
\血液から「抗体工場の心臓部」を再現/ ヒト胚中心B細胞を培養皿の中で作製
ワクチン・自己免疫疾患研究の新たなツール
研究成果のポイント
- ヘルパーT細胞から供給される3つのシグナル(CD40L、インターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-21(IL-21))のみを用いて、ヒト血液中のナイーブB細胞からin vitro胚中心様B細胞(iGCB細胞)を作製する簡便な培養法を開発
- ヒト胚中心B細胞(GCB細胞)は、扁桃やリンパ節などのリンパ組織内にほぼ限局して存在するため、取得や実験的な操作が極めて困難だった
- 今回、鍵となるシグナルを適切な順序で与えることで作製が可能になり、その順序とタイミングが重要であることを解明
- iGCB細胞は、体細胞高頻度変異をはじめとするヒト胚中心B細胞の主要な特徴を再現しており、胚中心の形成を促進・阻害する因子の検証が可能となり、より優れたワクチンの開発や自己免疫疾患の治療法開発につながることが期待される
概要
大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)のDavid Priest特任助教(常勤)、James Badger Wing教授らの研究グループは、ヒトの血液由来のB細胞から、培養皿の中でin vitro胚中心B細胞(iGCB細胞)を作製する方法を開発しました。
胚中心は、リンパ節や扁桃の内部に形成される、B細胞が抗体を洗練させる場です。この過程によって、ワクチンによる防御を支える抗体が生み出される一方、適切に制御されないと、自分自身の組織を攻撃する自己反応性抗体が生じ、自己免疫疾患につながることがあります。ヒトの胚中心B細胞(GCB細胞)は主にリンパ組織内に存在するため、研究することが非常に難しく、これまで実験的に操作することも困難でした。
今回、研究グループは、ヒトの血液由来のB細胞に3つのシグナルを適切な順序で与えることで、iGCB細胞を作製できることを見いだしました。作製したiGCB細胞は、ヒトの胚中心B細胞に特徴的な性質を広く再現しており、抗体の多様性を生み出す「体細胞高頻度変異」も確認されました。
本培養法を用いることで、これまで研究が難しかったヒト胚中心B細胞がどのように形成されるのかを、培養皿の中で詳しく調べることが可能になります。今後、より効果的なワクチンの開発や、自己免疫疾患の新たな治療法の研究に役立つことが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Immunology」に、9月19日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。
図1. ヒト胚中心B細胞のin vitro誘導
ヒトの血液からナイーブB細胞を単離し、2段階の分化誘導法で培養することにより、in vitro胚中心様B細胞(iGCB細胞)を形成させる。 Created in BioRender. Wing, J. (2026) https://BioRender.com/i3m0psk
研究の背景
ワクチンを接種したり感染したりすると、B細胞はリンパ節や扁桃の内部に形成される「胚中心」に集まります。ここでB細胞は増殖し、抗体をコードする遺伝子に変異を起こす「体細胞高頻度変異」を経て、より標的に強く結合する抗体をつくるB細胞が生き残ります。こうして、私たちを感染症から守る強力で長時間持続する抗体が生み出されます。一方、この過程が適切に制御されないと、自分自身の組織を攻撃する抗体が生じることがあります。
しかし、胚中心について分かっていることの多くはマウスを用いた研究から得られたものです。ヒトの胚中心B細胞(GCB細胞)はリンパ節や扁桃などのリンパ組織内に存在するため、採取や実験的な操作が難しく、研究には大きな制約がありました。そこで、ヒトのGCB細胞を培養下で作製する方法の開発が試みられてきましたが、GCB細胞の分子的な特徴を十分に再現できる培養法は確率されていませんでした。
研究の内容
研究グループは、ヒトのナイーブB細胞を可溶性CD40Lとさまざまなサイトカインで刺激しました。IL-4を含む条件で培養すると、4日目にBCL6を発現する小さな細胞集団が現れました。続いてIL-21を加えると、多くの細胞でBCL6の発現が高まり、胚中心B細胞に特徴的な性質をもつ細胞が形成されました。一方、IL-4とIL-21の順序を逆にした場合や、IL-4を残したままにした場合には、iGCB細胞細胞は形成されませんでした。
さらに、ヒト扁桃由来のB細胞と比較して解析したところ、iGCB細胞は、表面マーカーや転写因子、DNA修復機構など、ヒト胚中心B細胞を特徴づける多くの性質を再現していました。また、他のヒト培養系の公開データと比較しても、iGCB細胞は扁桃やリンパ由来のGCB細胞に最も近い特徴を示しました。培養9日後に抗体遺伝子を解析したところ、体細胞高頻度変異は確認されましたが、親和性成熟は認められませんでした。
また、ナイーブB細胞は効率よくiGCB細胞を形成し、血中の辺縁帯B細胞もiGCB細胞を形成する能力を保持していました。一方、クラススイッチ記憶B細胞は、ほぼすべてが抗体を分泌する形質芽細胞へと分化しました。さらに、いくつかのサイトカインや、BCL6、EZH2などの分子を阻害する薬剤によってiGCB細胞の形成が抑えられ、異なる細胞への分化が促されることも分かりました。これらの結果から、本培養系を用いることで、胚中心の形成を促進または妨げる因子を、ヒトの細胞で直接検証できることが示されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
抗体はワクチンによる防御の基礎であり、胚中心は感染症から体を守る抗体がつくられる重要な場です。今回、ヒトの血液由来のB細胞から、3つのシグナルのみを用いてiGCB細胞を作製する方法を開発したことで、ヒトの胚中心B細胞の形成をどのようなシグナルが制御しているのかを、培養下で詳しく調べることが可能になります。
本研究成果は、今後より優れたワクチンの開発や、自己免疫疾患の新たな治療法の探索に役立つことが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年9月19日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Immunology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“In vitro induction of human germinal center B cells”
著者名:David G. Priest, Melike Fusun Demir, Wataru Ise and James B. Wing
DOI:https://doi.org/10.1126/sciimmunol.aeg5223
なお、本研究は、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点))(JP223fa627002)、(W.I., J.B.W.)、AMED-CREST JP25gm1810007(W.I., J.B.W.)、 IFReC Advanced Post-doc Program(D.G.P.)、塩野義製薬 次世代研究者支援(基礎研究・創薬研究)2024N058(D.G.P.)、IFReC岸本財団フェローシップ(M.F.D.)の支援を受けて行われました。
また、本研究は「日本財団−大阪大学感染症対策プロジェクト」の一環として実施されました。
参考URL
James Badger Wing教授 研究者総覧
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/researchers/James.html
SDGsの目標
用語説明
- CD40L、インターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-21(IL-21)
ヘルパーT細胞からB細胞に与えられ、B細胞の活性化や分化を調節するシグナル。CD40Lは通常、ヘルパーT細胞の表面に存在するタンパク質で、本研究では可溶性CD40Lを用いた。IL-4とIL-21は、免疫細胞間で情報を伝える「サイトカイン」と呼ばれるタンパク質である。本研究では、これら3つのシグナルを適切な順序で与えることによって、iGCB細胞を作製した。
- in vitro胚中心様B細胞(iGCB細胞)
本研究でヒトの血液由来のB細胞から培養下で作製した、ヒト胚中心B細胞に特徴的な性質を持つ細胞。
- 胚中心B細胞(GCB細胞)
胚中心の内部に存在し、抗体の性質を変化させる過程に関わるB細胞。
- 体細胞高頻度変異
抗体をコードする遺伝子に小さな変異が高い頻度で生じる現象。AIDと呼ばれる酵素の働きによって起こり、さまざまな性質をもつ抗体を生み出す仕組みの一つである。胚中心では、この変異と細胞の選択を繰り返すことで、より標的に強く結合する抗体が生み出される。
- 胚中心
免疫応答の際に、リンパ節や扁桃などのリンパ組織の内部に形成される構造。B細胞はここで増殖し、抗体をコードする遺伝子に変異を起こす「体細胞高頻度変異」を経て、より標的に強く結合する抗体をつくるようになる。感染やワクチン接種のあとに、強力で長時間持続する抗体を生み出すために重要な場である。
- BCL6
B細胞が胚中心B細胞へと変化する過程で中心的な役割を果たす転写因子。本研究では、BCL6の発現を、細胞が胚中心B細胞に特徴的な状態へ変化したことを示す主要な指標の一つとして用いた。

