炎症性腸疾患の新たな経口治療薬を開発

炎症性腸疾患の新たな経口治療薬を開発

糖鎖転移酵素「FUT8」を標的とした新薬に期待

2026-10-21●生命科学・医学系
医学系研究科講師林 義人

研究成果のポイント

  • 糖タンパク質の糖鎖修飾の一つである「コアフコシル化」を触媒する唯一の酵素「FUT8」を標的に、経口投与可能な新規小分子阻害剤を開発・評価。
  • マウスの腸炎モデルで、本阻害剤を経口投与すると、T細胞の過剰な活性化や炎症性サイトカインの産生が抑制され、腸炎が改善することを発見。
  • 既存の治療薬で十分な効果が得られない炎症性腸疾患の患者に対する、新しい仕組みの経口治療薬の開発につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科消化器内科学博士後期課程の朝倉亜希子さん(研究当時)、林義人講師、竹原徹郎名誉教授、兵庫医科大学医学部消化器内科学の新﨑信一郎主任教授(元大阪大学大学院医学系研究科消化器内科学講師)らの研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻の真鍋良幸教授、同医学系研究科生体病態情報科学の三善英知特任教授、同放射線科学基盤機構の深瀬浩一特任教授(常勤)らとの共同研究で、糖タンパク質の糖鎖修飾の一つであるコアフコシル化を触媒する、哺乳類で唯一の酵素「FUT8(Fucosyltransferase 8)」に対する新規経口小分子阻害剤を開発しました。本阻害剤は、T細胞依存性の免疫応答を抑制し、マウスの腸炎モデル(クローン病や潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患:IBD)において治療効果と安全性を示しました。 

現在、IBDの治療には高価な注射用バイオ医薬品(抗体製剤)が多用されていますが、医療経済的な負担の大きさや、頻回な通院・自己注射に伴う患者さんの生活上の負担が大きな課題となっています。本研究グループは、過剰に活性化したT細胞でコアフコース(N-結合型糖鎖の根元にあるN-アセチルグルコサミンに結合したフコース)化が亢進している点に着目し、新規FUT8阻害剤の治療効果を評価しました。その結果、本阻害剤の経口投与によって、T細胞受容体(TCR)シグナル伝達と炎症性サイトカインの産生が抑制され、腸炎が改善されることを実証しました。また、主要臓器への毒性や、腸管バリアを担う粘液層への悪影響が認められないことも確認されました。

これにより、従来の注射用バイオ医薬品に代わる、安価で「患者負担の少ない経口治療薬」という新たな選択肢につながる可能性が示されました。また、糖鎖修飾を標的とした新たな創薬モダリティの開拓が前進しました。

本研究成果は、2026年8月14日(金)に米国科学誌「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」(オンライン)に掲載されました。

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図1. FUT8阻害剤のマウス腸炎における作用メカニズム

研究の背景

炎症性腸疾患(IBD)は、クローン病や潰瘍性大腸炎を含む、原因不明の難治性腸管炎症疾患です。近年、患者数が世界的に急増しており、社会的・経済的な大きな課題となっています。IBDの治療にはステロイドや免疫調節薬、さらに特定の分子を中和する注射用の抗体医薬(バイオ医薬品)など多様な選択肢が導入されていますが、治療抵抗性を示す患者の存在や、高額な医療費、さらには点滴や自己注射による日常生活への負担が課題となっています。そのため、新規の作用機序を持ち、患者のQOL(生活の質)を高めることができる「経口投与可能な新規治療薬」の開発が望まれていました。

研究グループは、これまでに糖鎖(タンパク質に結合する糖の鎖)の修飾パターン、特にコアフコースの存在が、腸管の炎症制御において極めて重要であることを報告してきました(Gastroenterology. 2016)。このコアフコースの形成を触媒するのがFUT8であり、哺乳類ではこの反応を担う唯一のフコース転移酵素です。遺伝子学的にFUT8を欠損させたマウス(Fut8-/-)では、T細胞受容体(TCR)の脂質ラフト(シグナル伝達のプラットフォーム)への移行が阻害され、TCRシグナルの下流伝達が抑制されるため、腸炎の重症化が抑制されることを、この論文で報告しています。

研究の内容

今回、共同研究グループがスクリーニングと構造最適化によって開発した新規の経口FUT8低分子阻害剤 (Angew Chem Int Ed Engl. 2024) を用いて、実際の腸炎モデルに対する治療効果と、免疫細胞への作用メカニズムを検証しました。

そして、新規FUT8阻害剤の経口投与がマウス腸炎モデルにおける腸炎が改善することを発見しました。 in vitro解析では、本阻害剤が細胞毒性なしにCD4陽性T細胞のコアフコース化と炎症性サイトカイン産生を抑制することを確認。さらに、T細胞特異的FUT8欠損(LckcreFut8fl/fl)マウスを用いた検討により、本阻害剤はT細胞に直接作用して腸炎を抑制すると考えられました。また、健常マウスを用いた評価では、肝臓・腎臓への毒性や腸管の粘液層への悪影響は認められませんでした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、これまでに臨床応用されたことのない「糖鎖修飾酵素(FUT8)の阻害」という画期的な作用機序による難治性免疫疾患の治療薬としての可能性を実証しました。

高価な抗体医薬(注射剤)に頼らざるを得なかったIBD治療に対し、合成が容易で製造コストの低い「小分子経口薬」として提供できれば、治療の継続性やQOLを向上させることができます。また、既存のバイオ製剤で効果が見られなかった患者に対する、新たな選択肢としても大きな期待が寄せられます。

特記事項

本研究成果は、2026年8月14日(金)に米国科学誌「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Suppressing FUT8 with a Novel Small Molecule Inhibitor Ameliorates Inflammation in Murine T Cell-mediated Colitis Models”
著者名:Akiko Asakura,1 Shinichiro Shinzaki,2 Yoshiyuki Manabe,3,4 Koki Hizume,3 Yuri Tsujii,1 Taku Tashiro,1 Takahiro Amano,1 Mizuki Tani,1 Yuriko Otake-Kasamoto,1 Takeo Yoshihara,1 Ryotaro Uema,1 Yoshiki Tsujii,1 Hideki Iijima,1,5 Yoshihiro Kamada,6 Daisuke Okuzaki,7 Daisuke Motooka,7 Tomohiko Fukuda,8 Takashi Kudo,9 Satoru Takahashi,9 Jianguo Gu,8 Eiji Miyoshi,10 Koichi Fukase,3,11 Yoshito Hayashi,1* and Tetsuo Takehara1
1.Department of Gastroenterology and Hepatology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Osaka, Japan;
2.Department of Gastroenterology, Hyogo Medical University School of Medicine, Hyogo, Japan;
3.Department of Chemistry, Graduate School of Science, The University of Osaka, Osaka, Japan;
4.Department of Materials Engineering Science, Graduate School of Engineering Science, The University of Osaka, Osaka, Japan;
5.Department of Gastroenterology, Osaka International Medical & Science Center, Osaka Keisatsu Hospital, Osaka, Japan;
6.Department of Advanced Metabolic Hepatology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Osaka, Japan;
7.NGS Core Facility, Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Osaka, Japan;
8.Division of Regulatory Glycobiology, Institute of Molecular Biomembrane and Glycobiology, Tohoku Medical and Pharmaceutical University, Miyagi, Japan;
9.Laboratory Animal Resource Center in Transborder Medical Research Center, and Department of Anatomy and Embryology, Institute of Medicine, University of Tsukuba, Ibaraki, Japan;
10.Department of Molecular Biochemistry and Clinical Investigation, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Osaka, Japan;
11.Institute for Radiation Sciences, The University of Osaka, Osaka, Japan
*Lead Contact: Yoshito Hayashi, MD, PhD
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jcmgh.2026.101865

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)、日本学術振興会(JSPS)、科学研究費助成金(科研費)等による研究の一環として行われました。

参考URL

林 義人 講師 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/08a52e9a19d0bc65.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

コアフコシル化

タンパク質に付加される糖鎖(N-結合型糖鎖)の根元に、糖の一種であるフコースが結合する糖鎖修飾反応。

FUT8

正式名:Fucosyltransferase 8/α-1,6-フコース転移酵素。糖鎖の根元にコアフコースを結合させる反応を触媒する酵素。哺乳類ではこの反応を担う唯一の酵素。

T細胞

体内に入った異物を排除したり、他の免疫細胞の働きを指令したりする、免疫応答の司令塔となるリンパ球の一種。

炎症性腸疾患

IBD:inflammatory bowel diseaseの略。大腸や小腸の粘膜に慢性の炎症や潰瘍が起こる原因不明の難治性疾患。主にクローン病と潰瘍性大腸炎に分類される。

バイオ医薬品(抗体製剤)

特定の病因物質をピンポイントで中和する、遺伝子組換え技術等を用いて作られた製剤。

T細胞特異的FUT8欠損(LckcreFut8fl/fl)マウス

T細胞でのみ特異的にFUT8遺伝子の働きを欠損(ノックアウト)させたマウス。