
\コロナウイルス進化の理解に新たな手がかり/ 南米のコウモリから新たなベータコロナウイルスを発見
研究成果のポイント
- ブラジルのコウモリから、これまで知られていた主要な系統とは異なる新たなベータコロナウイルス「BRZ batCoV」の全長ゲノム配列を同定
- BRZ batCoVのスパイクタンパク質に、宿主細胞の酵素「フリン」によって切断される特徴的な部位「フリン開裂モチーフ」が存在し、実際にフリンによって切断されることを実験的に確認
- 複数のコウモリ由来ベータコロナウイルスの比較から、異なるウイルス系統が進化の過程でフリン開裂モチーフを独立に獲得してきた可能性を示した
概要
大阪大学微生物病研究所の髙田 光輔 招へい教員(兼:シドニー大学・リサーチフェロー)、Nicholas Yamahoki さん(医学系研究科博士課程3年)、渡辺 登喜子 教授らの国際共同研究グループは、ブラジルに生息するコウモリから、これまで知られていた主要な系統とは異なる新たなベータコロナウイルス「BRZ batCoV」の全長ゲノムを同定しました。
ゲノム解析および系統解析の結果、BRZ batCoVは既知のベータコロナウイルスとは大きく異なる系統に属し、新たな亜属に相当する可能性が示されました。さらに、BRZ batCoVのスパイクタンパク質には「フリン開裂モチーフ」が存在し、この部位が宿主細胞のフリンによって実際に切断される機能的な配列であることを実験的に明らかにしました。
また、複数のコウモリ由来ベータコロナウイルスを比較した結果、異なるウイルス系統でもスパイクタンパク質の類似した位置にフリン開裂モチーフが存在することが分かりました。
これらの結果は、コロナウイルスが進化の過程でフリン開裂モチーフを独立に獲得してきた可能性を示すものであり、コロナウイルスが感染性や宿主域に関わる特徴をどのように獲得してきたのか、その進化の多様性を理解するための新たな知見となります。
本研究成果は、国際科学誌『Nature Communications』に2026年9月5日にオンライン掲載されました。
図. 南米のコウモリコロナウイルスの発見とその特徴
研究の背景
コウモリは、コロナウイルスを含む多様なウイルスを保有することが知られています。しかし、これまでに報告されてきたコウモリ由来コロナウイルスの多くは、アジア、アフリカ、ヨーロッパで採取されたコウモリに由来しており、南米に生息するコウモリが保有するコロナウイルスの多様性については、十分に明らかになっていません。
コロナウイルスの表面に存在するスパイクタンパク質は、宿主細胞への侵入に重要な役割を担っています。一部のコロナウイルスでは、スパイクタンパク質に「フリン開裂モチーフ」と呼ばれる配列が存在します。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)もこのようなフリン開裂モチーフを持つことが知られています。この部位が宿主細胞のフリンによって切断されることは、ウイルスの感染性や組織指向性などに関わる重要な特徴の一つです。一方、このようなフリン開裂モチーフがコロナウイルスの進化の過程でどのように獲得されてきたのか、また、自然界に存在するコウモリ由来コロナウイルスにどの程度広くみられるのかについては、十分に明らかになっていません。
そこで本研究では、ブラジルのコウモリを対象としたウイルス探索を行い、新たに同定したベータコロナウイルスについて、ゲノムおよび進化的位置を解析するとともに、スパイクタンパク質の性状を実験的に解析しました。
研究の内容
本研究では、国際共同研究グループがブラジルの研究者や現地の公的機関と連携して、Maranhão州およびSão Paulo州でコウモリのフィールド調査と試料採取を行い、得られた複数種のコウモリの腸管試料についてメタトランスクリプトーム解析を行いました。その結果、パーネルヒゲコウモリ(Pteronotus parnellii)の試料から、約3万塩基からなるコロナウイルスの完全長ゲノムを決定し、このウイルスを「BRZ batCoV」と命名しました。
BRZ batCoVの進化的位置を明らかにするため、複数のウイルス遺伝子の配列を比較し、系統解析を行いました。その結果、BRZ batCoVは、現在知られているベータコロナウイルスの主要な亜属とは明確に異なる系統に位置することが分かりました。さらに、ゲノムの複数の領域において既知のベータコロナウイルスとの配列類似性が低いことから、BRZ batCoVが新たな亜属に相当する可能性が示されました。
さらに研究グループは、BRZ batCoVが持つ特徴を明らかにするため、宿主細胞への感染に重要な役割を担うスパイクタンパク質を詳しく解析しました。その結果、S1/S2境界付近に「RDAR」というアミノ酸配列からなるフリン開裂モチーフを見出しました。培養細胞でBRZ batCoVのスパイクタンパク質を発現させたところ、スパイクタンパク質の開裂が確認されました。一方、RDAR配列を変異させると、スパイクタンパク質の開裂は認められなくなりました。さらに、宿主細胞内のフリン発現を低下させるとスパイクタンパク質の開裂効率も低下し、ヒトまたはコウモリ由来のフリンを再発現させることで開裂効率が回復することを確認しました。これらの結果から、BRZ batCoVのRDAR配列が、フリン依存的なスパイクタンパク質の開裂を担う機能的なフリン開裂モチーフであることを実験的に明らかにしました。
最後に、この特徴がコロナウイルスの進化の中でどのように獲得されてきたかを調べるため、既知のコウモリ由来ベータコロナウイルスについて、フリン開裂モチーフの有無とスパイクタンパク質の立体構造を比較しました。その結果、系統的に異なる複数のウイルスにおいて、S1/S2境界付近の類似した構造的位置にフリン開裂モチーフが存在することが分かりました。これらの結果は、コウモリ由来ベータコロナウイルスの進化過程において、フリン開裂モチーフが異なる系統で独立に獲得されてきた可能性を示すとともに、S1/S2境界付近がその獲得を構造的に許容しやすい領域であることを示唆しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、これまで十分に調べられていなかった南米のコウモリから新たなベータコロナウイルスが見つかり、自然界にはまだ知られていない多様なコロナウイルスが存在することが示されました。また、異なる系統のコロナウイルスが、進化の過程でフリン開裂モチーフを独立して獲得してきた可能性が示されました。本研究成果は、コロナウイルスの多様性や進化を理解するための基礎的な知見となります。
なお、本研究では、BRZ batCoVのヒトへの感染性や病原性については解析しておらず、本研究の結果のみからヒトへの感染リスクを評価することはできません。
特記事項
本研究成果は、2026年9月5日に国際科学誌『Nature Communications』(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“A divergent betacoronavirus with a functional furin cleavage site in South American bats”
著者名:Kosuke Takada†*, Nicholas Yamahoki†, Jonathon C. O. Mifsud, Itsuki Anzai, Tadashi Maemura, Francisco Borges Costa, Eric Takashi Kamakura de Carvalho Mesquita, Mateus de Souza Ribeiro Mioni, Tiago J.S. Lopes, Yoshihiro Kawaoka, Jane Megid, Edward C. Holmes and Tokiko Watanabe*
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-026-77599-6
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 新学術領域研究(16H06429、16K21723、16H06434)、基盤研究(B)(JP22H02521)、若手研究(25K18814、22K15469)、日本医療研究開発機構(AMED)先進的研究開発戦略センター(SCARDA)ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(JP223fa627002、JP223fa627001)、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(22gm1610010h0001)等の支援を受けて実施されました。
参考URL
大阪大学微生物病研究所 渡辺登喜子教授
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/researchers/detail/75
大阪大学微生物病研究所 分子ウイルス分野
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/61
SDGsの目標
用語説明
- ベータコロナウイルス
コロナウイルス科に含まれるウイルス群の一つ。ヒトやさまざまな動物から多様なベータコロナウイルスが見つかっており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2や、中東呼吸器症候群(MERS)の原因ウイルスであるMERS-CoVも、このグループに含まれる。
- スパイクタンパク質
コロナウイルスの表面に存在するタンパク質。宿主細胞への結合や細胞内への侵入に重要な役割を持つ。
- フリン
フリンは、ヒトを含む動物の細胞が持つタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の一つ。ウイルスタンパク質中の特定のアミノ酸配列を認識して切断する。
- フリン開裂モチーフ
フリンが認識して切断する特定のアミノ酸配列。ウイルスでは、表面タンパク質にこの配列をもつことでタンパク質が切断され、その機能が変化することがある。コロナウイルスでは、感染性や宿主域などに関わる重要な特徴の一つとして研究されている。
- 亜属
生物を分類する階級の一つ。「属」に含まれる生物を、進化的な近さなどに基づいて、さらに細かくグループ分けする際に用いられる。ベータコロナウイルス属にも複数の亜属があり、それぞれに近縁なウイルスがまとめられている。
- メタトランスクリプトーム解析
試料中に含まれるRNAを網羅的に解析する手法。既知のウイルスだけでなく、これまで知られていなかったウイルスの遺伝情報を探索することができる。
- S1/S2境界
コロナウイルスのスパイクタンパク質を構成するS1領域とS2領域の境界。S1は主に宿主細胞への結合、S2は主に細胞膜との融合に関わる。

