
\遺伝子治療薬の製造プロセス開発に大きな一歩/ クロマトグラフィーによる高品質・高純度な遺伝子治療用ベクターの精製に成功
研究成果のポイント
- 次世代の遺伝子治療薬に用いられるAAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを陰イオン交換カラムクロマトグラフィーの手法で精製した際に分離される未同定の粒子群の正体を世界で初めて解明
- 未同定のAAV粒子はベクター殻タンパク質の一部が外側へ露出したVP1構造変化粒子であり、この粒子群は遺伝子導入能が低下していることを解明
- 密度勾配超遠心分離法では分離できないVP1構造変化粒子を陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで分離・除去し、より高品質・高純度なAAVベクターの精製に成功
- 陰イオン交換カラムクロマトグラフィーがVP1構造変化粒子を高感度に検出・評価できることを示し、AAV製造工程の品質管理やプロセス開発への応用に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の津中康央特任准教授 (常勤)、渋谷理紗特任助教 (常勤)、山口祐希助教、内山進教授らの研究グループは、遺伝子治療用ウイルスベクター(アデノ随伴ウイルスベクター:AAV)の精製時に分離される未同定の粒子群が、構造変化によって機能が低下した粒子であることを世界で初めて明らかにしました (図1)。
遺伝子治療用AAVベクターは、次世代の医薬品として期待される一方で、高品質な製剤を大量に製造するための精製技術が課題となっています。これまで広く用いられてきた密度勾配超遠心分離法は高純度なAAVベクターを得ることができますが、スケールアップが難しく、構造が異なっていても密度がほぼ同じ粒子を分離することはできませんでした (図1)。一方、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーという手法では未同定の粒子画分が分離されることが知られていたものの、その正体や形成される原因については解明されていませんでした。
研究グループは、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーと粒子表面電荷解析、質量分析、バイオセンサー解析、細胞への遺伝子導入実験などを組み合わせて解析することにより、未同定画分がベクター殻を構成するタンパク質の一部が外側へ露出した構造変化粒子であり、遺伝子導入能が低下していることを解明しました (図1)。 さらに、この未同定画分を陰イオン交換クロマトグラフィーによって選択的に除去することで、より高品質・高純度なAAVベクターの精製法を確立しました。
これにより、AAVベクター製剤の品質向上や製造プロセスの高度化、安全性・有効性の向上につながる新たな精製・品質評価技術の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Molecular Therapy Advances」に、7月10日(金)に公開されました。
図1. AAV精製で用いる密度勾配超遠心分離法と陰イオン交換カラムクロマトグラフィーの分離比較
研究の背景
近年、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを用いた遺伝子治療薬の開発・実用化が急速に進んでいます。これらの医薬品を安定して供給するためには、大量製造が可能かつ高品質なAAVベクターを効率よく精製する技術が不可欠です。現在、AAVベクターの高純度精製には密度勾配超遠心分離法が広く用いられていますが、この手法はスケールアップが難しく、臨床用AAV製剤の製造工程への適用には課題があります。
一方、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーは、大量製造への適用が容易で閉鎖系での操作も可能なことから、次世代の精製法として期待されています。しかし、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーでは従来説明できない未同定画分が検出されることが知られており、その正体や製剤品質との関係は明らかになっていませんでした。
研究の内容
本研究では、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで分離される未同定の粒子画分について、その正体を明らかにするため、粒子表面電荷解析、質量分析、バイオセンサー解析、細胞への遺伝子導入実験など複数の解析手法を組み合わせて解析しました。
陰イオン交換カラムクロマトグラフィーは、AAV粒子表面の負電荷の強さの違いを利用して粒子を分離する技術です。解析の結果、未同定画分は他のAAV粒子よりも粒子表面の負電荷が強くなっていることを明らかにしました。さらに、この画分では、ベクター殻を構成するVP1タンパク質のN末端領域が粒子表面へ露出していることが分かりました。VP1タンパク質のN末端領域には負電荷をもつアミノ酸が多く含まれているため、この構造変化によって粒子表面の負電荷が増加し、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで分離されることが示されました。
また、このVP1構造変化粒子は通常のAAV粒子と比べて遺伝子導入能が低下していることを世界で初めて明らかにしました。さらに、粒子表面電荷の増加にはタンパク質の脱アミド化も一部寄与するものの、主な要因はVP1タンパク質の構造変化であることを示しました。
加えて、このVP1構造変化粒子は従来広く用いられてきた密度勾配超遠心分離法では分離できず、通常の完全粒子に混在していることも明らかになりました。一方、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーではこれらのVP1構造変化粒子を選択的に除去できるため、より高品質・高純度なAAVベクターを精製できることを実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、これまで正体が不明であったAAVベクターのVP1構造変化粒子の実体と、その形成メカニズムの一端が明らかになりました。さらに、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによってこれらの粒子を選択的に除去できることを示したことで、高品質なAAVベクターを効率よく製造するための新たな精製技術の基盤を提供しました。
AAVベクターを用いた遺伝子治療薬の実用化が進む中、製剤の品質、安全性、有効性を安定して確保できる製造技術の確立は極めて重要です。本成果は、従来の密度勾配超遠心分離法に代わる大量製造に適した精製法の高度化に貢献するとともに、製造工程で生じるVP1構造変化粒子を高感度に検出・評価する品質管理技術としての活用も期待されます。また、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーが単なる精製技術ではなく、AAVベクターの構造品質を評価・制御できる技術であることを示した点でも大きな意義があります。今後、AAVベクター製剤の製造プロセス開発、品質向上、製造コストの低減、さらにはより安全で有効な遺伝子治療薬の実現への貢献が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年7月10日(金)に米国科学誌「Molecular Therapy Advances」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Anion-exchange chromatography separates structurally heterogeneous and low-potency particles in adeno-associated virus manufacture”
著者名:Yasuo Tsunaka, Haruka Makihira, Hanano Kono, Zhuolun Yang, Xiaofang Lyu, Sereirath Soth, Mitsuko Fukuhara, Risa Shibuya, Yuki Yamaguchi, and Susumu Uchiyama
DOI:https://doi.org/10.1016/j.omta.2026.201812
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「遺伝子・細胞治療用ベクター新規大量製造技術開発・再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」(助成金JP18ae0201002, JP24se0123004h0101)の助成を受け実施されました。
参考URL
内山進 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0abc739b66a8f19e.html
津中康央 特任准教授 (常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ead815e728fd9a41.html
渋谷理紗 特任助教 (常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/631d11261d3c2531.html
山口祐希 助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c12fccc526afbfbb.html
SDGsの目標
用語説明
- AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクター
Adeno-associated virus vector:AAV。病気の治療に必要な遺伝子を体内の目的の細胞へ運ぶために利用されるとても小さなウイルス由来の運搬体(ベクター)です。人に対する病原性が低く、安全性に優れることから、現在実用化が進んでいる遺伝子治療薬で広く利用されている。一度導入した遺伝子が長期間にわたって働き続けるという特長があり、治療効果が長く持続する点も大きな利点です。
- 陰イオン交換カラムクロマトグラフィー
粒子やタンパク質がもつ表面の負電荷の違いを利用して分離・精製する方法。本研究では、AAV粒子表面の負電荷の違いにより、構造が変化した粒子を正常な粒子から選択的に分離できることを示した。
- VP1構造変化
AAVカプシドを構成するVP1タンパク質の負電荷アミノ酸を豊富に含むN末端領域が、通常は粒子内部に存在するにもかかわらず、構造変化によって粒子表面へ露出する現象。本研究では、このVP1の構造変化が粒子表面の負電荷を増加させ、遺伝子導入能の低下と関連することを明らかにした。
- 密度勾配超遠心分離法
粒子の密度の違いを利用して分離・精製する方法。高純度なAAVベクターを得ることができる一方、操作が複雑で臨床用の大量製造への適用が難しい。また、密度がほぼ同じ構造変化粒子を分離することは困難である。
- プロセス開発
医薬品を安定した品質で効率よく大量に製造するための製造工程や精製条件を最適化する研究開発。遺伝子治療薬の実用化・産業化には、品質を維持しながら大量生産できるプロセス開発が重要となる。


