
メタボローム解析データを未来の発見につなぐ新リポジトリ 「MB-POST」を開発
データの再解析と再利用を加速する国産基盤、試験公開後1年半で 180プロジェクトが登録
研究成果のポイント
概要
新潟大学医学部メディカルAIセンター・高橋悠志特任助教、吉沢明康特任准教授、奥田修二郎教授らの研究グループは、大阪大学大学院理学研究科・和泉自泰教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所/同大学院政策・メディア研究科・平山明由准教授、京都大学大学院薬学研究科・津川裕司教授、大阪大学大学院情報科学研究科・松田史生教授らと共同で、メタボローム解析で得られる質量分析データを効率的に蓄積・共有するための新しいデータリポジトリ「MB-POST」を開発しました。メタボローム解析では、膨大な実験データが日々生み出されていますが、その再利用を可能にするためには実験条件などの付随情報(メタデータ)の整備が重要です。一方で、従来のリポジトリでは登録作業の負担が大きいという課題がありました。MB-POSTでは、再解析に必要な情報に絞った実用的なメタデータ設計と、簡便な登録システムを採用することで、研究者が容易にデータを公開できる環境を実現しました。試験公開後わずか1年半で180件の研究プロジェクトが登録されており、化学・生命科学分野におけるデータ駆動型研究の加速が期待されます。
研究の背景
近年、生命科学分野では研究データを公開し再利用することで新たな知見を得る「データ駆動型研究」が急速に発展しています。メタボローム解析では、質量分析計によって生体内や環境中の多様な化学物質を網羅的に測定しますが、得られるデータは非常に大きく、また実験条件などの詳細な情報がなければ再利用が困難です。
既存のメタボロームデータリポジトリでは、登録時に多くの項目を入力する必要があり、研究者にとって大きな負担となっていました。そのため、研究データを再利用しやすい形で蓄積する新しい基盤の整備が求められていました。
研究の内容
研究の概要
本研究グループは、プロテオーム解析データリポジトリ「jPOST」や糖鎖解析データリポジトリ「GlycoPOST」の開発経験を活かし、メタボロミクスに最適化された、新たな質量分析データリポジトリ「MB-POST」を開発しました。
多くのオミクス研究分野では、データの再利用に必要なメタデータの必須項目を「最少情報基準」として定めています。しかしメタボロミクス分野にはこのような基準が存在せず、データを受け入れるリポジトリ間での差異も大きい状況です。また将来のデータ再利用に備えて可能な限りのメタデータを収集しようとする傾向があるため、多くのリポジトリでは非常に詳細なメタデータを収集する傾向があります。これに対してMB-POSTでは、現時点で行われるデータの高品質な再解析を想定し、それに必要な情報のみを収集する「再解析志向型メタデータ設計」を採用しました。
本研究は、科学技術振興機構(JST)ライフサイエンスデータベース統合推進事業(統合化推進プログラム)「次世代低分子マススペクトルデータベース シン・マスバンクの構築」課題として構築が進められている、質量分析データ処理パイプラインShin-MassBank計画(計画代表:大阪大学大学院情報科学研究科・松田史生教授)の一部として進められています。
主にメタボロミクス分野で代謝産物の同定に用いられる、日本発の国際的に広く利用されているマススペクトルデータベースMassBankは、今まで標品のマススペクトルを収集してきました。Shin-MassBank計画では、標品スペクトルではなく一般の研究で測定されたマススペクトルを収集し、これを再解析して得られる最高品質の解析結果と共にMassBankに追加することによって、MassBankの収録スペクトル数を飛躍的に増加させることを目標にしています。
新潟大学の研究グループはメタボロミクス分野の既存のリポジトリの網羅的調査を行い、さらに今までメタボロミクスの測定でデータを産生し解析してきたShin-MassBank計画の他のグループが、データの高品質再解析のプロトコルを確立して、それに必要なメタデータの項目を確認しました。これら両者の知見を結集することによって、「必要充分にして簡潔」なメタデータの設計が可能となりました。MB-POSTは今後、Shin-MassBank計画でのスペクトル収集の役割を果たしていく予定です。
研究の成果
MB-POSTは以下の特徴を備えています。
① 再解析を重視したメタデータ設計
実際に研究データを再解析する際に必要となる情報に重点を置き、研究者の入力負担を最小限に抑えました。
② 高速かつ安定したデータ登録
独自の大容量ファイル転送技術を利用することで、質量分析計から得られる巨大なデータを効率よく登録できます。
③ 機械可読な標準化メタデータ
生物種や測定条件などを標準化された語彙で管理することで、異なる研究間のデータ比較や統合解析を容易にしました。
MB-POSTは2024年12月にベータ版が試験公開された後、2025年10月に正式公開されました。2026年7月時点で180プロジェクト(一般公開前のプロジェクトを含む)、総計2.8TBのデータが登録されており、新規に開発されたばかりで論文などを通した周知が不充分なメタボロームデータリポジトリとしては、極めて高い利用実績を示しています。
今後の展開
今後は質量分析イメージングデータや核磁気共鳴(NMR)データへの対応を進める予定です。また、今まで同様Shin-MassBank内での連携に加えて、国際的なメタボロームデータ共有の枠組みとの連携を強化、世界規模でのデータ流通と再利用を促進し、日本、ひいては世界のメタボロミクス研究者にとって有益なデータと情報の提供を目指します。
MB-POSTを通じて、研究者が蓄積したデータをより有効に活用し、新たな化学・生命科学研究の創出につなげることがこのプロジェクトの目標です。メタボロームは多くの工学的な応用や医学的な診断、環境保護のための指標調査などにも用いられているため、本研究は基礎研究にとどまらず、実社会での応用を支えるデータ基盤として成長していくことが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年7月27日、米国化学会(American Chemical Society)発行の学術誌「Analytical Chemistry」に掲載されました。
【論文タイトル】Reviving Data Potential – the Reanalysis-Driven Metabolomics Data Repository MB-POST
【著者】Yushi Takahashi, Akiyasu C. Yoshizawa, Takato Kiuchi, Ryosuke Hayasaka, Taihei Torigoe, Masatomo Takahashi, Takaki Oka, Yuki Matsuzawa, Motohiro Ogawa, Yoshihiro Izumi, Hiroshi Tsugawa, Akiyoshi Hirayama, Fumio Matsuda, Shujiro Okuda
【DOI】10.1021/acs.analchem.6c00697
本研究は、科学技術振興機構(JST)ライフサイエンスデータベース統合推進事業(統合化推進プログラム)(JPMJND2305)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP25K03216)の支援を受けて実施されました。
用語説明
- メタボローム
生物の体内や環境中に存在する低分子化合物(代謝物)の総体。メタボロームを解析する研究をメタボロミクスと呼ぶ。
- リポジトリ
研究データを保存・共有し、再利用できるようにするための公開データベース。
- メタデータ
実験条件や測定条件など、研究データを解釈・再利用するために必要な付随情報。
- 質量分析・質量分析計
化学物質の質量を測定し、その種類や量を解析する分析技術を質量分析と呼び、質量分析を行う装置を質量分析計と呼ぶ。
