
微生物群集のチームプレーを読み解く新技術を開発
組み合わせ情報と機械学習でミクロ社会の構造を紐解く
研究成果のポイント
- 微生物群集を多数の小集団に分割して解析する新たな手法「SubCom解析」を開発
- ゲノム情報のみでは予測困難な群集中における各種の働きや相互作用を推定可能に
- 環境汚染物質の分解を担う微生物群集に適用し、その理解と機能制御の可能性を実証
- 様々な微生物群集の理解を促進し、産業技術や環境問題に関わる微生物群集の“デザイン化”に貢献することに期待
概要
兵庫県立大学大学院工学研究科の石澤秀紘助教(現・大阪大学大学院工学研究科 助教)、武尾正弘教授、木藤未来大学院生、野口素大学院生、兵庫県立大学工学部の木村功大学部生らの研究グループは、複雑な微生物群集における各種の役割や相互作用を理解するための新たな解析技術である「SubCom解析」を開発しました。本研究成果は、様々な環境における微生物の働きを、共存する他種との相互作用も踏まえて明らかにし、微生物群集の機能を望ましい方向に制御するための基盤技術になることが期待されます。
本研究成果は、Springer Nature社が発行する学術誌Microbiomeに2026年7月9日(現地時間)にオンライン掲載されました。
研究の背景
微生物は通常、数百から数千種が集まった微生物群集という複雑な生態系を形成し、有用物質の生産や動物、植物の健康維持など、様々な機能を担っています。近年では、こうした微生物群集を“デザイン”するという考え方が広まっており、腸内微生物群集(いわゆる腸内フローラ)を整えて健康維持につなげる技術、植物の共生微生物群集を制御して作物の生産性を高める技術、排水処理施設の微生物群集を制御して水質浄化機能を向上させる技術など、幅広い分野で研究開発が進められています。
このような微生物群集のデザイン化を達成するためには、数百から数千種の微生物が共存する複雑なチームの中で、どの種がどのような働きをしているかを理解することが不可欠です。従来の研究では、こうした微生物の働きを理解するために、個別の微生物を分離培養して調べる方法が用いられてきました。しかし、サッカーのような団体競技において、個人の能力がそのままチームへの貢献に直結するとは限らないように、個々の微生物の機能が把握できても、他種との相互作用が存在する群集中での働きが理解できるとは限りません。また、近年では、微生物群集に含まれる遺伝子の情報を網羅的に取得する研究手法(メタゲノム解析)も広く用いられています。しかし、得られるデータは複雑かつ膨大であり、どの構成種や相互作用が群集レベルの機能に影響するか、という因果関係を読み解くことは依然として困難です。こうした背景から、微生物群集における各構成種の働きを、異種との相互作用を踏まえて解明できる新たな方法の開発が求められていました。
研究の内容
本研究では、複雑な微生物群集を3~10種程度からなる小集団に細分化し、これを観察単位とする新たな解析手法である「SubCom解析」を提案・開発しました。SubCom解析では、複雑な群集を一度に丸ごと解析するのではなく、あえて少数種からなる小集団に分け、それぞれの小集団で発揮される機能を測定します。これにより、あくまで単独ではなく群集レベルの機能に着目しつつ、観察単位ごとの多様性(データの複雑さ)を下げることで、各種の働きと群集レベルの機能との関係性を高い精度で推定することが可能になります(図1)。
図1. 従来法と比較したSubCom解析の特徴
個々の微生物を観察するのみでは各種の群集中での振る舞いを理解できない一方で、群集全体を観察しても、個々の種の働きを切り分けて理解することには統計学的な困難さがあった。SubCom解析は、「個」と「全体」の中間的な多様性を持つ小集団を観察単位とすることで、群集レベルの機能を個々の種の貢献とその相互作用から把握するアプローチといえる。
この方法を実現するため、本研究では微生物群集から多量の小集団を作製し、それぞれの機能と種組成を効率的に評価する培養・解析技術を開発しました(図2)。さらに、得られたデータから群集レベルの機能発現機構を読み解くデータ解析手法を開発しました。ここではまず、小集団ごとの種組成と機能の対応関係を決定木を用いる機械学習モデルに学習させ、種組成から機能を予測するモデルを構築します。次に、このモデルの判断基準を解釈することで、どの構成種が群集レベルの機能の向上/低下に関わっているか、また、どの微生物の組み合わせが相互作用を持つのかを推定します。例えば、モデルが「種Aが存在し、種Bが存在しない場合に機能が高くなる」という規則を学習した場合、種Aは群集の機能に正に寄与し、種Bは種Aの働きを阻害している可能性があると推定できます。
図2. SubCom解析の手順の概略
本図は、微生物群集を多数のランダムな小集団に分割して機能と組成の評価を行い、その結果をもとに構築した機械学習モデルの解釈によって群集全体の機能発現機構を推定する一連の解析フローを示す。
この方法の有効性を確かめるため、本研究では、環境汚染物質であるアニリンを分解する微生物群集を対象としてSubCom解析を適用し、各構成種の役割や相互作用を予測しました(図3)。同じ微生物群集について行われたメタゲノム解析や分離培養の結果と比較したところ、主要な分解菌であるCaballeroniaがアニリン分解に貢献することは共通して示されました。一方、メタゲノム解析では分解機能に貢献し得ると予想されていたAchromobacterやCorynebacteriumは、SubCom解析では他の微生物の働きを妨げ、むしろ機能を低下させるものと予測されました。これは、遺伝子情報のみでは読み解くことが困難な、相互作用を介した間接的な影響を本手法が捉えられる可能性を示しています。
図3. アニリン分解微生物群集に対するSubCom解析の概念実証
(a)土壌から集積したアニリン分解微生物群集をもとに、558個の小集団をランダムに作成し、それぞれの組成とアニリン分解機能を評価した。(b)得られたデータを学習データとして機械学習モデルを構築し、その解釈結果とメタゲノム解析による分解関連遺伝子の分布情報を統合することで、各構成種がアニリン分解に果たす役割を推定した。
最後に、SubCom解析の予測に基づいて、群集の機能に正または負の貢献を持つと推定された微生物を分離し、もとのアニリン分解微生物群集に再導入する検証実験を行いました(図4)。その結果、概ね予測通りに群集のアニリン分解機能が高まる、あるいは低下することが確認されました。以上の結果は、SubCom解析が複雑な微生物群集の機能発現において鍵となる構成種の特定に有効であり、その種を標的にした制御を行うことで、群集全体の機能を狙い通りに制御できる可能性を示しています。
図4. 再導入試験による予測結果の検証
(a)SubCom解析により、群集全体の機能に正または負の影響を及ぼすと予測された微生物を実際に分離し、元の群集に対して再導入する試験を行った。これにより、当該微生物が群集全体の機能に及ぼす影響を評価した。(b)その結果、対照系(Control)と比較して群集全体のアニリン分解機能が有意に変化し、その変化の方向はSubCom解析による予測と概ね一致した。
今後の展開
本研究で開発したSubCom解析は、原理的には幅広い微生物の機能に適用可能であり、様々な微生物群集の解析に応用することで、その理解と制御に役立つと考えられます。一方で、本手法を広く実用化するためには、培養・評価技術のさらなる高スループット化と高精度化、バイオフィルムのように空間構造を持つ微生物群集への対応、化学物質レベルでの詳細な機能評価など、解決すべき課題も残されています。今後、こうした課題の克服により、微生物群集を1つの有機的なチームとして理解・制御することが可能となり、微生物が関わる産業技術の発展や環境問題の解決に貢献することが期待されます。
特記事項
<論文情報>
【タイトル】SubCom analysis: dissecting microbial community functions into taxon-specific contributions and interaction contexts
【著者名】 Hidehiro Ishizawa☨, Miku Kito☨, Sunao Noguchi☨, Kodai Kimura, and Masahiro Takeo(☨共同筆頭著者)
【掲載誌】 Microbiome
【掲載日】 2026年7月9日(現地時間)
【DOI】 https://doi.org/10.1186/s40168-026-02460-3
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ACT-X 環境とバイオテクノロジー領域(総括:野村暢彦 筑波大学教授)(JPMJAX22B1)、クリタ水・環境科学振興財団 国内研究助成(22E053、23K008)、日本ジェネティクス株式会社 ジェネ・グラント2023の支援を受けて実施されました。
用語説明
- 分離培養
微生物群集に含まれる微生物を1種類ずつ取り出し、実験室で純粋培養する研究手法。個々の微生物の性質や機能を調べるために用いられる。
- メタゲノム解析
微生物群集に含まれるDNAの配列を網羅的に解析し、存在する微生物の種類や機能を調べる研究手法。培養が難しい微生物も含め、群集全体の特徴を把握するために用いられる。
- SubCom解析
本研究で開発した微生物群集の解析手法。Subcommunity analysisの略で、微生物群集を少数種からなる小集団に分割してから解析することを特徴とする。
- 決定木
特定の微生物がいる/いないといった条件によってデータを枝分かれさせながら、分類や予測を行う機械学習の手法。結果に至る判断の流れを木のような構造で表せるため、判断基準の解釈がしやすいという特徴がある。
- アニリン
染料や医薬品、樹脂などの原料として使われる芳香族化合物の一種。環境中では有害な化学物質となることがあり、微生物による分解や処理の対象として研究されている。
