心臓の自然治癒メカニズムの一端を解明

心臓の自然治癒メカニズムの一端を解明

YAP分子による炎症シグナルの抑制が重要

2026-8-27生命科学・医学系
大阪大学理事・副学長藤尾 慈

研究成果のポイント

  • 心筋炎発症後の回復期に、心筋細胞内ではYAP分子を介したシグナルが活性化され、炎症シグナル(IFN‑γ/STAT1シグナル)を抑制することで心筋修復を誘導することを発見
  • 心臓は再生能の乏しい臓器でありながら、多くの心筋炎症例では、低下した心機能が炎症終息後に回復することが知られているが、その心機能回復メカニズムは不明な点が多かった
  • 心筋細胞内のYAP-STAT1軸を標的にすることで、心臓炎症の増悪を防ぐ新たな治療戦略の開発に期待

概要

大阪大学大学院薬学研究科 臨床薬効解析学分野(分野主任 藤尾慈教授)の亀谷祐介さん(研究当時:大学院生)を中心とした研究グループは、マウスモデルとヒト心筋データの解析から、心筋炎発症後の心臓が自然に回復する過程にYes‑associated protein(YAP)シグナルが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

心臓は再生能の乏しい臓器であることから、虚血傷害などで低下した心機能を回復させるのは極めて困難です。一方、心筋炎では、心筋に傷害が起こるにも関わらず、低下した心機能が炎症終息後に回復する多くの症例があり、このメカニズムを明らかにすることは、心臓の再生治療法を開発する上で重要と考えられています。これまでに、研究グループは、独自の視点から、心筋炎における心機能回復の分子メカニズムの解明を目指して研究を行ってきました。そして、心機能の回復には、細胞保護サイトカインシグナルを介した心筋組織修復が重要であることを報告してきました(Miyawaki A. et al., Sci Rep. 2017;7(1):1407.)。

今回、マウスモデルを用いて心筋炎病態の修復シグナルについて詳細に検討したところ、心筋組織で炎症が起きた際には、心筋細胞でYAP分子を介したシグナルが活性化されることを見出しました。

さらに、YAPシグナルの活性化は、細胞内の炎症シグナル(インターフェロン(IFN)-γによるSTAT1活性化)の抑制を介して、心筋組織の炎症終息や修復に関わることを明らかにしました。また、ヒト心臓においても、炎症が起きた際にYAPシグナルが活性化されることから、臨床的にも心筋炎症後の病態進展に関与する可能性が示されました。

本研究により、心筋細胞において、YAPが炎症を抑制し心臓の修復に関与する知見が初めて示されました。今後、生体が本来持つ心筋修復シグナルを活用した治療法の開発に発展するものと期待されます。

本研究成果は、2026年7月6日、循環器分野の国際学術誌 「Cardiovascular Research」に公開されました。 また、本論文は、同誌のInvited Editorialでも取り上げられ、その研究成果の意義が紹介されました。

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図. 心筋炎発症時に心筋細胞で内因性に活性化されるYAPが、IFN-γ/STAT1 シグナル伝達を抑制的に制御することで、心筋修復を促進する。

研究の背景

心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を果たす臓器です。現在、心臓のポンプ機能が低下した心不全の患者数が急激に増加しており、「心不全パンデミック」と呼ばれています。心不全に対して、低下した心機能を回復させる治療の開発が期待されますが、心臓は再生能の乏しい臓器であることから、虚血傷害などで低下した心機能を回復させるのは極めて困難です。一方、心臓で炎症が起こる心筋炎では、炎症終息後に、心機能が低下した症例の約80%で心機能が回復もしくは改善することが報告されています。

これまで、研究グループは、心筋炎発症後に心臓が自然治癒することに着目し、哺乳類成体の心臓に備わる再生・修復能を追究してきました。そして、心機能の回復には、細胞保護サイトカインシグナルを介した心筋組織修復が重要であることを報告してきました(Miyawaki A. et al., Sci Rep. 2017;7(1):1407.)。このように、心筋炎病態でみられる心筋修復のメカニズムをより詳細に明らかにすることは、低下した心機能を回復させる治療法を開発する上で重要と考えられます。

研究の内容

研究グループは、最初に、炎症心臓の心筋細胞で活性化される修復シグナルに着目しました。ヒト心臓の生検組織を用いた1細胞核ごとの遺伝子発現データを解析したところ、炎症状態にある心筋細胞の一部でYAP分子を介したシグナルが活性化されていることを見出しました。心筋炎マウスモデルにおいても同様に、心筋細胞でYAPシグナルが活性化されていました。さらに、心筋細胞特異的にYAPを欠損した(YAPCKO)マウスを用いた検討により、心筋炎発症後の心機能回復/心筋組織修復に、YAPシグナルの活性化が必須であることを明らかにしました。

次に、YAPCKOマウスの心筋細胞の遺伝子発現を網羅的に解析し、YAPシグナルを介した心筋修復メカニズムの解明に取り組みました。そして、YAPを欠損した心筋細胞では、サイトカインIFN‑γ/転写因子STAT1を介したシグナル経路に関連した遺伝子群の発現が上昇することを見出しました。IFN‑γ/STAT1シグナルは炎症を増幅して組織損傷を促すシグナル経路です。このシグナルを抑制するとYAPCKOマウスでも心筋が修復されたことから、IFN‑γ/STAT1シグナルの亢進が修復不全の主要因であることが示されました。

最後に、培養心筋細胞を用いて、YAPを介したIFN‑γ/STAT1シグナルの抑制機序について解析しました。培養心筋細胞でYAPを活性化すると、転写因子STAT1の核局在化と転写活性が抑制されました。さらに分子機序として、YAPがSHP-2という分子を介して、STAT1のリン酸化(活性化)を制御することがわかり、薬理的にYAP経路を活性化することで炎症シグナルを抑制できる可能性が示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

心筋炎は若年層にも発症し得る疾患で、炎症が増悪して重症化すると致死的な病態へと進展します。近年では、COVID-19に感染することで、心筋炎の発症リスクが増加することが報告されています。本研究は、心筋炎重症化に対する、心筋細胞内のYAP/IFN‑γ/STAT1軸を標的にする新たな治療戦略の可能性を示しました。YAPの活性化あるいはIFN‑γ/STAT1の抑制を心筋局所で達成することで、全身免疫抑制に伴うリスクを抑えつつ、心機能を回復させる治療効果が期待されます。

また、IFN‑γ/STAT1シグナルの亢進は、心筋梗塞後の炎症やCOVID-19感染に伴う心筋障害など、他の心疾患でも関与することが知られています。したがって、本研究の知見は心筋炎に限らず他の心疾患治療の基盤となり得ます。心臓再生医療の実現に向けては、外部から細胞や組織を補うアプローチが注目を集めていますが、本研究は「心筋が本来持つ回復プログラムを活性化する」戦略を提示します。これは安全性や実用化の面で有利な可能性があり、新たな心疾患治療法の開発への発展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、7月6日(月)(日本時間)に循環器分野の国際学術誌 「Cardiovascular Research」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“YAP plays a critical role in myocardial recovery from myocarditis by suppressing IFN-γ signaling pathway.”
著者名:Kametani Y, Obana M, Umeda A, Suzuki S, Egawa K, Nishinaka K, Okuzaki D, Tanaka S, Sadoshima J, Fukada S, Okada Y, Fujio Y.
掲載情報:Cardiovasc Res. 2026 Jul 6:cvag151. doi: 10.1093/cvr/cvag151.
https://academic.oup.com/cardiovascres/advance-article-abstract/doi/10.1093/cvr/cvag151/8725095?redirectedFrom=fulltext&login=false
また、本論文は、同誌のInvited Editorialでも取り上げられ、その研究成果の意義が紹介されました(Cardiovasc Res. 2026 Aug 19:cvag177. doi: 10.1093/cvr/cvag177.)。

なお、本研究は、JSPS科研費(18H02603, 18K19545, 22K15277, 23KJ1461)、NIH R01HL112330、AMED(JP25ama121052, JP25ama121054)および公益財団法人ひょうご科学技術協会の支援を受けて実施されました。第一著者である亀谷祐介氏は、日本学術振興会特別研究員および大阪大学大学院薬学研究科、大阪大学学際大学院機構超域イノベーション博士課程プログラムの大学院生として貢献しました。

参考URL

大阪大学大学院薬学研究科臨床薬効解析学分野
https://yakkoseminar2021.wixsite.com/website

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

Yes-associated protein

細胞増殖や組織修復に寄与するタンパク質。細胞の核内で、特定の遺伝子の働きを調整する役割(転写補助因子)を担う。

インターフェロン(IFN)-γ

免疫や炎症反応を引き起こす分泌タンパク質(サイトカイン)の一種。

STAT1

IFN-γが細胞の受容体に結合すると、その指令を受け取って細胞内でシグナルを伝え、特定の遺伝子を働かせるタンパク質(転写因子)