
周期表の化学! 102番元素ノーベリウムは「軟らかい」!?
重い元素に働く相対論効果がもたらす新しい性質
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院理学研究科の笠松良崇教授、高エネルギー加速器研究機構共通基盤研究施設の渡邉瑛介助教(研究当時、大阪大学大学院理学研究科大学院生)、および理化学研究所仁科加速器科学研究センターの羽場宏光室長らの研究グループは、人工元素であるノーベリウムがクラウンエーテルと予測以上に強く相互作用することを観測し、これが重い元素に顕著に働く相対論効果によって現れた金属イオンとしての「軟らかさ」に起因していることを明らかにしました。
原子番号102のノーベリウム(No)は、周期表の下部に位置するアクチノイド元素の一つです。ノーベリウムは短寿命(²⁵⁵No, 半減期:3.5分)で、一度の実験で扱える原子数も非常に少ないため、その化学的性質には現在も多くの謎が残されています。
今回、研究グループは、理化学研究所RIビームファクトリーのAVFサイクロトロンを用いて²⁵⁵Noを合成し、クラウンエーテルを担持した樹脂への吸着率(分配係数)を測定しました。その結果、No²⁺はストロンチウムイオン(Sr²⁺)と同程度に強くクラウンエーテルへ抽出される一方、そのイオンサイズだけから予想される傾向からは明確に外れ、鉛イオン(Pb²⁺)と似た性質を示すことが分かりました。この実験結果について相対論的量子化学計算を行ったところ、No²⁺とクラウンエーテルとの結合には単純な静電相互作用だけではなく共有結合的な性質が現れることが示されました。そして、この特徴には、原子番号の大きな元素で顕著になる「相対論効果」が深く関与していることが明らかになりました。これらの結果は、No²⁺が従来知られてきたアルカリ土類金属(Ca²⁺やSr²⁺)に似た性質だけでなく、Pb²⁺に似た「軟らかい」金属イオンとしての性質も併せ持つことを示しています。本研究は、元素がもつ「硬さ」のパラメータが相対論効果の影響を顕著に受けることに初めて着目したものであり、今後ニホニウムなど他の重元素の化学的性質を調べる研究への波及が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、9月30日(水)14:00(U.S. Eastern Time)に公開されました。
図1. クラウンエーテルと相互作用するノーベリウムの分子構造イメージ
研究の背景
現在に至るまで人類は、原子番号1番の水素から118番のオガネソンまでの118種の元素を発見してきました。原子番号101番以降の元素は、加速器を用いた人工的な核融合反応によってのみ生成可能で、短寿命で1原子レベルでしか扱えないため、その化学的性質はほとんど分かっていません。重元素領域では、電子にはたらく相対論効果の影響が大きくなることで周期表における周期性から逸脱した化学的性質を示す可能性があります。そのため、その化学挙動の観測とそこから議論できる原子にはたらく相対論効果の理解に大きな興味が持たれています。
102番元素ノーベリウム(No)は、ウランやプルトニウムなどが属するアクチノイド系列(周期表内でfブロック元素)に位置する元素です。1970年代に、ノーベリウムは水溶液中でカルシウム(Ca)やストロンチウム(Sr)といった2族元素(アルカリ土類元素)に近い性質をもつことが報告されました。これは、アクチノイド元素の中では例外的な性質と考えられます。しかし、実験の難しさに起因して、ノーベリウムの化学的性質に関する研究はほとんど行われず、その性質を詳細に調べることが実現できていませんでした。
研究の内容
研究グループは、理化学研究所RIビームファクトリーのAVFサイクロトロンを用いて、短寿命のノーベリウム原子を迅速に化学実験室へと搬送し化学実験を行う「加速器オンライン実験」法によりノーベリウムとクラウンエーテルとの相互作用を調べる実験を行いました。96番元素のキュリウムターゲットへ炭素ビームを照射することによりノーベリウムの同位体のひとつ²⁵⁵No(半減期:3.5分)を製造し、ガスジェット搬送法により化学実験室へと搬送しました。化学実験室では、笠松教授らがこれまで大阪大学にて開発してきた自動バッチ型固液抽出実験装置(通称AMBER)を用いて、硝酸中における²⁵⁵Noのクラウンエーテルを担持させた樹脂への吸着率(分配係数)を測定しました。その結果、²⁵⁵Noはイオン半径から予想されるよりも強くクラウンエーテルと相互作用していることが明らかになりました。
ノーベリウムとクラウンエーテルの相互作用を理解するために、相対論的量子化学計算が行われました。今回合成した錯体は、ノーベリウムの2価イオン(No²⁺)がクラウンエーテル分子に包摂された錯体として溶液中でも安定な構造であり、ストロンチウム錯体についてはすでに構造が決定されています。それゆえ、通常では重元素の化合物は構造が特定できないために計算することが困難でしたが、今回の錯体に対しては安定性を計算することができ、その元素間の差が実験結果と良く一致しました。そこで、決定した構造を基に電子状態の解析を行うことができ、クラウンエーテルからノーベリウム原子への電子の移動度を算出しました。電子を受け取る性質が高いイオンを「軟らかい酸」と表現しますが、No²⁺の軟らかさは、周期表で2族元素に属するSr²⁺よりも高く、pブロック元素に属する鉛イオン(Pb²⁺)と類似した値であることがわかりました。さらに、単一のイオンを対象とした電子状態解析の結果、No²⁺の軟らかさは、電子軌道が相対論効果の影響を強く受けることによって説明できることが明らかになりました。この結果から、No²⁺は単に「Sr²⁺に似た大きさと電荷を持つイオン」として振る舞うだけではなく、そのアクチノイド元素としての電子構造に由来する特異的な化学的性質を持つことが明らかになりました。
2族元素やPbの放射性元素を利用した抽出実験及び量子化学計算は、大阪大学並びに高エネルギー加速器研究機構にて実施しました。今回用いた構造を特定しやすい錯体と、それによって1原子レベルの溶液化学へ相対論的量子化学計算を適用できたことは、今後様々な重元素、超重元素の性質を調べる上で非常に重要な知見になると期待しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
昨今では、産業界でも原子番号の比較的大きな元素が使用される機会が増えており、そのような新しい物質の新しい性質・機能が大きく社会を変えることもあります。相対論効果は、すべての元素にはたらいています。本研究成果によって、相対論効果が顕著にはたらく重元素領域においてその影響を明らかにしたことは、周期表のすべての元素のより精密な理解につながります。さらに、物理・化学・材料分野の研究開発で広く利用される相対論的量子化学的手法やその電子状態解析法の高精度化に寄与することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年9月30日(水)14:00(U.S. Eastern Time)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“₁₀₂No²⁺ as a soft metal ion: Extraction of ²⁵⁵No using crown ethers”
著者名:Eisuke Watanabe, Ruilin Wang, Takuya Yokokita, Ryohei Nakanishi, Saki Otaka, Ryotaro Masuda, Yudai Itakura, Yudai Shigekawa, Hiromitsu Haba, Akihiro Nambu, Xiaojie Yin, Kyosuke Shibamoto, Masashi Kaneko, Koichi Takamiya, Atsushi Shinohara, and Yoshitaka Kasamatsu
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.aeh4903
なお、本研究は、JSPS日本学術振興会の助成(課題番号21H01951)を受けて実施しました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- クラウンエーテル
複数の酸素原子を含む環状の有機分子。環の内部に金属イオンを取り込んで錯体を形成することができ、金属イオンの分離や認識などに広く利用されています。
- 相対論効果
原子の中央に位置する原子核が大きくなると、そのプラスの電荷も大きくなります。すると、原子核の周りに位置する軌道殻電子は大きな作用を受け、内側の電子が安定化したり、外側の電子が不安定化したりします。
- 重元素
原子番号が大きな元素を重元素と呼びます。101番元素メンデレビウム以降の元素は、重イオン核融合反応を用いて人工的に合成することでしか取り扱うことができず、その化学的性質はほとんどわかっていません。
- 金属イオンとしての「軟らかさ」
金属イオンと分子との結合の性質を分類する考え方の一つ。「硬い」イオンでは静電的な相互作用が支配的なのに対し、「軟らかい」イオンでは電子雲が変形しやすく、共有結合的な相互作用が強く現れる傾向があります。


