液中に混在するEVの中から、特定の組織と炎症状態に関連するEV集団を識別できる可能性が示されました。
図2. 腎移植患者の尿中における疾患関連EV集団の検出
本研究成果の意義
本研究では、EVの膜表面と内部の分子情報を1粒子レベルで組み合わせて解析する新たな技術を開発しました。これにより、体液中に存在するEVについて、由来する組織と細胞の状態を同時に捉えられる可能性が示されました。今後、解析できる膜タンパク質やmicroRNAの種類を拡張することで、さまざまな疾患に関連するEV集団の識別への応用が期待されます。また、血液や尿などの採取しやすい体液を用いることから、疾患の低侵襲な診断や病態評価、治療効果のモニタリングにつながる可能性があります。
特記事項
【論文情報】
雑誌名:Cell Reports Physical Science
論文タイトル:Non-destructive colocalization sensing of microRNAs and membrane proteins in single vesicles reveals spatial inflammation signatures
著者:Shota Kawaguchi*, Taiga Ajiri*, Kunanon Chattrairat*, Hirotaka Koga, Yukiko Kamiya, Fuminori Sato, Hiroyuki Asanuma, Masatoshi Maeki, Manabu Tokeshi, Takeshi Yokoyama, Yoshikazu Tanaka, Kosuke Yoshida, Akira Yokoi, Kiyohiko Hotta, Naoya Iwahara, Yuichiro Fujieda, Mitsutaka Yasuda, Tatsuya Atsumi, Shimpei I. Kubota, Kaoru Murakami, Masaaki Murakami, and Takao Yasui*
DOI:10.1016/j.xcrp.2026.103613
URL:https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2026.103613
本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR2576)、日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット研究開発事業(JP22zf0127004、JP22zf0127009)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(JPNP20004)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(A)(JP24H00792)、Science Tokyo SPRING(KH240019nn)、日本学術振興会特別研究員奨励費(JP25KJ1250)、ならびに野口遵研究助成金(NJ202308)の支援のもとで行われたものです。
用語説明
- 細胞外小胞(Extracellular vesicle:EV)
細胞から分泌される、脂質膜に包まれた微小な粒子。タンパク質やRNAなどを含み、由来する細胞の特徴や状態を反映することから、疾患バイオマーカーとして注目されている。
- microRNA
遺伝子の働きを調節する短いRNAの一種。細胞の種類や状態、疾患などによってその種類や量が変化することから、バイオマーカーとして広く研究されている。
- 慢性活動性抗体関連型拒絶反応(CAAMR)
臓器移植後に、抗体を介した免疫反応によって移植臓器への障害が持続する拒絶反応の一種。本研究では、腎移植患者の尿中EVを用いて解析を行った。
- セルロースナノファイバ
木材由来のセルロースパルプをナノメートルサイズまで微細化した繊維状材料。本研究では、セルロースナノファイバからなるシートを利用した膜融合によって、EV内部へ検出プローブを導入した。
- 膜融合
脂質膜同士が融合し、その内容物や膜成分が混ざり合う現象。本研究では、この現象を利用してEVの構造を大きく損なうことなく、内部のmicroRNAを検出するためのプローブを導入した。