
\わずかな力で誘電率が激変!/ 「押して作る」ナノドメイン組織が 強誘電体のサイズ効果の限界を超える
ミリサイズ結晶中で連鎖的なナノドメイン形成過程をリアルタイム観察
研究成果のポイント
- 代表的な強誘電体材料であるチタン酸バリウム結晶内部のドメイン分極が、わずか数MPaの機械的応力でナノスケールのドメインの集合体へ変化する現象を発見
- ミリメートルサイズのバルク結晶内部で、巨大なドメインが連鎖的に微細なドメイン組織へ変化する過程の可視化に成功。このナノドメイン組織は、無負荷平衡状態におけるドメインのサイズ効果・寸法効果を示したKittel則の限界を突破
- 強誘電体材料の設計、製造工程における応力管理、信頼性評価に新視点を与えることに期待
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の中村篤智教授、李燕助教、卓芳平招へい准教授、芝本健志さん(研究当時博士後期課程学生)、京都大学大学院工学研究科の嶋田隆広教授、笠井恒汰さん(研究当時博士後期課程学生)らの研究グループは、ドイツのダルムシュタット工科大学および中国の清華大学との国際共同研究により、代表的な強誘電体材料であるチタン酸バリウム結晶に、わずか数MPaの圧縮応力を加えるだけで、分極が一方向に揃った巨大なドメインが多数のナノメートルスケールの微小ドメインの集合体(ナノドメイン組織)へ変化する現象を発見しました。
チタン酸バリウムは、電気と機械のエネルギーを相互変換できる強誘電体で、電子部品、センサ、アクチュエータなどに広く用いられます。その性質は、分極の向きがそろった領域(ドメイン)とその境界(ドメインウォール)の状態に強く左右されます。
従来、ドメイン分極は主に電場で制御されてきました。機械的応力による変化も知られていましたが、バルク結晶での室温圧縮変形試験はほとんど報告されておらず、必要な力の大きさや動的な構造変化の過程は十分に理解されていませんでした。
今回、研究グループは、ミリメートルサイズの単一ドメインを有するチタン酸バリウム単結晶に室温で高精度に圧縮応力を加え、ドメイン分極の構造変化をその場で観察することに成功しました。その結果、わずか2〜4 MPa程度の非常に小さな応力(1.3~2.6 kg相当、断面積2.5 mm * 2.5 m換算)で、ドメインの分極方向が90度切り替わる分極スイッチングが生じ、最終的には数十~数百nmスケールのナノドメイン組織の集合体へと変化することが明らかになりました。これは、これまで報告されていた分極スイッチングに必要な値よりも約2桁低い応力です。この結果は、機械的な分極スイッチングに必要な臨界応力にも、試料サイズに依存したサイズ効果が存在する可能性を示しています。
さらに本研究では、ドメインウォールに由来する線状のコントラストが結晶表面に連鎖的に広がり、巨大なドメインがナノドメイン組織へ変化していく過程を動画で撮影することに成功しました。最終状態の結晶は、初期状態とほぼ同じ無色透明の外観を示しますが、内部ではナノスケールの複雑な分極組織が形成されています。それにも関わらず、このように内部構造の変化により、わずか数MPaの応力で、誘電率などの電気的特性も数十倍に激変することが分かりました。
本成果は、強誘電体のドメインサイズが材料サイズに支配されるという従来のサイズ効果・寸法効果の理解に対し、機械的な力学負荷を用いることによってその制約を超えられる可能性を示すものです。材料を小さく加工しなくても、バルク材料の内部にナノスケールの機能組織を形成できることを示した点で、強誘電体材料の設計、製造工程における応力管理、信頼性評価の考え方に新たな視点を与えるものです。
本研究成果は、国際学術誌「Materials Today」に2026年6月20日にオンライン公開されました。
図1. 圧縮によるミリサイズ強誘電体中へのナノドメイン組織の形成過程
研究の背景
強誘電体は、内部に自発的な電気分極を持つ材料です。この分極の向きは外部からの刺激によって変えることができ、電気エネルギーと機械エネルギー、熱エネルギーの相互変換に利用できます。そのため、強誘電体は、コンデンサ、センサ、アクチュエータ、メモリ、スイッチング素子など、幅広い電子・機械システムに関係する重要な材料となっています。強誘電体の中の分極の向きがそろった領域をドメインと呼び、隣り合うドメインの境界をドメインウォールと呼びます。ドメインやドメインウォールは、誘電率、圧電応答、分極スイッチングのしやすさなど、強誘電体の機能を決める基本単位です。そのため、ドメイン分極をどのように制御するかは、強誘電体材料の高機能化における中心的な課題です。
これまで、ドメイン分極の制御には、主に電場や温度が利用されてきました。一方で、強誘電体では分極と結晶のひずみが強く結びついているため、機械的な力によってもドメイン分極の構造変化(分極スイッチング)が生じます。しかし、力による分極スイッチングやドメイン組織変化の研究は、主にマイクロメートル・ナノメートルサイズの小さな試料で進められてきました。ミリメートルサイズのバルク結晶で、どの程度の応力により分極スイッチングが生じるのか、またその過程がどのように進むのかは、理解されていませんでした。
さらに、強誘電体のドメインサイズは、材料のサイズに依存することが知られています。これはサイズ効果、あるいは寸法効果と呼ばれ、Kittel則に代表されるように、材料が大きくなると内部のドメイン分極のサイズも粗大になりやすいと理解されてきました。このため、ナノスケールの微細なドメイン組織をバルク材料の中に形成することは、従来の考え方では困難とされてきました。
本研究では、代表的な強誘電体であるチタン酸バリウム単結晶を対象として、力学負荷によってミリメートルサイズの大型単一ドメイン結晶の分極スイッチングがどのように起きるのかを調べました。
研究の内容
研究グループは、初期状態で分極方向が一方向にそろい単一ドメイン化したミリメートルサイズのチタン酸バリウム結晶を準備しました。この結晶に対し、室温で分極方向に沿って一軸圧縮応力を加え、そのときの力学応答と内部の分極スイッチング過程を同時に調査しました。
通常、結晶に圧縮応力を加えると、まず応力とひずみが比例する弾性的な変形が現れます。しかし本研究のチタン酸バリウム結晶では、圧縮の初期段階で、応力が2〜4 MPa程度の低い値に保たれたまま、ひずみが増加するという特異な現象が現れました。この過程は、チタン酸バリウムの結晶構造に由来する軸長差と対応しており、後述の内部構造調査と合わせて、90度分極スイッチングが進行していることが分かりました。
その場観察では、透明な結晶の表面にスイッチングしたドメインに対応する線状のコントラストが現れ、それらが交差・成長・結合しながら結晶全体へ広がっていく様子が詳細に確認されました。特に、巨大な単一ドメインから複雑なドメイン組織へと変化する過程が連鎖的に進行する様子を、初めて目に見える形で捉えた点が本研究の大きな特徴です。最終的には、複雑に発達した分極ドメインのコントラストはすべて消失し、結晶は初期状態と同じ透明な状態に戻ってしまいます。つまり、最終的な試料外観から、このような試料内部の大規模なドメイン組織の再構成を推察できません。そのため、本現象はこれまで認識されていなかったと考えられます。
圧電応答顕微鏡による観察から、応力を取り除いた後の結晶表面近傍に、数十nmから数百nm程度のナノドメイン組織が形成されていることが確認されました。また、固体NMR測定やX線回折測定により、結晶全体として分極方向が90度切り替わっていることも分かりました。さらに、フェーズフィールド法によるシミュレーションにより、単一ドメインからナノドメイン組織への分極スイッチング過程が再現され、実験で観察されたナノドメイン形成機構のメカニズムを説明できるようになりました。
また、力学負荷による分極スイッチングに伴って、誘電応答が大きく変化することが分かりました。例えば、典型的な試料では、圧縮後に元の分極軸方向の誘電率が数十倍に大きく増加し、別方向の誘電率が大きく低下するなど、内部の分極構造変化が材料の電気的性質に直接反映されていました。さらに、わずかな負荷条件の違いによって、異なる最終ドメイン組織と誘電応答が現れることも分かり、機械的応力を利用した強誘電体機能の制御可能性が示されました。
既報では、マイクロメートル・ナノメートルサイズのチタン酸バリウム結晶における分極スイッチングには、数百 MPaの応力が必要とされていました。一方、本研究では、ミリメートルサイズのバルク結晶において、わずか2〜4 MPa程度の応力で大規模な分極スイッチングとナノドメイン化が生じることを明らかにしました。この結果は、力による分極スイッチングにもサイズ依存性が存在する可能性を示しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本成果は、チタン酸バリウムをはじめとする強誘電体材料の製造、加工、信頼性評価に新たな視点を与えるものです。チタン酸バリウムは実用上重要な強誘電体材料であり、その内部のドメイン分極組織は誘電率や圧電応答などの機能に強く関係します。今回、わずか数MPa程度の応力でバルク結晶内部のドメイン分極が大きく変化することが示されたため、材料の製造・加工・実装・使用時に生じる比較的小さな応力であっても、内部構造や電気特性などの機能に大きな影響を及ぼす可能性があります。
この知見は、強誘電体材料の品質管理や信頼性設計において、応力の影響をより精密に考慮する必要があることを示しています。特に、バルク材料から部品を製造する工程では、加工、焼結、冷却、接合、実装、使用中の熱応力など、さまざまな場面で機械的応力が生じます。本研究は、そうした応力が強誘電体内部のドメイン組織に与える影響を理解するための基礎となるものです。
一方で、本成果は単なる信頼性評価にとどまりません。機械的な負荷を利用することで、材料をナノサイズに加工しなくても、バルク材料の内部にナノスケールの分極組織を形成できる可能性を示しました。これは、従来の「材料を小さくしてナノ機能を得る」という考え方とは異なり、「力を使ってバルク材料の内部にナノ機能組織を作る」という新しい材料設計の方向性を示すものです。
今後、単結晶だけでなく、多結晶体、薄膜、実用デバイス構造において同様の現象を調査していくことで、強誘電体材料の応力設計、機能制御、信頼性向上に貢献することが期待されます。また、低い機械的入力で分極構造と誘電応答を変えられることから、アクチュエータ、エラストカロリック冷却、機械刺激を利用したメモリ・センサなど、新たな応用展開につながる可能性があります。
例えば、現在、実用化が進む強誘電体メモリでは、分極スイッチングに必要な駆動エネルギーの低減に向けた研究が世界中で活発に行われています。これまでの多くの研究が電気的な抗電界の低減に注力してきたのに対し、本研究では極めて低い機械的な負荷による分極スイッチングを実証しました。本成果は、従来と全く異なる力学的機構を使ったメモリデバイスが実現可能となることを示唆しています。
特記事項
本成果は、2026年6月20日(土)に国際学術誌「Materials Today」にオンライン掲載されました。
タイトル:“Cascading Nanodomainization of Bulk Tetragonal BaTiO3 Triggered by Mechanical Stress of a Few MPa”
著者名:Takeshi Shibamoto, Yan Li, Kohta Kasai, Yuqi Jiang, Felix Dietrich, Ze Xu, Keitaro Horikawa, Fangping Zhuo, Ke Wang, Gerd Buntkowsky, Takahiro Shimada, Atsutomo Nakamura
DOI: 10.1016/j.mattod.2026.103433
なお、本研究は、主に、日本学術振興会(JSPS)科研費 JP24H00285、JP23H00159、JP24K17169、JP24H00032、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業JPMJFR222H、および科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2138 の支援を受けて行われました。
参考URL
中村篤智教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8c617eb268725d9e.html
嶋田隆広教授 京都大学教育研究活動データベース
https://kdb.iimc.kyoto-u.ac.jp/profile_private/ja.6bf4232c357d1db5.html
用語説明
- 強誘電体
外部から電場を加えなくても、内部に自発的な分極(電気分極)を持つ材料。電場、応力、温度などによって分極の向きや構造が変化し、誘電性、圧電性、焦電性などの機能を示す。
- チタン酸バリウム
化学式 BaTiO₃(略称 BTO)で表される、ペロブスカイト構造をもつ代表的な強誘電体材料。誘電体材料、圧電材料、電子部品材料として広く研究・利用されている。
- ドメイン
物質内部で、磁化、電気分極、ひずみなどの物理量が同じ状態にそろった領域。ドメインの大きさや配置、その境界の動きが物質の性質を左右する。強誘電体の中で、分極(電気分極)の向きがそろった領域のこと。ドメインの大きさ、向き、配置は、材料の誘電率や圧電応答などの機能特性に大きく影響する。
- 分極
電気分極。物質中で正の電荷と負の電荷の中心がずれることによって生じる、電気的な偏りを表す量で、大きさと向きを持つ。強誘電体では、外部から電場を加えなくても「自発分極」が存在し、その向きを電場や機械的な力によって変えることができる。
- サイズ効果・寸法効果
材料や内部組織の大きさによって、材料の性質や構造が変化する現象。強誘電体では、ドメイン分極の大きさが材料サイズ/寸法に依存することが知られている。本研究は、機械的な力学負荷によってこの従来のサイズ依存性から外れたナノドメイン組織がバルク結晶中に形成されることを示した。
- Kittel則
磁性体や強誘電体において、ドメインのサイズが材料のサイズに依存して変化することを示す代表的なサイズ・寸法則。通常、ドメインサイズ幅は材料サイズの平方根に比例する.
- ドメインウォール
隣り合うドメインの境界。ドメインウォールはドメイン間の境界というだけでなく、強誘電体であれば、誘電応答、圧電応答、分極スイッチング挙動に影響する重要な構造である。
- 分極スイッチング
強誘電体中の電気分極の向きが外部刺激によって変化する現象。本研究では、圧縮応力によって分極方向が90度変化する90度分極スイッチングが起きている。
- フェーズフィールド法
材料内部の分極などの状態が、時間とともにどのように変化するかをコンピューターで予測する数値解析法。