
押すと明るく光り、色が大きく変わる結晶を発見
世界最高の圧力感度をもつ蛍光材料
研究成果のポイント
- 炭素と水素だけからなる単純な芳香族有機分子の結晶に圧力をかけると、通常とは逆に発光が明るくなり(約1.7倍)、さらに発光色が水色から黄色へと大きく変化する現象を発見
- 「圧力で発光色が変わる材料」は、センサー、情報記録、偽造防止などへの応用が期待されているが、「明るくなる」と「色が大きく変わる」を両立させる、丈夫で単純な分子はこれまで未設計だった
- 圧力に対する発光色の変わりやすさ(圧力感度)は37.4 nm/GPaで、分子性材料として、柔らかい骨格をもつ従来材料の約2倍にあたり、これまでに報告された中で最高値
- 細長く、でこぼこのない分子の形が設計の鍵であり、丈夫な芳香族炭化水素でも高性能な圧力応答材料を作れることを示し、化学的に安定な圧力センサーなどへの応用が期待される
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の桶谷龍成講師、久木一朗教授、新堀魁星さん(2025年3月博士前期課程修了)、神山凌弥さん(2026年3月博士前期課程修了)、五月女光助教、同研究科附属極限科学センターの中本有紀助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の平尾直久主幹研究員、門林宏和研究員、株式会社リガクの佐藤寛泰氏らの研究グループは、細長い形をもつ有機分子の結晶に高い圧力をかけると、発光が明るくなると同時に、発光色が大きく変化することを発見しました(図1)。この発光色の変化の大きさは、これまでに報告された分子性材料の中で最も大きな値となります。
光る有機分子の結晶に圧力をかけると、分子どうしの距離が縮まり、ふつうは発光が弱くなります。そのため圧力をかけると明るくなる材料はごく限られており、さらに、発光色が大きく変わるものはほとんどありませんでした。
今回、研究グループは、フェナントレンの両端にアントラセンをつないだ棒のように細長いπ共役分子を設計しました。この分子の結晶をダイヤモンドアンビルセルで圧縮したところ、1.4 GPa(約1万4千気圧)までは発光強度が約1.7倍に増え、3.5 GPa(約3万5千気圧)までかけると発光ピークが458 nmから589 nmへ131 nmも動き、水色から黄色へと色が変わりました。圧力を戻すと元の発光に戻り、この変化は繰り返し利用できます。さらに、比較用に設計した太い分子ではこの増強が起こらないことから、分子の細長さが性能を決めていることを明らかにしました。分子の細長さという分かりやすい指標は、今後の材料開発の設計指針への応用が期待されます。
本研究成果は、8月7日(金)に英国王立化学会の「Journal of Materials Chemistry C」(オンライン)に掲載されました。
図1. 本研究の概要。フェナントレンとアントラセンを直線状に結合したπ共役分子を設計し、圧力の印加によって発光の増強と高感度な発光色の変化を実現した。
研究の背景
物質に強い圧力をかけると、分子どうしの距離が縮まり、その結果として色や光り方が変わります。この性質を利用した「圧力で発光色が変わる材料」は、力を測るセンサー、情報の記録、偽造防止などへの応用が期待され、世界中で研究されています。
しかし、光る有機分子の結晶では、圧縮によって分子が近づきすぎると互いに影響し合い、発光が弱くなってしまうという問題があります(凝集誘起消光)。そのため、圧力をかけると明るくなる材料はごく少数しか知られていませんでした。また、発光色を大きく変えるには、これまで「柔らかく変形しやすい骨格」をもつ大きな分子が有利と考えられてきたものの、そうした分子は熱や構造の安定性に劣ります。丈夫で単純な芳香族炭化水素で「明るくなる」と「色が大きく変わる」を両立させる設計の指針は、これまでありませんでした。
研究の内容
研究グループは、フェナセンの両端に、アントラセンを単結合でつないだ2種類の分子を合成しました。1つは中央の骨格にフェナントレンを用いることにより分子全体が細長い骨格の分子、もう1つは中央の骨格にクリセンを用いた幅広い骨格の分子です。
これらの結晶をダイヤモンドアンビルセルに封入して圧力をかけながら、発光分光、ラマン分光、大型放射光施設SPring-8 (BL10XU)でのX線回折を組み合わせて詳しく調べました。
その結果、幅広い分子では、圧縮とともに発光が弱まり(3.8 GPaで約4分の1)、発光色は水色から緑色へ変化しました(感度15.3 nm/GPa)。一方、細長い分子では、1.4 GPaまで発光強度が約1.7倍に増加し、3.5 GPaまでに発光ピークが131 nmも長波長側へ移動して、水色から黄色へと大きく色が変わりました。このときの感度37.4 nm/GPaは、分子性材料としてこれまでで最も高い値です。
SPring-8での測定から、細長い分子の結晶は、圧力をかけると分子の長さ方向にはほとんど縮まない一方、分子が積み重なる方向には10%以上縮むことが分かりました。この偏った縮み方によって、隣り合う分子の光る面どうしが近づき、2つの分子が一時的にペアを組んだ状態(エキシマー)から光が出るようになります。これが大きな色変化の原因です。同時に、圧力で結晶が硬くなることで分子の振動が抑えられるため、発光が弱まらずむしろ明るくなったと考えられます。
さらに、幅広い分子では光る面どうしが真正面で重なって消光が起こるのに対し、細長い分子ではその重なりが避けられていることを結晶構造から突き止めました。この細長く、短軸方向に出っ張りのない分子の形が、明るさと高感度を両立させる鍵であるという新しい設計指針を示しました。
図2. 細長い骨格の分子と幅広い骨格の分子を設計し、圧力をかけたときの発光スペクトルの変化とダイヤモンドアンビルセル中の結晶の写真。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、複雑な分子設計に頼らず、炭素と水素だけからなる単純で丈夫な分子の形を選ぶだけで、圧力に鋭敏に応答する発光材料が得られることを示しました。分子の細長さという分かりやすい指標は、今後の材料開発の設計指針として広く使えると考えています。
また、発光色の変化が大きいことは、色の違いから圧力の大きさを読み取れることを意味します。圧力を戻すと元に戻り繰り返し使えるため、機械部品や構造材にかかる力を色で見える化する材料、高圧下での圧力計、偽造防止材料などへの応用が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年8月7日(金)に英国王立化学会の「Journal of Materials Chemistry C」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Pressure-induced Fluorescence Enhancement and Highly Sensitive Colour Change of Anthracene-introduced Phenacene Derivatives in Solid State”
著者名:Ryusei Oketani, Kaisei Niibori, Hikaru Sotome, Yuki Nakamoto, Naohisa Hirao, Hirokazu Kadobayashi, Ryoya Kamiyama, Hiroyasu Sato and Ichiro Hisaki
DOI:https://doi.org/10.1039/D6TC01401A
なお、本研究は、JSPS科研費(JP25K01728、JP25H01626、JP23H04593、JP23H03956、JP23H01926、JP23H04877、JP24K01468)、村田学術振興・教育財団、京都技術科学センター、増屋記念基礎研究振興財団、泉科学技術振興財団、関西エネルギー・リサイクル科学技術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団の支援等により実施されました。
放射光X線回折実験は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUにて、高輝度光科学研究センター(JASRI)の課題(課題番号 2025A1128)として実施されました。理論計算には、大阪大学D3センターのスーパーコンピュータSQUIDおよび京都大学化学研究所のスーパーコンピュータシステムを利用しました。
蛍光量子収率の測定にあたり、大阪大学大学院基礎工学研究科の水野麻人助教、松岡亮太講師、草本哲郎教授にご協力いただきました。ダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧実験については同学際大学院機構の加賀山朋子特任教授(常勤)に、高圧下での単結晶X線回折測定の検討については同産業科学研究所の嵩原綱吉技術職員、鈴木健之准教授にご協力いただきました。高分解能質量分析は同大学院理学研究科の質量分析センターにて行いました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 圧力感度
圧力を上げたときに、発光色(波長)がどの程度変化するかを表すパラメータ。1 GPa上げたとき何ナノメートル変化するかをnm/GPaという単位で表している。値が大きいほど、わずかな圧力の違いを色の違いとして読み取れる。1 GPa(ギガパスカル)は約1万気圧に相当し、海で最も深いマリアナ海溝の底の水圧(約0.11 GPa)の約9倍にあたる。
- フェナントレン
ベンゼン環がジグザグに縮環した芳香族炭化水素。炭素と水素だけからできており、熱や構造の安定性が高い。
- アントラセン
ベンゼン環が3つ直線状につながった芳香族炭化水素。紫外線を当てると青く光る、代表的な発光性の分子。
- ダイヤモンドアンビルセル
2つのダイヤモンドの間に試料を挟んで非常に高い圧力をかける装置。ダイヤモンドは透明なため、高圧下の試料に光を当てて観察や測定ができる。
- 凝集誘起消光
発光する分子が集まって固体になると、分子どうしが影響し合って光らなくなる現象。発光材料の開発における課題の一つ。
- ラマン分光
物質に光を当て、散乱した光の色のわずかな変化を調べることで、分子の振動の様子や結合の状態を知る測定手法。
- 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。光速近くまで加速した電子から発生する非常に明るいX線(放射光)を用いて、物質の構造を精密に調べることができる。
- X線回折
結晶にX線を照射して、回折したX線を検出することにより、その結晶がどの分子で構成されているか、どのような分子の配列や構造を取っているかを明らかにする測定手法。
- エキシマー
光を当てたときに2つの分子が一時的にペアを組んでできる状態。単独の分子とは異なる色の光を出す。



