
宇宙環境に強い新しい保護膜を開発
人工衛星を劣化から守る!
研究成果のポイント
概要
大阪大学産業科学研究所の横山創一助教と家裕隆教授らの研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、神戸大学と共同で、超低地球軌道衛星の表面を劣化から保護する宇宙用コーティング材料の新規開発に成功しました。
人工衛星の表面には、宇宙空間における温度変化から機体を守るため、高分子フィルムを積層した断熱材が用いられています。しかし、高解像度の地球観測や低遅延データ通信の実現が期待される、地上高度300 km以下の超低地球軌道(VLEO:Very Low Earth Orbit)の大気中では、表面材料を浸食し、劣化を引き起こす原子状酸素(AO:Atomic Oxygen)の密度が著しく高いため、衛星は過酷な環境にさらされます。
研究グループは、耐AO性を有する表面コーティング材料として「かご型シルセスキオキサン(POSS)」に着目しました。従来のアルキル基(炭化水素基)を導入したPOSS材料は耐熱性に課題がありましたが、今回、POSSの側鎖(高分子の枝部分)に、水素結合を形成できるアミド基(窒素含有基)を導入することで、塗布成膜性を維持しながら耐熱性と耐AO性を同時に向上できることを明らかにしました。
本成果により、VLEO衛星の長期安定運用を支える高分子保護膜や、宇宙環境で用いられる有機・高分子材料の信頼性向上への応用が期待されます。
本研究成果は、オランダの出版社Elsevierの学術雑誌 『Progress in Organic Coatings』 に、6月5日(金)(現地時間)に公開されました。
図1. 新規コーティング材料と耐AO性発現の原理 (出典:Yukumatsu, K. et al. Prog. Org. Coat. 2026, 219, 110310の図を翻訳し、一部加筆して作成)
研究の背景
AOは、低地球軌道(LEO:Low Earth Orbit)に存在する残留大気の主成分であり、衛星表面材料の劣化を引き起こす主要因の一つです。LEO衛星は、約8 km/秒の高速で周回するため、AOと高エネルギーで衝突します。その結果、衛星表面の多層断熱材として用いられる高分子フィルムの表面酸化や浸食が進行し、機械的特性や熱光学特性の低下を招くことになります。
近年、高解像度地球観測や低遅延通信への応用を背景に、LEOよりさらに地球に近い軌道であるVLEOの利用が注目されています。しかし、VLEOのAO密度は従来のLEOより著しく高く、衛星材料は桁違いに厳しいAO曝露環境にさらされます。そのため、VLEO衛星の長期安定運用には、高分子材料をAOから保護する表面コーティング技術の開発が求められています。
研究の内容
POSS含有材料は、耐AO性を有する表面コーティング材料として注目されています。POSSは、ケイ素(Si)と酸素(O)の結合からなる無機かご状骨格と、分子構造を改変可能な有機側鎖で構成されます。AO曝露時には、POSS中のSi成分が酸化されてシリカ(SiO₂)様の保護層を形成し、この層がバリアとして働くことで、高分子フィルム基材のさらなる浸食を抑制できます。一方、従来のアルキル基を導入したPOSS材料は、成膜性には優れるものの融点が低く、宇宙環境で求められる耐熱性の点で課題がありました。そこで研究グループは、アルキル鎖による塗布性を維持しつつ、分子間相互作用により耐熱性を向上させることを目的として、水素結合部位であるアミド基をアルキル鎖中に導入した新規アミドPOSS(C₈-amide-S₉-POSS)を設計しました。
C₈-amide-S₉-POSSは、スピンコート法により人工衛星の外装材であるポリイミド基板上へ均一に成膜可能であり、ナノメートルオーダーで平滑なコーティング膜を形成することができました。さらに、AO照射後の質量減少は成膜前のポリイミド基材と比較して1–2%程度と十分に小さく、優れたAO浸食抑制効果を示しました。また、100 ℃の高温条件にも耐えうることから、耐熱性と耐AO性を両立する表面コーティング材料として有効であることが明らかとなりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、POSS側鎖へのアミド部位の導入が、成膜性、耐熱性、耐AO性を同時に向上させる有効な分子設計戦略であることが明らかとなりました。本成果は、VLEO衛星の長期安定運用を支える耐AO性コーティング材料の開発に新たな指針を与えるものであり、宇宙分野における有機・高分子材料の信頼性向上に貢献することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年6月5日(金)(現地時間)にオランダの出版社Elsevierの学術雑誌 『Progress in Organic Coatings』 (オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Effect of Introducing Amide Groups into Alkyl Side Chains of POSS for Thermally Stable and Atomic-Oxygen Resistant Coatings”
著者名: Yukumatsu, K.; Yokoyama, S.; Goto, A.; Maruyama, M.; Matsumoto, M.; Tagawa, M.; Kimoto, Y.; Ie, Y.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.porgcoat.2026.110310
なお、本研究は、JST研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(JPMJTR24T9)研究推進事業の一環として行われ、JAXA 行松和輝研究開発員、後藤亜希研究開発員、木本雄吾研究開発マネージャ、神戸大学 大学院工学研究科 田川雅人准教授と共同で行われました。
参考URL
家裕隆 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3cc5087df5e9219c.html
家研究室(ソフトナノマテリアル研究分野)
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/omm/
SDGsの目標
用語説明
- 超低地球軌道
Very Low Earth Orbit(VLEO)。LEOとは、地球表面から比較的低い高度を周回する人工衛星の軌道のことです。一般には、高度約2,000 km以下を指します。一方VLEOは、高度約300km以下を指します。
- 原子状酸素
Atomic Oxygen(AO)。酸素分子(O₂)が紫外線などにより解離して生じる、単原子の酸素(O)のことです。通常の酸素分子よりも反応性が非常に高く、人工衛星が周回する高度では残留大気中に多く存在し、衛星表面材料の酸化や浸食を引き起こす主要因の一つとなります。
- かご型シルセスキオキサン(POSS)
Polyhedral Oligomeric Silsesquioxane。ケイ素と酸素からなる、かご状の骨格をもつ有機無機ハイブリッド材料のことです。
- スピンコート法
塗布で薄膜を作成する方法の一つです。基板上に溶液を滴下し、基板を高速回転させることで、遠心力により溶液を薄く均一に広げて薄膜を作製することができます。

