
広く、細かく、一瞬で切り取るナノの世界
走査不要で一度にできるX線撮影技術を開発
概要
理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの山口豪太特別研究員、SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター、大阪大学大学院工学研究科の山田純平准教授(理研放射光科学研究センタービームライン開発チーム客員研究員)らの共同研究グループは、ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの世界を、広い視野で高精細に、しかも一瞬で撮影できる新しいX線イメージング技術を開発しました。
この技術により、これまで観察が難しかったナノスケールで起こる一瞬の現象も捉えられるようになることで、生命科学や材料科学をはじめとする幅広い分野で、新たな発見や応用につながることが期待されます。
今回、共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」を用い、100兆分の1秒にも満たない短時間に一瞬だけX線を照射し、ナノメートルサイズの世界を広い範囲で高精細に撮影することに成功しました。撮影できる画像の細かさは約10nmで、人の髪の毛の太さのおよそ1万分の1に相当します。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Photonics』オンライン版(6月3日付:日本時間6月3日)に掲載されました。
広く、細かく、一瞬で撮影できる新しいX線イメージング技術
研究の背景
X線イメージングは、細胞内部の構造や半導体回路、ナノ材料など、目に見えない微細な構造を壊さずに観察できる技術として、生命科学や半導体工学、材料科学など幅広い分野で利用されています。
近年では、X線自由電子レーザー(XFEL)や次世代放射光施設といった非常に明るいX線光源の登場により、超高速で起こる現象の観察や、時間のかかっていた三次元イメージングの高速化が期待されています。
しかし、従来の高分解能X線イメージングでは、試料またはX線ビームを少しずつ動かしながら連続的に撮影(走査測定)する必要があり、1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)を超えるような広い範囲を詳しく観察するには時間がかかるという課題がありました。
そのため、広い視野を高い空間分解能で、しかも一度に撮影できる新しいイメージング技術の開発が求められていました。
研究の内容
本研究では、試料やX線ビームを動かすことなく、1回のX線照射だけで広い範囲を高精細に撮影できる新しいX線イメージング技術を開発しました(図1)。
図1. 本研究で開発したX線イメージング技術の概要
SACLAのX線パルスをナノサイズの1点に集め(点光源)、そこから広がるビームを用いることで、1回のX線照射だけで広い範囲を高精細に撮影する。X線カメラにより記録されたホログラムから、計算処理によって画像を解析・再構成する。
本技術では、1点から広がるX線を利用して試料を撮影する「インラインホログラフィ」という撮影方法を用いています。試料を通過したX線は、試料の構造を反映したパターン(ホログラム)として記録され、計算処理によって元の構造を再現できます。この方法により、広い視野で一度に取得しながら、微細な構造まで観察することが可能になります。また、X線の出発点となる点光源が小さいほど、高い分解能が得られることが分かっていました。そこで本研究ではSACLAに整備された「Sub-10ナノ集光実験装置」を用い、XFELを10nm未満という極めて小さな点に集光しました。さらに、10フェムト秒(100兆分の1秒、1フェムト秒は1,000兆分の1秒)未満という極めて短いXFELパルスとして、カメラのフラッシュのように一瞬だけ照射することで、広い範囲を一度に撮影することに成功しました。
一方で、実際のX線ビームによるホログラムは、撮影ごとに強度分布が変化する「ゆらぎ」や、X線光学素子の表面の極微小な凹凸などに起因する波面の「ゆがみ」を持っており、これらが画像に乱れや偽の構造を生じさせ、画質を低下させる原因となっていました。特に、一度の撮影では、その乱れや偽の構造はより顕著となります(図2)。そこで本研究では、多数の測定データから「ゆらぎ」の特徴を統計的に抽出し、撮影ごとの変動を補正する手法と、さらに、X線ビームの波面の「ゆがみ」を高精度に計測・補正する手法とを組み合わせたアルゴリズムを開発することで、画像品質を大幅に向上させることを目指しました。
図2. 照明X線ビームのホログラムに生じる「ゆらぎ」と「ゆがみ」の例
X線ビームにおける、XFEL特有の「ゆらぎ」(左図:パルスごとの強度分布の変化)や、X線光学素子による「ゆがみ」(右図:表面の極微小な凹凸などで生じる波面のゆがみ。色の違いがゆがみの大きさを表している。)が存在し、画像の画質低下の原因となるため、撮影ごとに補正が必要となる。
本手法の有効性を検証するため、SACLAにおいて銀ナノキューブ試料を対象にインラインホログラフィによる撮影を行い、ホログラムから計算処理によって画像を解析・再構成しました。その結果、XFELの単一パルスによって、1μmを超える広い視野を約10nmの分解能の鮮明な画像で観察できることを明らかにしました(図3)。
図3. X線ビームの「ゆらぎ」・「ゆがみ」補正による画像品質の向上
本研究で開発した補正アルゴリズムを適用して得られた鮮明な画像例。X線ビームの「ゆらぎ」と「ゆがみ」の影響を低減した結果、補正後の画像では、補正前と比べて銀ナノキューブの輪郭がより鮮明に観察できている。
今後の期待
本研究で開発した手法は、これまで「速過ぎて見えなかった」ナノスケール現象を可視化する新しい計測技術です。従来の高分解能なX線イメージングでは、試料やX線ビームを走査しながら時間をかけて撮影する必要がありましたが、本手法では1回のX線照射のみで広い視野を高精細に撮影できることを示しました。そのため、従来法では困難だった瞬間的な構造変化の観察が可能になると期待されます。
最先端科学では、瞬間に起こる構造変化等の詳細な測定が非常に重要です。例えば、材料が壊れる瞬間の構造変化、核融合燃料が圧縮される瞬間、半導体デバイス動作中の構造変化、電池材料中をイオンが移動する過程、生体分子が機能するときの構造変化、機能性材料の相転移などを、ナノメートルスケールで直接観察できる可能性があり、これまで観察が難しかった高速現象の解明につながることで、材料科学、エネルギー科学、生命科学など幅広い分野への貢献が期待されます。
また、本手法はSACLAなどのXFEL施設だけでなくSPring-8-IIなど次世代放射光施設との組み合わせによる超高速三次元イメージングへの展開も期待されます。将来的には、時間変化を含めた「四次元ナノイメージング」へ発展し、物質機能のリアルタイム観察や非破壊超高速計測を実現する可能性があります。
特記事項
【論文情報】
<タイトル> Single-shot full-field X-ray imaging with 10 nm resolution using hard X-ray free-electron laser pulses
<著者名>Gota Yamaguchi, Jumpei Yamada, Kota Shioi, Taito Osaka, Ichiro Inoue, Yuichi Inubushi, Takashi Kameshima, Kazuto Yamauchi, and Makina Yabashi
<雑誌>Nature Photonics
<DOI>10.1038/s41566-026-01913-3
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「高時空間分解能なX線インラインホログラフィ法の開発と三次元イメージングへの応用(研究代表者:山口豪太、課題番号:24K21044)」「超高強度XFELsub10nm集光ビームによるX線非線形光学現象の探索(研究代表者:山田純平、課題番号:23K17149)」、同基盤研究(B)「超高強度XFELを用いた上方変換X線原子準位レーザーの開発(研究代表者:山田純平、課題番号:25K03391)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「超高強度X線レーザー科学の開拓(研究代表者:山田純平、課題番号:JPMJFR246H)」による助成を受けて行われました。
用語説明
- X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒の時間幅を持つパルス光として出射される。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
- SACLA
理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1nm以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力を持つ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
- 放射光施設
電子をほぼ光速まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた際に発生する「放射光」を利用する大型研究施設。放射光は非常に明るく、指向性が高いため、物質の内部構造や化学状態を高精度に調べることができる。生命科学、材料科学、半導体開発、医薬品研究など幅広い分野で利用されている。SPring-8(スプリングエイト)は、理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある大型放射光施設である。
- Sub-10ナノ集光実験装置
SACLAにおいて、大阪大学・名古屋大学・理研・高輝度光科学研究センターが共同で開発した、X線を10nm以下の極めて小さな領域に集光するための実験装置注)。高精度に加工された反射ミラーを用いてXFELを強く小さく集光し、超高密度のX線場をつくり出すことができる。
注)2024年3月18日プレスリリース「X線自由電子レーザーの極限的7nm集光を実現」https://www.riken.jp/press/2024/20240318_1/
- SPring-8-II
大型放射光施設SPring-8の次世代アップグレード計画の名称。電子ビームの性能を大幅に向上させることで、現在よりさらに高輝度・高コヒーレンスな硬X線を生成可能となる。これにより、ナノメートルスケールの高精度イメージングや超高速現象の観察、高感度分析などが可能となり、材料科学、生命科学、半導体開発など幅広い研究分野への貢献が期待されている。
