
\50メートル以上先の構造物等を無線モニタリング!/ バッテリー無しで半永久的に作動する 長距離無線のひずみ・ガスセンサーを開発
社会インフラを常時計測し安全性を確保する革新的技術
研究成果のポイント
- 50メートルを超える長距離を無線でつなぎ、バッテリー無しで半永久的に作動可能な高感度のひずみセンサーおよびガスセンサーの開発に成功
- 水晶マイクロベルの共振振動を用いた、給電不要で温度安定性が極めて高いセンサー応答により、このセンサーを取り付けた構造物のひずみ変化や水素ガス濃度の変化を高感度・長距離・長期間にわたってモニタリングすることが可能に
- 無線計測のため、高速移動する検査体やコンクリートなどに埋め込むことによる内部応力の測定、生体内に埋め込んでの年単位の体内信号の取得など、従来技術ではできなかった計測が可能に
- 従来の「定期点検」から「常時モニタリング」へ移行することが可能となり、高速道路や橋梁、各種エネルギープラントなど、老朽化が加速する社会インフラの健全性確保においてパラダイムシフトを引き起こす技術開発に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の濵名基行さん(博士後期課程)、荻博次教授らの研究グループは、株式会社ダイセルとの共同研究により、無線で、半永久的に作動する、高感度のひずみセンサーおよびガスセンサーを開発しました。
研究グループは、「水晶」という圧電物質を使用したセンサー(図1)と電磁波送受信装置を新規開発し、50メートルを超える距離を無線でつなぐことで、センサー側にバッテリー等による給電を一切必要とせず、高感度のひずみやガス濃度を計測することに成功しました。
この技術を用いることで、これまでのセンサーでは成し得なかった、「長距離無線」、「バッテリー不要」、「高感度」を兼ね備えた計測が可能となります(図2)。
本研究成果は、老朽化が加速する社会インフラ構造物等の健全性確保においてパラダイムシフトを引き起こし得る「常時モニタリング」を可能とする革新的技術となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Applied」オンライン版に8月25日(火)(米東部時間)に掲載されました。なお、本論文は、編集部により注目論文として「Editors' Suggestion」に選定されました。
図1. 開発したセンサーの外観。面内寸法は3mm角。厚さは0.2 mm。内部に、厚さ約10μmの水晶マイクロベルが設置されている。
図2. 今回のセンサーにおいて可能となる計測イメージ図(生成AIを活用して作成)。(a)高速道路や鉄道の橋梁の応力や振動の遠隔モニタリング。(b)コンクリートに埋め込まれたセンサーの応答を用いた内部応力の測定。(c)原子力発電所等の人が容易にアクセスできない場所での水素ガスモニタリング。(d)回転する風車のブレードの稼働中の常時検査。(e)工場の煙突から排気されるガス濃度の常時計測。(f)放牧中の家畜の体内信号の長期間モニタリングによる生育管理。
研究の背景
高速道路や鉄道の橋梁、各種エネルギープラントや水道・ガスパイプラインなどの社会インフラの老朽化は深刻な社会問題です。き裂や腐食の進展、材料そのものの脆化や軟化などは、いずれも、構造体の巨視的なスティフネスを低下させます。つまり、同じ力を加えた時の変形量が増加します。したがって、構造物の変形量を常に監視し、その巨視的なスティフネスをモニタリングすることで、構造体の劣化状況を知ることができます。橋梁や補強ケーブルのように、車や電車が通過する際に共振振動する場合も、スティフネスが低下すると共振周波数も低下するため、共振周波数をモニタリングすることで、劣化度合いを評価することができます。
現在は、定期的な目視検査や打音検査、超音波探傷検査などにより、安全性が管理されています。しかし、検査対象物は膨大に存在するため、頻繁な検査は困難です。また、共振周波数などは環境依存性が強く、定期点検では損傷状況を正確に評価することは容易ではありません(例えば、雨が降ればコンクリートの重量が増し、損傷が無くても共振周波数は低下します。)。したがって、定期点検ではなく長期間にわたる常時モニタリングを可能とする技術が求められています。
また、原子力発電所内や高さ数十メートルの煙突のように、人が容易にアクセスすることのできない箇所でのガス検査などにおいては、センサーを設置できたとしてもバッテリーの交換や充電を行うことが容易ではありません。放射線強度が高い場合はドローンによるアクセスも困難です。さらに、給電が必要なセンサーでは、長期間にわたって構造物の内部を検査することはできません。
これらの課題を根本的に解決するためには、
● 50メートルを超える距離での無線計測が可能
● バッテリー等による給電を一切必要としない
● 高感度に構造物の内部応力や内部ひずみ、また、ガス濃度を検出することができる
を満足する革新的なセンシング技術が必要であり、「長距離無線」、「バッテリー不要」、「高感度」を兼ね備えたセンシングシステムの開発が急務です。
研究の内容
上記の課題を根本的に解決するため、水晶マイクロベルの共振振動を用いたひずみ・ガスセンサーを開発しました。ベルの音色(あるいは共振周波数)は様々な要因によって変化します。研究グループは、力(チカラ)センサーおよびガスセンサーの原理を提唱しました(図3左下、右下)。つまり、外力やガス吸着によってベルを変形させ、これによる共振周波数の変化を測ることで、力やひずみ、ガスを定量します。
図3. 板状の水晶マイクロベルを用いたセンサーの原理。(左上)標的物質が吸着するとベルが重くなり共振周波数は低下する。この原理はバイオセンサーとして利用される。(左下)外力が加わってベルが変形すると音色が変わる。この原理はチカラセンサーに利用できる。(右上)熱膨張率の大きな材料をベル表面に成膜しておくと、温度変化によってベルの形状が変化し、音色が変わる。温度センサーの原理である。(右下)ガス吸着により膨張する感応膜をベルに成膜しておくと、標的ガスの吸着によってベルが変形し音色が変わる。ガスセンサーの原理。
圧電体である水晶は、振動電場を加えると、同じ周期で機械的に振動します。通常は、水晶板の両面に電極を付着させておき、その電極間に交流電圧を加えることで、水晶内に振動電場を発生させ、水晶を振動させます(図4上)。この原理は、すでに多くのデバイスに利用されており、身近なものですと、時計(クォーツ時計)に利用されています。この従来法は有線計測です。しかし、水晶に振動電場を与える方法は、電極を使用しなくても電磁波を送ることで可能です。電磁波には電場成分が含まれていることから、電磁波の周波数を水晶マイクロベルの共振周波数と一致させることによって、遠方から水晶マイクロベルを共振させることができます(図4下)。
さらに、電磁波による励振を停止しても、水晶マイクロベルはしばらくの間(1千分の1秒程度)鳴り続けますが、この間に水晶から機械的共振と同じ周波数の電磁波が放射されます。この電磁波を受信してその周波数を測ることで、遠方から水晶マイクロベルの共振周波数を計測することが可能となります。研究グループは、独自に開発した無線計測装置とMEMS水晶マイクロベルセンサーによって、50メートルを超える距離において、水晶マイクロベルの共振周波数を、0.0001%以下の精度で計測することに成功しました(図5)。
図4. 水晶の板の両面に電極を成膜して水晶を発振させる従来の方法(上)と、遠方から電磁波を水晶に送って無線・バッテリーフリーで発振させる今回開発した方法(下)。
図5. 開発した無線・バッテリーフリーのセンシングシステムの概要。
以下、測定法の概要です。
1. 信号発生器から1/1000秒程度の時間だけ、電磁波を八木・宇田アンテナから遠方のセンサーに向けて放射します。
2. センサーには、数cm程度の拡張アンテナを取り付け、これにより電磁波を受信して、内部の水晶マイクロベルに送ります。電磁波を受けた水晶マイクロベルは鳴り響きます。
3. 電磁波が停止した後も、水晶マイクロベルは1/1000秒間程度振動を継続します。この間に、振動の周波数と同じ周波数の電磁波を放射します。
4. この電磁波を、受信用の八木・宇田アンテナによって受信し、信号処理によって、振動の周波数を記録します。
1〜4を繰り返すことで、1秒間に500回程度の頻度で共振周波数を計測することができます。(つまり、構造物の振動としては、100ヘルツ程度の振動まで計測可能です。)電磁波送受信装置、センサー、解析プログラムなどは全て独自に開発しました。
また、図1のチップの内部には、面内寸法が2 mm角程度で極薄の水晶マイクロベルが埋め込まれています。その厚さは食品用ラップと同程度(10μm程度)です。本来、水晶はガラスのように割れやすいのですが、非常に薄いとしなやかに曲げることができます(図6)。この特性を活かして、センサーを測定物に接着剤で貼り付けて、センサー全体を測定物とともに変形させ、内部の水晶がその変形に応じてしなやかに曲げ変形を起こすようなセンサー構造を考案しました。その結果、50メートル以上離れた位置からでも、構造物の変形量(ひずみ量)を計測することに成功しました(図7)。
また、水晶マイクロベルの上面に、パラジウム合金を成膜して、水素ガスを検出する実験にも成功しました。パラジウム合金は水素ガスに晒されると、水素を取り込み、体積が膨張します。その結果、センサー内の水晶マイクロベルが曲げ変形を起こします(図3右下の原理)。水晶マイクロベルが曲がると共振周波数が変化しますから、共振周波数の変化量から吸蔵した水素量がわかり、その結果、環境中の水素ガス濃度がわかります。この手法により、数十メートル先の環境の水素ガス濃度を、無線かつバッテリー無しで計測することにも成功しました。
図6. 水晶はガラスと同じように割れやすいが、非常に薄いと大きく曲げても割れずにしなやかに変形する。(生成AIを活用して作成)
図7. アクリル樹脂製の片持ちはりの板に、開発した図1のセンサーを接着剤で貼り付けて、自由端部を変形させて、センサー部分に引張りと圧縮の変形を引き起こし、50メートル先からセンサー内部の水晶の共振周波数を計測した結果。周波数の変化量と変形を表すひずみ量がよく対応しており、50メートル隔ててひずみが計測できることがわかる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
社会インフラの老朽化は深刻な社会問題です。定期点検では膨大に存在する検査対象に対応することが難しい状況です。本研究の手法により、社会インフラの健全性の常時モニタリングが可能となります。また、センサーから常に送られてくるデータとAI解析を融合することにより、計測対象はもちろん、それ以外の情報(例えば、鉄道の橋梁に対する検査の場合、通過する列車の健全性など)が得られる可能性もあります。安価な水晶から作製することのできるセンサーであり、国土強靭化計画にも貢献が期待される極めて有用な技術です。
特記事項
本研究成果は、2026年8月25日(火)(米東部時間)に米国科学誌「Physical Review Applied」(オンライン)に掲載されました。なお、本論文は、編集部により注目論文として「Editors' Suggestion」に選定されました。
タイトル:“A Battery-Free Wireless Quartz-Crystal-Microbalance Sensor Operating at a Range of 50 Meters”
著者名:Motoyuki Hamana, Ambuj Gautum, Motoharu Haga, Riki Nishihara, Wenlou Yuan, Fumihito Kato, Nobutomo Nakamura, Hiroki Okita, and Hirotsugu Ogi
DOI:https://doi.org/10.1103/wv9d-w2fv
参考URL
荻博次 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/b9973cefea8ff4b2.html
工学研究科物理学系専攻・精密工学コース・量子計測領域(荻研究室)HP
https://prec.eng.osaka-u.ac.jp/03/
SDGsの目標
用語説明
- 水晶マイクロベル
水晶は無色透明の結晶であり、ガラスと同じ元素(珪素と酸素)から構成されています。電場を印加すると変形し、また、振動変形すると、電磁波を放射する圧電体という物質の仲間です。この水晶の結晶を、ある特定の角度から切り出した板からベルを作ると、その音色(共振周波数)が、温度変化に対して極めて安定なベルを作ることができます。野外でセンサーを用いる際の最大の敵は温度変化です。通常のセンサーは、温度変化による応答の変化量が、計測したいターゲットによる応答量を大きく上回るので、温度補正が必要です。ところが、上述の板から作った水晶マイクロベルでは、温度の影響を受けにくいため、温度管理することなく、標的となる計測量(ひずみやガス濃度)を正確に測定することができます。
- 八木・宇田アンテナ
通常のアンテナでは、電磁波は広がって放射されます。今回は、センサーの位置は既知ですから、センサーのみに高い指向性によって電磁波を放射する必要があります。指向性の高いアンテナとして最もよく利用されているものが、八木・宇田アンテナです。本研究においては、使用する周波数が固定であるため、1周波数に対応する八木・宇田アンテナを開発して用いています。

